第3話 体育の授業にて

 高校二年生の春先には、すでに体育の授業があった。

 まだ涼しい風が吹く校庭で、体育着に着替えた生徒たちが集められている。


「よーし、揃ったね。最初は軽いペアストレッチを行ってもらいます。男子は男子で、女子は女子で二人組作ってー」


 まだ大学を卒業したばかりの若い女性体育教師が魔の言葉を生徒たちに投げかける。


 二人組作れはぼっちにとって死刑宣告なんだよな。

 大抵はぼっちが余って教師と組まされるっていう。まあ、あの若くて美人な先生と組めるのなら役得かもしれないけど。


 とかなんとか、ぼっちの配慮をしつつも別にぼっちではない俺は、適当な男子と組もうと思う。組めそうな相手を探している最中、ふと女子側を見れば、ぽつんと佇む女子を見つけてしまった。


「あー、やっぱ安城さんハブられてんな」


 長身の男子が近づいてきて、まるで群れの中から追い出された狼みたいな安城を眺めて呟く。こいつは陸上部の早坂修二。高身長で顔も良く、俺と同レベルのイケメン。


「風見が助け舟を出してやったらどうだ? 安城さんの彼氏なんだろ?」

「宣言したわけでもないのに、もう俺があいつの彼氏ってことが定着してんのね……」

「見れば誰だって分かるだろ。あんだけ安城さんに密着されてんだから」


 そりゃそうだ。あの安城が腕にしがみつく相手と言ったら彼氏以外はあり得ない。八方美人だが本気で好きになった相手にしか執着しないという、まさにヤンデレっぽい娘だから。


 早坂は俺とペアを組むつもりだったらしいが、諦めて別の男子のところに行ってしまった。


 未だに一人で地面と睨めっこしている安城を見て、やれやれと頭を掻く。しょうがねぇな……。


「おう、雛乃。俺とペア組むぞ」

「え……」


 顔を上げた安城は、困惑と歓喜の入り混じった絶妙な表情を浮かべる。

 大きな目を見開き、今にも泣きそうになっている安城の手を取る。その瞬間、周りの女子が歓声を上げた。


「わー、なんか王子様みたいだね風見くん」

「素でイケメンプレイできるの惚れるわー」


 わいわい騒ぐギャラリーに向けて適当にイケメンスマイルを返す。

 お前たちが安城をハブらなかったら俺が面倒なことをせずに済むんだぞ、という本音は置いておく。


「いやー風見くんも隅に置けないねぇ。これぞ愛のなせる技ってやつかなー?」


 前園もここぞとばかりにからかってくるが無視する。

 安城の手を引いて皆の群れから少し離れた場所に連れていった。


「こらこら、男子は男子で組めって言ったのに」


 体育教師がやってきて注意してくるが、俺は背の低い先生を見下ろして微笑む。


「今どき男子と女子で区別するのも時代遅れですよ。俺は組みたい相手と組むだけです」

「そうね……多様性の時代ってやつかな」

「そういうこと。それに俺は雛乃の彼氏だし、一人ぼっちでいる彼女を見逃せないですよ」


 こっそり俺たちの会話に聞き耳を立てていた女子たちが、またもや歓声を上げた。さすがに今のセリフはクサかったかな。心のなかで何を言ってんだ俺はと自分を殴りつける。


 特別に安城と組むことを許してくれた先生を見送り、泣きそうな顔の彼女と向き合った。


「明也くん……好き……今すぐ明也くんの子種を注いでほしいと思うぐらいウルトラ愛してる……」

「子種とか言うな。誰かに聞かれたら大問題だからな」

「だって本心だもん」

「本心でも包み隠さないとダメなことってあると思う」


 溜め息をつく俺に安城はしがみついてきた。

 ジャージに包まれた二つの双丘が、俺の胸板に押し付けられる。相変わらず柔らかい彼女のおっぱい。この感触を毎回味わえるのなら、これからも助け舟を出してやらんこともない。


「ストレッチするか」

「うん。明也くんと私で、くんずほぐれつ」

「だからそういうこと言うなって」

「じゃあ、手取り足取り腰取り?」

「もっとダメになった気がするが」


 会話もほどほどにして、ペアストレッチを始める。

 俺は安城と背中合わせになった。

 ぴたりと背中をくっつけてくる安城を、自分の背中で持ち上げる。


 うわ、軽……体重どんだけ少ないんだ。そこそこ大きな果実を二つ胸にくっつけてるのに下手すりゃ俺の妹と同じぐらい軽い安城は、ぶるぶると身体を震わせていた。


「うう、背中痛い……でも嬉しい!」

「そ、そうか」

「これが愛の鞭ってやつなんだね!」

「いや、知らんけど」


 どうやら身体が鈍っているようで、安城は背中や腕などを伸ばされて痛がっている。なんか小動物を虐めてるみたいで居た堪れなかったので、もう少し軽いストレッチをすることにした。


「雛乃って運動神経良かったよな……なんでこんなに身体が鈍ってるんだ」

「運動神経が良くても身体を動かしたいってわけじゃないもん」

「そうか。俺もできることなら体育サボって寝てたい派だ」

「ふふ、私たち似た者同士だね?」


 激しい運動は安城が痛がるので、肩を優しく揉みほぐしてやる。 

 もはや、ただの肩揉みだった。


 ペアストレッチで生徒たちが温まったところで、本日の課題である短距離走が始まる。


 こちらも二人一組であり、さすがに安城と走るわけにもいかないので男子と組む。


 そして、なんだかんだで早坂と走ることになった俺は、位置につく。


「風見くんと早坂くんのペアかー。二人ともイケメンだから映えるなー」

「どっちが勝つんだろうね」

「風見くんは運動神経バツグンだけど、さすがに早坂くんじゃないかな。陸上部のエースだし」


 女子たちが勝つ方を予想しているなかで、俺と早坂は肩をすくめていた。


「まあ、適当によろしく頼むわ風見」

「ああ、分かった」


 先生が笛を鳴らした瞬間にスタートを切る。

 そこそこ頑張ったが、さすがに陸上部には勝てなかった。


「はあはあ……もう少しでいけると思ったんだがなー……」

「いや……そもそも陸上部の俺に僅差まで持ち込めるのがヤバいんだって……」


 汗水垂らして座り込む俺に安城が駆け寄ってくる。

 心配する彼女に大丈夫と返したら、華やかに微笑んでくれた。


 そうして体育の授業は終わり、念願の昼休みがやってきた。

 

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