第3話 説明会と出会いと…別れ?
説明会の会場として案内された大会議室に入ると、すでに100人以上の人達が集まっていた。
自衛隊の制服?と言うのであろうか、ピシッとしたモスグリーンのスーツに身を包んだ人もいれば、悠生の様に既製品のスーツに身を包んだ人も居る、仲には警察官の制服を着た人もいる。どうやら、半数くらいの参加者はいわゆる国家公務員と言われる人達であろう。
おかしな話である、彼ら自衛隊や警察官は職務としてダンジョンに潜る事があるので、こんな委託説明会に参加する理由は無いのだが。
指定された席へ行くと、両隣はまだ来ていないようだ、椅子に置かれた資料に目を通しながら、始まるのを待つことにする。
「こんにちは!」
男むさい会場には似つかわしくない、ハキハキとした女性の声で挨拶をされたようだ。
声のした方に顔を向けると、先ほど受付で話した女性(柊風音と言ったか)とは全く印象の違う笑みを浮かべた女性が右隣に立っていた。
「八神咲良っていいます」
そう名乗ると、右手を突き出してきた。どうやら、握手を求められているらしい。
初対面の人と握手をするという経験がなかった悠生は、すこし戸惑いながらも、勢いに押される形で、その右手を握り返す。
「俺は・・僕は、虹村悠生」
なぜだか、しどろもどろになりつつも、自己紹介は出来た様だ。
「悠生さんは、一般の参加者なんですね?」
「僕は、新卒でして・・・いわゆる就職難民ってやつですね」
「どおりで、なんか警察官や自衛隊みたいな人が多いじゃないですか?なんかあの人達、声をかけづらくて・・・」
「たしかに多いね、しかも声はかけづらい」
咲良のあまりに明け透けな態度に、少し吹き出しながら答えると、周囲から視線が集まってくるのがわかる。
「っと、あまりそういう話はここではしないほうが良いみたいだね・・・」
周囲の視線に気おされる形で二人は黙ると、咲良は悠生の右隣りに座った。
このまま何も話さないというのも微妙な雰囲気だし、悠生は少し話してみようと口を開く
「咲良さんは、どういったご職業なんですか?」
「呼び捨てで良いですよ、それに敬語もいらないです、たぶん悠生さんの方が年上ですし」
「さ・・さすがに呼び捨ては・・」
「そうですか?うちの職場なんて、患者さんみんな呼び捨てですよ?」
「患者さん?医療系なんですか?おしごと」
「私、看護師なんですよ」
「ええっ?! 看護師がなんでまたGUILDの説明会に?」
「うーん、なんかTVで報道されるダンジョン探索って、怪我人が多いらしいじゃないですか? それにダンジョンの中だけで覚えるスキル?って言うんでしたっけ、そのスキルの中には一瞬で傷を治すようなのもあるとか聞いて、自分も力になれないかなあって思ったんです」
「咲良さんはちゃんと目的があるんですね、うらやましい」
「悠生さんは目的無いんですか?」
「僕は、さっきも言いましたが就職難民でして、恥ずかしい話、付き合っている娘に、来月までに就職決まらなかったら別れるって言われてしまったもので・・」
「確かにちょっと消極的な理由ですね、しかも委託だと就職したと言えるかどうか…」
「陽乃には…ああ、陽乃って言うのは彼女の名前でして、彼女には何も言わずに説明会にきちゃって」
「彼女さんが委託を社員と認めてくれると良いですね…」
「そうですね…」
なんか少し暗い話になってしまい、これ以上は話を続ける雰囲気ではなくなってしまった。
しかたなく、資料に目を通しつつ、八神咲良と名乗った女性を観察してみることにした。
いっけん美人というほどではないが、健康的な笑顔と明るい雰囲気で、さぞ病院では人気のある看護師さんなのだろう。
スタイルが良いというわけではないが、身長は158㎝くらいで、いわゆる巨乳というヤツなのだろうか、暴力的な膨らみのソレが胸に鎮座してらっしゃった。
あまり見ていると、さっきの受付みたいに怒られそうなので、観察はこの辺にしておこうと考えた矢先に、マイクを通した音声が会場に響く。
