第5話 彼女はついてくる

 午後の授業を終えて放課後になる。

 俺が席を立つ前に、鞄を持った安城がやってきてニコニコ顔で言った。


「さあ、帰ろう明也くん」

「ああ」


 彼女と下校するのは何もおかしなことじゃない。

 だけど、なんだろう……嫌な予感がする。

 安城はいつも通りニコニコとしている。そんな彼女を見て、隣の席の前園がにやにやした。


「恋人同士で下校なんて、お二人とも熱いねー。もしかして帰る先は同じだったりして?」

「からかうなよ前園」

「いやーごめんごめん。熱愛カップルが隣で幸せそうにしてるとちょっかいかけたくなるんだよねー」


 この童顔ツインテ女子は無害そうな顔してるくせに人をからかうことに関しては一流だ。悪意はないと思うが、一応注意しておいた。


 安城と教室を出て靴箱に向かう。

 途中で担任の高嶺先生と鉢合わせした。


「明也と雛乃も帰るのね」

「ええ。先生はこの後も仕事ですか?」

「そうよ。教師ってのはやることが多くて大変ね」


 ふう、と息をつく高嶺先生。若干疲れてそうだ。

 まだ二十代前半の若い女性だが、世渡り上手という印象がある高嶺先生。わりと教師や生徒にも信頼されており、相談を持ちかけられている姿を何度か目にしている。


「ところで二人は付き合い始めたのね?」

「そうですね」

「そっか……明也が雛乃とね……ふむ」

「何か問題でも? 一応、学校では大人しくするつもりですけど」


 安城がヤンデレということはクラスメイトならば誰でも知っている。もちろん担任の高嶺先生も。


 しかし、高嶺先生は別の問題を気にするように安城の顔を見つめた。

 

「何かあったら、ちゃんと彼氏の明也に相談しなさいね、雛乃」

「……はい」


 安城は無表情で頷き、俺の腕を取る。


「行こ、明也くん」

「そうだな。じゃあ高嶺先生、また明日」

「ええ、気をつけて帰りなさいね」


 高嶺先生に見送られて学校を出る。

 下校しながら、ふと気になったことを安城に尋ねてみた。


「高嶺先生は雛乃を気にしてたみたいだけど、何かあったのか?」

「何かって?」

「いや、過去に繋がりがあったのかなって」

「一年生の時の担任だったから。それ以外は特にないよ」

「そうか。ところでだな雛乃……」

「どうしたの?」


 微笑む安城に対し、俺は前を向いて言う。


「この先は俺のアパートなんだが」

「そうだね」

「雛乃の家もこっちなのか?」

「うん、そうだよ?」

「そ、そうか」


 相変わらず俺の腕にしがみつきながら笑う安城。

 やっぱり嫌な予感がする。しばらく歩き続ければ、予感が的中しているのを確信した。


「もうアパートが目の前なんだけど……」

「ふふ、私たちの愛の巣がすぐそこだね」

「もしかして、一緒に住むつもりだったり?」

「うん。彼女が彼氏の家に住むのは当たり前だよね?」


 さも当然のことのように言う安城。

 つまり彼女は俺と同棲するつもりでいるらしい。


 まあ、俺たちは恋人という関係だし、ひとつ屋根の下で一緒に暮らすこともおかしくはない。もともと安城には養ってもらうつもりだったし、同棲していたほうが快適なヒモライフを送れそうだ。


 ……ただ一つだけ懸念があるとすれば、安城がヤンデレで愛が重いという純然たる事実だ。


 ヤンデレと言えば……束縛である。


「これからは寝ているときも起きているときも、ずっとずっと一緒だね……?」


 耳元で囁いてくる可愛い彼女が、まるで獲物を糸に絡め取ろうとする女郎蜘蛛に思えた。

 

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