夏蜜柑色の午後
靑煕
夏蜜柑色の午後
【靑蜜柑 アオミカン】
花とはなが風に揺らぎ
生きるがままに実を成した
早熟さ香る靑ひ蜜柑
身につけるだけ…と徐に
そつと一つもぎ取った
ひを浴びて黄色く綻んだ
其の実は未熟なまま
靑ひ生命を謳ひ溺れ
至極微かで曖昧な光に
満たされた素振りをしては
瑞々しく…私を彩る
鮮烈な靑になるのです
私を彩る…其れはそれは鮮やかな
煌めく露を纏うて
今溢るる眩さを帯びた
靑蜜柑
【雷鳴】
天原に泣き濡れた神州さり
雨恋しく稲光
鳴神の渡る恋路や青野原
今は潤う水の響きなれ
通ひ路
天河は流れ至る
降り落つ雨の奏でに泳ぐ魚は
久しく揺蕩い眠りつく
【夏模様】
夏らしいことをしたい…
まるで夏休みのようにわくわくすることはないだろうかと、あの日の憧憬を追う私は退屈を空に描く
目映い日差しと期待に満ちた入道雲
突き抜けるような青空
水色を帯びたプールに浮き輪が揺蕩う
山際を縁取る闇のような深緑
透き通るラムネ瓶のビー玉
咲き誇る向日葵畑
追い求める夏が其所にある
黄昏時に灯る街頭…美しい
こんな風にランプの温もりを感じられる風景に出逢いたい
気がつけば
重苦しい溜め息が部屋に充満していた
広い世界を知っていた頃に比べると今はごく狭く窮屈な日々を過ごしている…
感覚が鈍くなるのは必ずそう感じる時だ
日常の景色を変えたいと思わせてくれるものを探し求めている
【雨と朝】
休日はゆっくり目を覚まし
温かいお茶で身体を労る
一通りのことを済ませたら手持ちの文庫本、ペンとノートを鞄に放り込み馴染みの喫茶店へ…
珈琲の薫りと控えめなJazzが漂う空間
…遅めの朝食でお腹を満たしたら
一杯の珈琲と共に小説を紡ぎ時間を充たす
今それ全てが「ここ」では叶わない
【芽生え】
病弱でよかったと思えることがあるなんて
昔では考えられないような
新たな発見が私を導いている
憧れていた思想
己の姿はそのままある
生まれて初めてだ
僅か十年…たった十年生きただけの
幼い自分に感謝したくなるのは
それほど迄に
「足るを知る」は大きく
「知るを足る」人に成る
歳を重ねてわかること
歳を取ってよかったこと
生きていることが嬉しい
…とまではいかないけれど
まだまだ足りなくて充分
【透明な君へ】
美しい作品を目にした…
白く白く清んだ其は一頻り赤を際立てていて
その人の死生観が至るところに現れていてその姿を成している
「生」を持ちながらの「死」が儚く美しい印象を遺して…どこか刹那的だった
【素肌】
飾り立てても色気を感じない
こだわりのコスメ
きらびやかなアクセサリー
揃えたヒールとワンピースも
不自然なほど君には不釣り合いで…
絹のように流れる黒髪
硝子玉のように潤んだ瞳
光に透ける雪白の肌
桜色に染まる頬
艶を放つ薄桃の唇
しなやかに風を受けては
踊るように翻る君の姿へ…
【灰と雨】
膨らみ続ける灰色の雲が
今も朧気な裾野を広げながら街を揺蕩っている
眠気を孕んだ空の雑巾は
やがて堰を切ったように搾られ始めた
細く長く白い糸で
均一な音色を滴らせては
静かに街を縫い上げる
不意に掠れた稲妻が走った
気だるげな空をビリビリ引き裂くと
散り散りに足を早める人間達を怯えさせる
無邪気に遊ぶ稲光
傘を持たぬ無数の人影が
露空を仰いでは顔を曇らせていた
【夏蜜柑色の午後】
降り注ぐ蜜柑の色は
ひときわ気だるげな夏の斜陽を
謂れのない好奇で満たし始める
こぼれんばかりの透明な果実が振り撒かれ
嘘のようなラムネ色の空に弾けては
苦味の残る甘酸っぱさを
きっと誰かの夏に刻みつけていく
サンダル越しの素足が…ひたすら蒼く
この透明な冷たさを思い出す頃
少年へと帰化する君は
両手いっぱいに太陽の花を抱え
僕に手向けているだろう
天頂から注ぐ
蜜柑色のソーダ水…
氷の雲を浮かべては
硝子の音を響かせて
あの刻が蘇る
夏蜜柑色の午後 靑煕 @ShuQShuQ-LENDO
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