「今日はお集りいただきまして、ありがとうございます」
音声につられて、檀上を見てみると、ビシッとスーツを身に着けた50代くらいの男性がマイクで話していた。
「これよりGUILD委託調査員説明会を開催したいと思います。お手元の資料にそってご説明していきますので、資料の2ページ目を開いてください」
壮年の男性はそういうと、自らも資料を開きつつ、基本的な事を説明し始めた。
いわく、今日はお昼までここで委託契約や仕事の内容などの説明があり、お昼ご飯を挟んで、午後から筆記と実技試験があること。
「メールを読んでわかってたけど、やっぱり1日中かかるんですね」
右隣に座っている咲良さんが小声で話かけてきた。
「実技って何をするんですかね?なんか特技をどうのこうのって書いてあったけど」
「私は特技が何もないので、看護師として見てもらうしかないんですけどね」
「その場合の実技試験って、点滴を打つとかですかね?」
冗談まじりにそう返すと
「お医者さんの指示がないと、やっちゃだめなんですよ?」
と、笑いながら返してきた。
咲良さんは、椅子に立てかけた竹刀袋を刺しながら
「悠生さんは剣道ですか?」
「まあ子供の頃からなんとなく続けていただけで、強いわけでもないんですけどね。僕にはこれくらいしか特技がなかったもので…」
「そんなことないですよ、継続は力なりって言うじゃないですか?」
「そうだと良いんですが」と言いながら、周囲を見渡す。
警官やら自衛隊員が集まる中で、ただ続けていただけの剣道がどれほど役に立つのか不安でしかない。
説明会はそのまま午前いっぱいを使って様々な説明を行い、昼ご飯はGUILDの社食で摂るように告げられると、午前の説明会は終了となった。
「悠生さん、お昼ご一緒しても良いですか?」
会場を後にして、社員食堂とやらに向かっていると、後ろから元気な声で呼び止められた。
振り返ると咲良さんが、走ってくる。
「ああ、そうですね隣に座ったのも何かの縁ですし、咲良さんはお綺麗なので、こちらからお願いしたいくらいです」
「また、そんな事言ってると、彼女さんとお別れになっちゃいますよ?」
などと、親し気にしていると、これまた周囲からの視線が痛い。
何しろ説明会の参加者の9割は男性で、女性はほとんど居なかったからだ。
足早に食堂へ入ると、先ほどの大会議室より広いと思われる広大な空間にテーブルや椅子が並べられていた。壁側には様々な国籍の料理を出すブースが設けられており、どうやら好きなメニューを食べていいらしい。
「僕はインドカレーとやらに挑戦してみるけど、咲良さんはどうします?」
「さすがにここまで揃っていると迷いますねえ…、インドカレーも惹かれるけど、イタリアンも捨てがたい…」
「インドカレーならナン食べ放題みたいですよ?」
「私そんなに大食らいに見えます?」
「咲良なら食べそうな…」
「ひどい!そんな風に見てたなんて! なーんてね、ナン3枚くらいペロリです、そんな話してたら私もカレー食べたくなっちゃったじゃないですか!」
2人でインドカレーの列に並んだあと、適当なテーブルに着いた。
ナンをちぎり、カレーを付けながら食べ始めると
「午後からの試験で眠くならない様にしないと」
「ナン3枚食べたらほぼアウトですね」
「さっきのは冗談ですよ!そんなに食べませんから」
そう言いつつも、咲良さんの皿にはナンが2枚盛られていた。
「2枚は食べるんですね」
「悠生さんは食べないんですか?」
「食べると眠くなるし、実技で何をさせられるかわからないので、控えめにしておこうと」
「看護師は体力勝負ですからね、食べられる時には食べておくのです!」
「はあ、そんなものですか」と、咲良さんの見事な食べっぷりに感嘆しつつ、カレーを食べ進める。
「試験に合格したら、彼女さんに連絡するんですか?」
「そうですね、委託を認めてもらえるかはわかりませんが、ダメ元で」
