第12話 ヒモ男の本気
「私が勝ったら安城さんには明也と別れてもらいます」
「絶対に負けないもん。見ててね明也くん」
「ああ、行ってこい」
いつの間にか周囲に生徒たちが集まっていた。
「安城さんと雨宮さんが勝負するんだって」
「ヤンデレの安城さんと風紀委員の雨宮さんか。どっちが勝つんだろう」
安城と氷華が勝負することを察した生徒たちが湧き上がる。
「頑張れ安城さーん、正妻の力を見せつけてやれー!」
前園が妙な応援をしていた。
そのせいで俺の正妻の座をかけた勝負だと観戦者たちに誤解されてしまい、氷華が肩をすくめる。安城は応援の声を受けて、どこか居心地の悪そうな様子だ。
一番手は氷華である。
リングから離れた位置に立ち、その場でボールを何度かバウンドさせた氷華はフォームに移る。
そして、ボールが氷華の手から放たれる。
僅かな狂いもなく正面に飛んでいったボールは、見事にリングに入った。
「ふっ、これが私の実力です」
「うう、敵ながら見事……でも私だって負けないもん」
氷華の華麗なシュートを見た安城は、覚悟を決めたようだ。
ボールを受け取った安城がシュート位置に立つ。
すうはあ、と深呼吸をしてフォームに移った安城は、手首を活かしてボールを投げた。
少し軌道がズレていると思ったが、リングに入ったボールを見て安堵する。
「やりますね。ですが、勝負はこれからです」
安城と交代した氷華が、一投目と同じように余裕を見せながらシュート。またもやボールはリングに吸い込まれ、観戦者たちのどよめきが広がる。
「さすが雨宮さん。勉強も運動も得意な秀才は違うね」
「雨宮さん相手じゃ、さすがに安城さんもキツいんじゃないの?」
氷華のクラスメイトたちは優秀な風紀委員が勝つと睨んでいるらしい。
俺もこのままじゃ安城の勝算は薄いと感じている。
安城が緊張した表情で二投目に移る。少しぎこちないシュートは、なんとか成功した。リングの端にボールが当たったものの、奇跡的にバウンドした先がネット側だったのだ。
「ふう……やった」
胸を撫で下ろし息をつく安城。
鼻を鳴らした氷華が安城の手からボールを奪い取り、位置につく。
ここまでくれば氷華が外すことなんて有り得ず、三投目も余裕でシュートを成功させた。
次で勝負は決まる。
安城が外せば、それで敗北は確定。成功したとしても引き分けだ。
「うう……ダメ、緊張する……」
ボールを持つ手を震わせる安城に、数人の生徒たちが応援の声を投げかけた。それが逆にプレッシャーと化してしまったのか、安城の手を離れたボールは軌道が大きくズレてリングを通り越す。
背後の壁に当たって転がるボールを見た安城は、その場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
「そ、そんな……どうして……」
「ふふ、これで私の勝ちですね」
歩み寄った氷華が勝者の笑みを浮かべて安城を見下ろす。
「約束通り、明也と別れてくれますよね?」
「やだ……こんなの違う……」
「安城さん?」
「別れたくない……でも言うこと聞かなきゃ……雨宮さんの言うこと聞かないと……ダメ嫌、聞きたくない……でも、ごめんなさい、許して、約束守るから、ああああ……っ!」
安城の様子がおかしい。
頭を抱えたまま、ごめんなさい、ごめんなさいと何度も誰かに謝り続ける安城に生徒たちも異常性を感じたのだろう。恐れ慄くような声と心配の声が同時に上がる。
「ったく……しょうがねぇな」
「風見、行ってやるのか」
「ああ、彼女がこんな風になっちまったのを黙って見過ごすわけにもいかないからな」
早坂に見送られた俺は転がっていたボールを拾い上げ、しゃがみ込む安城と見下ろす氷華の前に立った。
「落ち着いてくれ雛乃。深く息を吸って、ゆっくりと吐くんだ」
俺の言うことを忠実に聞き入れた安城は深呼吸をする。
いくらか落ち着いてきたのだろう。顔色を悪くしながらも懸命に立ち上がる安城の背中を片手でさすってやる。
「明也くん、ごめんなさい」
「大丈夫だ。後は俺に任せてくれ」
「え……?」
俺はボールをバウンドさせながら氷華に言った。
「お前に頼みがある。俺に投げさせてくれないか」
「あなたたちにチャンスを与えろ、と?」
「ああ。俺がシュートを決めたら二点だ。もし外したら、その時は潔く雛乃と別れる」
「明也がシュートを成功させた時のメリットが私にないですよね?」
「そうだな……勝負がどちらに転んだとしても関係なく風紀委員の仕事を手伝ってやる。それじゃダメか?」
「へえ、随分と殊勝ですね。そこまでして安城さんに肩入れするなんて、本当に彼女のことを愛しているんですね」
思考の末に氷華は俺たちにチャンスを与えてくれた。
ボールを持って位置につく。バスケは苦手ではないが、この位置で確実にシュートを決められる自信はない。
なので俺は、俺なりのやり方でやらせてもらう。
ドリブルを始めた俺はリングに向かって駆け出した。
「ま、まさか……」
氷華と観戦者たちのどよめきが耳に入る。
リングの手前でボールを持った両手を上げ、同時に床を蹴って跳躍。
十分な高度になったのを感覚で捉えた俺は、思いっきりボールをリングに叩き込んだ。
「ダンクシュートとかマジかよ! バスケ部でもないのによく成功させたな!」
「風見くんかっこいー!」
皆の称賛の声に爽やかイケメンスマイルを返しながら、呆然とする氷華と向き合う。
「これで二点。俺たちの勝ちだな!」
「ちょっと待ってください、ダンクを許した覚えはありませんよ!?」
「禁止された覚えもないんだが?」
「ぐぬぬ……!」
歯噛みして悔しげに表情を歪める氷華。
俺はお硬い風紀委員様の肩を叩いた。
「ま、風紀委員の仕事はちゃんと手伝ってやるよ。面倒なことでも押し付けてもらって構わない」
「めんどくさがりやの明也がそこまでするなんて……本当にどんな風の吹き回しですか?」
「単なる気まぐれだよ」
ぽかんとしていた安城のもとに行き、肩に優しく手を置いた。
「なにはともあれ俺たちの勝ちだ。これからも恋人としてよろしくな」
「明也くん……ウルトラ愛してる!」
満面の笑顔を浮かべた安城を見たら、たまには彼女のために本気を出すのも悪くないと思えた。
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