第4話 貢ぎたがりな彼女
いったん授業から開放されたクラスメイトたちが教室でわいわいとするなか、俺はさっさと昼飯を食って昼寝でもしようと考えていた。
しかし、俺が教室を出ようと席から立ち上がった時には、すでに安城が真横に控えていた。
「お昼休みだね……実はお弁当を作ってきたんだ」
「そうなんだな。でも、いつ作ったんだ? アパートでは朝食しか作ってなかった気がするけど」
「アパートに行く前に。朝食は簡単なものだったけど、お弁当はちゃんと作ったからね……明也くんにはいっぱい食べて“精力”をつけてもらわないといけないから」
やたら精力という部分を強調した安城は、席へと戻って弁当を持ってきてくれる。本来なら昼飯は売店でパンでも買っていた俺だが、安城のハイライトが消えた瞳で無言の圧力をかけられたので、大人しく自分の席に座り直した。
「ほら、結構豪華にできたよ?」
机の上で開けられた弁当箱には、彩り豊かな一品の数々が詰め込まれている。からあげ、ウインナー、だし巻き卵、ミートボール、ちくわの磯辺揚げ、にんじんグラッセ、きんぴらごぼう、ひじきの和えもの、あと他にも……。
「ちょっと多いな……」
「明也くんを想って料理してたら、どんどん作っちゃって……これでもおかずを半分にまで減らしたんだよ?」
「昼の弁当なんてそこまで頑張らなくても――いや、なんでもない。あー彼女の手作り弁当うれしいな!」
安城が物悲しげにうつむいたので慌てて弁解する。
俺がおかずを勢いよく食べ始めると、ぱあっと表情を明るくする安城。
「いっぱい食べてね。あ、飲み物も買ってこようか?」
「いや大丈夫。後で一緒に買いに行こう」
「ふふ、そうだね」
「雛乃は昼飯食わなくていいのか?」
「私は……いいかな。明也くんが喜んで食べてくれるのを見るだけでお腹いっぱいだから」
そう言って微笑む安城。
ダイエットでもしてるのかな。
十分にスレンダーな体型をしている安城がこれ以上細くなってもしょうがない気がするが。
席の横に立って微笑み続ける安城の様子を見つつ、弁当を平らげた。
「美味かった。ありがとう雛乃」
「ふふ、おそまつさまでした」
「飲み物を買いに行こう。昨日は奢ってもらったから今日は俺が奢るわ」
「そ、そんな……明也くんが私のためにお金を使うなんてダメ……私に奢らせてください……」
貢ぎたがる彼女に内心でほくそ笑む。
いいぞ、そう言うのならば今日も奢ってもらおうではないか。
「いやー悪いなー。雛乃の厚意を無駄にするわけにもいかないからなー。今日も奢ってもらおうかなー」
「今日だけじゃなくて、これからはずっと明也くんのためにお金を使うからね。今まで貯めてきたお小遣いを切り崩して、それが無くなったらバイトして……」
「そ、そうか……そこまで愛してくれる彼女がいて俺は幸せだな……あはは……」
いくらなんでも貢ぎ体質すぎる安城にさすがの俺も申し訳なくなる。
とはいえ、奢ってはもらうんだけど。
校舎を出て、昨日も使った自販機のもとに行く。
校舎裏の近くにある、ぽつんと一つだけ置かれた自販機の前で買う飲み物を選ぶ。
「今日はジュースにするか」
「はい、500円だよ」
「サンキュー」
安城が差し出した500円玉を受け取って自販機に投入。
140円のスポーツドリンクを買った。
そういや、昨日はおつりをナチュラルに貰ってしまったが、返したほうがいいのだろうか。
スポーツドリンクを飲みながら横目で安城を見る。
彼女はおつりに関して言及する気配もなく、ただニコニコと俺を見ているだけだ。
「ほら、雛乃も何か飲むといい」
おつりを半ば無理やり手に持たせた。
困惑するように手のひらの小銭を見つめた安城は顔を上げ、表情だけでどうすればいいのかと問いかけてくる。まるで厳格な親に命令されるのを待つ子供みたいだった。
「雛乃は何が好きだ? 俺は炭酸系とかスポドリだけど」
「……分からない」
「じゃあ、俺のおすすめを飲んでくれ。これな」
人差し指で缶のメロンソーダのボタンを突っつく。
安城は小銭を投入し、メロンソーダのボタンを押した。
缶のプルタブを開けられず指を震わせる安城を手助けする。
恐る恐る缶に唇をつけてメロンソーダを口に含んだ安城は、目を見開いた。
「美味しい……」
「だろ? このメロンソーダはカラオケのメロンソーダっぽくて好きなんだよな」
「カラオケ行ったことないから分からないけど……このメロンソーダは美味しいと思った」
安城は、まるで生まれて初めてメロンソーダを飲むように一口ずつ味を確かめる。
俺は、彼女のどことなく世間知らずで無知な言動に違和感を抱きつつ、スポーツドリンクを飲み干した。
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