「認めてもらえると良いですね…ダメでも気を落とさないでくださいね」
「もうなんか、ここまで就職できないと、諦めもつき始めてるんですよ、そこまでして付き合いたいかと考えると…」
「確かに結婚を考えると就職って大事ですけど、それと恋愛は別って思っちゃいますけどね、私の場合はそういう点では自立しちゃっているというか、パートナーに稼ぎを求めなくてもやっていけますし、なんなら私が養ってやる!なんて考えちゃいます」
「ダメ男が寄ってきそうですね」
「例えですよ、た・と・え! 寄りかかられても大変ですけど、恋愛と仕事は別って思うだけです」
「なるほどね、陽乃もそんな考えだったら、少しは楽だったんだけどね」
「って、もう過去形になってません?」
「いやもうなんか、彼女のために就職しようとしてる自分が滑稽に思えて」
「大丈夫ですよ、世界の半分は女性です」
「それって、もう別れる前提になってる?」
「あはは、まあ気を落とさないでください!」
そんな事を話しつつカレーを食べ終えると、再び大会議室へと戻ってきた。
午後からの筆記試験もここで行うと言われていたのだが、大会議室にはいると、先ほどまでは椅子だけが並べられていた室内には学校の教室に並んでいるような机と椅子に入れ替わっていた。どうやら昼食の間に入れ替えた様だ。
自分の番号が指定された席に着くと、咲良さんは少し離れた席に座っていた。
机にはすでに問題用紙が配られており、表紙には「試験開始まで開かないように」と書かれている。
しばらくすると、試験開始時間になったらしく、スピーカーから「試験を開始してください」とアナウンスが流れた。
試験用紙をめくると、一般常識の問題に混ざって、「前衛の役割は?」や「回復薬を持つのは前衛か後衛か」はたまた「戦線を離脱する場合は、戦士・魔法使い・ヒーラーどの職業が優先か」など、今まで生きてきて見たことのない問題が混ざっていた。
さいわい回答方法はマークシートだったため、わからないところは適当に埋め、なんとか時間内にすべての問題に解答することはできた。
ここから1時間ほど休憩との事だったので、筆記試験で疲れた脳に栄養補給をしようと、自販機が並ぶ休憩スペースへと向かう。
自販機でコーラのボタンを押そうとすると
「ゴチになりまーす」
と言いながら咲良さんが横からアイスミルクティーのボタンを押した。
出てきたアイスミルクティーのタブを開けながら
「さっきの試験どうでした?」と聞いてきた。
まあ、ジュース1本くらいでこの暴力的な胸を間近で見れるなら安い物かと謎の理由付けをしつつ、自分のコーラを買った。
「なんか、おかしな質問とかなかった?」
「ああ、ありましたね、なんか魔法使いだか戦士だかって」
「噂ではダンジョンには、敵対生物とかモンスター呼ばれている生き物がいるんですよね?」
「ダンジョン内のケガの9割はそいつらに襲われたとか聞きますね」
「私達も採用されたら戦う事になるんでしょうか」
周囲に居る警察官や自衛隊の人達を見ながら
「そういう事なんでしょうね…」
「咲良さんは大丈夫なんですか?そんな謎の生物と戦わないといけないのに」
「大丈夫ですよ、医療に携わってると血を見るのも、変な物を見るのも慣れてしまって」
微笑みながらそう答えたが、どこか不安そうに見える。
「悠生さんはどうなんですか?」
「はっきり言えば怖いですね、だって相手は人間ではないにしろ殺し合いをしろってことですよね」
「そうですね、相手は言葉も話合いも通じないで、ただ殺意だけは向けてくるって話ですし」
何となく気まずい雰囲気が流れる。
何と言えば良いのか、今さら自分たちが志願した「委託調査員」というものが、とても怖く感じる。
気まずい雰囲気のまま休憩時間が終わり、実技試験会場に指定された地下3階へと向かった。
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