第2話 始まりの朝、制服エプロンの彼女

 清々しい朝がやってきた。

 いつもは気怠い朝だが、今日の俺の気分は悪くない。

 なんせ念願の宿主候補が見つかったので、これから築くであろうヒモライフに心を弾ませている。


 畳に敷かれた布団から起き上がる。

 俺はアパートの部屋を借りて一人暮らしをしている。母さんが厳格な人で、将来は養ってくれるお嫁さんを見つけてヒモ生活したいなーなんて冗談で呟いたら、実家から叩き出されてしまった。


 一人暮らしは生活面で何かと苦労することが多く、ヒモ系男子には辛い。

 しかし、安城がいてくれれば楽になりそうだった。明らかに世話焼きな娘だし。


「……なんか音がするな?」


 就寝する部屋とダイニングは襖で仕切られており、キッチン方面からジュージューと音がする。何かを料理している音のような……。


 嫌な予感に突き動かされた俺は勢いよく襖を開ける。


「おはよう明也くん。もう少しで朝ごはんできるから待っててね」


 制服の上にエプロンを着た安城がキッチンの前に立っていた。

 長い髪をゴムで縛ってロングポニーテールにしており、エプロンを着ているおかげか、いつもの儚げな感じとは違い家庭的なお嫁さんみたいな雰囲気を醸し出している。


 それはいいんだけどさ……。


「なんで安城が俺の部屋にいるんだよ!?」

「え、だって彼女だし……彼女が彼氏の家にいるのは当たり前だよね?」

「そうかもしれないけど、安城にアパートの場所を教えた記憶はないんだが……」

「ふふ、そんなこと教えられなくても知ってるよ。大好きな明也くんのことなら何でも知ってる」


 菜箸でフライパンの卵焼きをひっくり返しながら、安城はにっこりと笑う。とても清々しいスマイルで不穏なセリフを言わないでくれ。


 俺はこめかみが痛むような感覚に頭を抱えつつ、昨日は寝る前に部屋の鍵を閉め忘れたことを思い出した。


「とりあえず安城が俺の部屋に不法侵入したのは許そう」

「不法侵入だなんて……彼女が彼氏のために朝ごはんを作りに来ただけなのに」

「そ、そうだな……そう考えたら普通なのかな?」

「そうだよ。あと安城じゃなくて雛乃、でしょ?」

「ああ、ごめん雛乃……」

「ふふ……もう作り終わったから、一緒に食べよ?」


 卵焼きを皿に乗せ、ご飯を炊飯器からよそう安城。

 俺は襖を開けて部屋に戻る。畳の上には布団の他にも丸いテーブルがあり、それが俺の食卓となっている。


 安城が丸テーブルに朝の食事を並べてくれた。

 ご飯と卵焼き、味噌汁と漬物。味噌汁はインスタントで漬物はスーパーの品っぽいが、彼女がわざわざ朝に出向いて用意してくれたのを考えると文句は言えない。


 それに、インスタントだろうがスーパーの惣菜だろうが、美味いもんは美味いのだ。

 俺はありがたく朝食をいただいた。


「さて、学校に行こう?」

「そうだな……」


 鞄を持って立ち上がると、安城が腕にしがみついてくる。

 そこそこ大きな胸が二の腕に押し付けられ、むにゅっとした感触が伝わる。制服越しでも柔らかいなんて、女の子のおっぱいは素晴らしい。


「歩きにくいんだけど……」

「そうかな。でも、こうしてたいな……ダメ?」

「ダメというわけじゃない」


 不安そうに見上げてくる安城の瞳が揺れて潤みそうになってるので、強く拒否できない俺であった。


 アパートを出て登校する。

 通学路を進む間も安城は相変わらず俺の腕にくっついており、周りを歩く学生たちからじろじろと見られた。


 安城は人の視線を気にする素振りを見せず、教室に入ってからも依然として俺との距離が近かった。そのせいでクラスの連中がざわめき立つ。


「安城さんが風見くんとイチャイチャしてる……」

「もしかして付き合ってるのか?」

「あの安城さんが……」


 色めき立つ声もあれば、安城を睨んで舌打ちする女子もいる。

 クラスでの安城の立ち位置は良いとは言えず、ヤンデレのくせに八方美人で気持ち悪いといった声も多い。


 まあ、安城の容姿に嫉妬した醜い女子の戯言なんて俺が気にする必要はない。


 俺と安城の席は離れており、ホームルームが始まる直前に安城は名残惜しく自分の席に向かう。


 安城が離れると、隣の席のショートツインテ女子、前園まえぞの愛音あいねが悪戯っぽく笑ってからかってくる。


「風見くん、あの安城さんと付き合うことになったの?」

「そうだけど。意外だったか?」

「ああいうタイプ、風見くんは鬱陶しくて嫌いだと思ってた。ああでも、容姿的にはお似合いかもね。爽やかイケメンの風見くんと清楚系美少女の安城さん。並んで立つと映えるなー」


 前園は、自分の席に座ってうつむきがちに目を伏せる安城のほうをチラ見する。人をからかうのが好きな小悪魔系の前園は、面白いネタができたかのように悪童みたいな笑みを浮かべた。


「あまり安城を刺激しないでやってくれよ」

「そうだね。下手にちょっかい出すと爆発しそうなタイプだし」


 前園は分かってくれたのか、それ以上は俺と安城の関係について触れなかった。


 担任の教師である高嶺たかねひとみがやってきて、いつもの明るい笑顔で教壇に立った。


「よーし、今日も全員揃ってるわね。朝のホームルーム始めるわよ」

 

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