第7話




 仕事とか、学校とか、なにか勤めを果たすのが好きだった。


大きくなったらバイトをしたいなとずっと憧れていたし、何でもいいから働きたいなと憧れていたのだ。




責任感が強いというわけでもないが、指示通りに物事が進むことがすごく好きだった。




ただその思考は縦社会向きではない。


上下がある世界においてはむしろ邪魔になるものだ。




僕は自然と創作に打ち込むこととなった。





 絵画であれば、頭にある通りに色を塗れば、キャラクターはその通りの様相を、僕のために表すだろう。


 ゲームであれば本に書いてあるプログラム通りに打ち込めば、キャラクターがその指示で歩き、喋り、僕の指示だけを見てくれる。


シナリオがあるのなら、その通りに、生かすも殺すもできる。




神や社長になるつもりがなくとも、それは手軽にその欲を満たしてくれるものだった。


縦社会に向かないフラストレーションを、発散するには実に適している。




なぜこのような話をしたのか。




それは、僕が『それ自体』が好きだという話をしたかったから。








――クラスで、まとめ役をしたり下手に目立つと何が起きる?


お嬢様で委員長であった ウシオ に僕のようなのはよく目をつけられていた。




 ウシオは、正義感と責任感、先生には可愛がられたい。


内申と聞けばボランティアに精を出す。


口癖は『先生に言いつけるよ』というよくある委員長だが、




僕のように『不真面目そうな』『なんかよくわからないくせにどうにかやってる』やつが、気にくわないのは当然だろう。常に僕を意識し、張り合おうとする頑張り屋さんだった。




そして定番のような口癖。


『私が絵鈴唯なんかに!』


をいつも吐いていく。






 実に、ウシオはある意味頑張りやだなという印象しかない僕とは違い、ウシオは僕にたいしては冷たかったらしいし、なんと、いじめる計画までしていたらしい。




そう、こんな風な、特に……エリート意識の塊に、執着されることがある。




最悪の場合、自らの立場がなくなることになるだろう。


上司やら契約者がこの手であった場合、その未来は明らかに最悪を示している。




まぁ。


要するに、どこに居ても向かないのだ。





 僕は、何事もない平穏を無事に過ごす術としても、なにかを作り続けることを選んだ。


人生を口先だけでどうにかしていくことは、できそうにない。








 改めて。


僕の毎日は、他人に執着され続けるものだった。


『作ること自体』が好きだった。




それは、独りでいれば楽園だった。




けれど、せっかくだから、どの程度か見極めようと発表などすると、






当然同じように作ることへの他人の念がのしかかってきた。


僕は、それが嫌いだった。





エリート意識の高いやつや、被害妄想男。


周りから好かれたいだけで別にやりたいわけじゃないのになにかしてるミーハー。




彼らはやたらと周りに潜み、目の敵にしていた、らしい。




執着や悪口というのは大人になるにつれ陰湿になる。


 やがては、いつどこで何をしていても、痕跡を残すことからは逃げる必要が生まれた。




悪いことはしてなくとも輩はしつこい。





 顔も姿も出ない最低限しか自分がわからないような場所でしか生きていけなくなるのは当然だ。


接客業は避け、写真の載りそうなバイトも避けて友人にも、踏み込ませない部分は徹底する。




誰からも居るような居ないようなそういう存在。


ただ……


コールセンターにだってしつこい客はいるように。


現代にはあまりにも『救い』がない。




声優や作家だって、今やアイドルと化している。中身、を知りたがる悪習のせいだ。


何をしていても『しつこい』 やつは存在する。


姿が見えないから余計にとか、そういうやつもいる。





欲望。


救いは、ない。





 そんなことを、あの頃はあまり、理解しきれてなかった。






「きみ、絵鈴唯って言うんでしょ?」





 学校からの帰り道。




誰にもくわしくは教えてもない、痕跡は残さないように過ごしたはずなのに。


知らないやつから後ろから肩を叩かれたときには、きっと手遅れだったのだ。





なぜ、どこにもないはずの情報が、




保険や、携帯電話会社……


ヤクザかなにかじゃなければ




わからないような。













……目を覚ます。


なんだか意識がぼんやりしていた。




変な夢を見ちゃったなぁと、けだるい身体を起こしたら、頭に貼られた生ぬるくなった冷却シートがぺらりと剥がれてきた。


あたりをみわたすと、ミニテーブルの上に、お粥と、木のスプーンと、あと『出掛けてくる』の文字が書いた紙があった。


瑞は出掛けたようだ。




僕はゆっくり移動して白粥のラップを開け、乗っている梅干しをかじった。


かつお梅干しだった。




カツオみたいだと言われたことがあったっけ。


キャラクターの方の。


 もっとも僕は、野球は出来ないし、知恵を捻るよりは検証をもとにする派だったからそれはずれた例えなのだが。


いや、そもそも、父から怒られたことがないしな。打たれたこともない。


カリカリ、と梅を転がしているうちに少し落ち着いてきた感情のまま、ひとまず広がったままの本を見つめた。




町を見下ろした写真には、当時の『あの家』も載っている。




……ふむ。




「だけど、あれだな」







 携帯を開く。


すぐに電源が落ちたので充電器に繋いでからもう一度つけ直す。


この機器は『ああいった』人から強制遮断を受けており、こうしたときに携帯できないポンコツ化していた。




「妨害電波、とか、そういうのが好きな人が、居たな……」




 電波というと数年前、皮膚が過敏だからか、携帯を構うと時折ビリビリした何かが這う感覚に悩まされていた。


ちょうど、神経痛かもしれないというCMがやっていて、僕はそれかもしれないと思ったっけ。


でも、あれは思えば……


いや。


関係がない。




まに受けてはないが、


あのときは毒電波、とか、電波障害とかそういう単語を僕に覚えさせることとなった。




メールを打ち込んだ。









     ◇




『きみが、あの場から居なくなった理由はなんだ?』




――予想が、ついているのではありませんか。





『僕に予想がつくことなど、些細なものしかない。


昨日、瑞も気にしていたが、




おばさんと暮らしているのであれば、




このあたりの噂にあがるはずだ。




何も言わないでおいたが。


きみは、あまりに話題にあがらないのだから、少々不思議だったんだ』





続けて、メールを打つ。送るかはやや迷ったが、構わずに続けた。




『あの家には、管理者の名がないよな。




まるで、一見そうと思わせないようにしているか、売約済みのようだが』




――絵鈴唯は、


瑞のことが、すき、ですか。




返ってきた返事。


これはいったいどういった趣旨なのだろうか。




『撹乱させたいのかい?』




――あいして、います、か。





ぴた、と指が止まる。


よくわからない。


真面目に聞かれると、僕らはなんなのか。




『きみは、瑞のことを、知ってるようだね』






――えぇ。


だって、あそこにすんでいたのは、私でしたから。




『そのようだね。家が無くなったのは、家族が入院してからなのかい』




――


答えたく、ありません。


瑞を、あいしていますか?




『そうだな、愛していると思う。




きみは、なにか、答えてくれないのかい。おじいさんに関することだとか』






――男の子が、




いなくなったの、噂になっていませんでしたか。




おじいさんが探してた。


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