第13話 ブロンドヘアの義妹

 氷華との勝負に勝った日から安城はますます俺に尽くすようになった。

 どうやら本気を出したおかげで好感度を上げてしまったようだ。モテる男ってのはつらいね。


「もう少しで夕ご飯できるからね」


 キッチンでエプロン姿の安城が振り返って微笑む。

 こう見ると家庭的な若妻という感じがして実に良い。

 いつか本当の妻になってくれるのだろうか。働かない俺を甘やかして養ってくれる健気な安城を否応にも想像してしまう。


 部屋内にまで漂うカレーの匂いを楽しみつつスマホを弄っていると、LINEの通知が届いた。メッセージを送ってきたのは母さんだった。


『いま、あんたの部屋の前にいるわ』


「は? マジかよ」


 何しに来たんだよ、と返信する前に玄関のドアがノックされる音が聴こえる。安城はカレーを焦がさないように気を配らないといけないので、俺が玄関まで行ってドアを開ける。


 すると、小柄な少女が飛びかかってきた。


「お兄さま! 久しぶりね!」

「おっと」


 ふわふわの金髪を腰まで伸ばした少女を抱き留める。

 胸元で嬉しそうに微笑んで俺を見上げるブロンド少女。鮮やかな青色の瞳が輝いていた。俺はふわふわ金髪を撫でながら尋ねる。


「どうしたんだエミリー。急な訪問だな」

「どうしたもこうしたもないの。お兄さまが全然帰ってきてくれないから、わたしから逢いに来たのよ」


 嬉しそうな表情から一転してむすっと頬を膨らませるエミリー。

 彼女は俺の義妹だ。イギリス人であるために色白の肌や金髪、青色の瞳が目立つ。


 数年前に母さんがイギリス人の父さんと再婚し、俺とエミリーは連れ子として出逢った。家族になった当初はプライドの高いエミリーと上手く接することができなかったが、今では気が置けない兄妹として仲良くさせてもらっている。


 エミリーの背後にはスーツ姿の母さんが立っており、いつもの理知的な表情で俺を見つめていた。


「相変わらず気の抜けた顔をしているわね」

「自分の息子に対して随分な物言いじゃないか」

「私とあの人の間に生まれた子とは思えないほど腑抜けているもの。何か言いたくなるのも当然でしょう」


 大企業に勤める優秀な秘書である母さんは、へらへらする俺に呆れる。

 

「それで、どうしてエミリーを連れてきたんだ?」

「あんたに会いたがっていたから。会合場所に行くついでに預けておこうと思って」

「なるほど、母さんが戻ってくるまでに面倒を見ろと」

「そういうことよ」


 俺と母さんの会話を聞いたエミリーは、またもや頬を膨らませた。


「お兄さまもお母さまもわたしのことを子供扱いしすぎよ。もう十三歳になるんだから、いつまでも幼子のように扱ってほしくないわね」


 子供扱いされて癇に障ったのか、不機嫌そうに鼻を鳴らしたエミリーにとりあえず謝る。


 確かにエミリーは中学一年生にしては賢く大人びている。

 それは彼女が特殊な才能を持っていることに関係していた。


「まあ、とりあえず上がってくれ。母さんはもう仕事に?」

「ええ。それじゃあ、エミリーを頼んだわね」


 仕事に生きる母さんはクールに去っていった。

 エミリーがサンダルを脱いで部屋に上がり込み、キッチンに立つ安城を見つけて驚いたように目を見開いた。


「エプロンを着た女の人……もしかして、お兄さまの奥さま?」

「そうです。明也くんのお嫁さんです」


 笑顔を浮かべてナチュラルに嘘をつく安城である。

 俺はやれやれと頭を掻いてエミリーに安城の正体を告げた。


「お兄さまのガールフレンドなのね。わたしはエミリー。お兄さまの義妹よ」

「初めましてエミリーちゃん。私は安城雛乃。明也くんのガールフレンドおよび未来のお嫁さんです」


 二人は笑いながら握手をした。

 エミリーを畳の部屋に連れて行く。

 白いワンピースのスカートがはだけないように丁寧に腰を下ろしたエミリーは素足を女の子座りの形にして落ち着かせた。


「お兄さまと雛乃は一緒に住んでいるの?」

「そうだな。大体一週間ぐらい前から」

「雛乃だけずるい……わたしもお兄さまと一緒に暮らしたいのに」

「もうちょっと大きくなったら母さんも許してくれるんじゃないか?」

「そうだといいけど」


 カレーの火を止めた安城も俺の隣にまで来て正座する。


「エミリーちゃんは外国人の方だよね?」

「そうよ。イギリス人なの」

「日本語、凄く上手だね」

「小さな時からお父さまに習っていたの。小学生になる頃には日本語ペラペラだったのよ?」


 エミリーは「凄いでしょう?」と自慢げに胸を張る。

 我が妹はギフテッドだ。IQは中学生の時点で180超え。6歳の頃には英語、日本語、人工言語のエスペラント語を含めた7ヶ国語を話せたという。


 そんな優秀な妹は現在、日本の中学校でギフテッド専門の教育を受けていた。


「雛乃は優しそうな人ね。あくまで優しそう、だけど」

「断言はしてくれないんだ?」

「よく知りもしない相手を第一印象だけで決めつけるのは失礼だから」

「おお……私よりもしっかりしている……」


 大人びたエミリーに安城は畏縮している。

 その時、エミリーのお腹が音を立てた。


「カレーの香ばしい匂いを嗅いでいたらお腹すいたわ」

「じゃあ一緒に食べようか」

「いいの?」

「うん、いっぱい作ってあるし」

「ありがとう! 雛乃は優しい人ね!」


 カレーを奢ってもらうだけで安城を優しい人と認定する我が妹だった。

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