第9話

1か月前、修と一緒に変わり果てた正広と再会した。

霊安室で修と二人、涙を流した。

正広が危険なことに首を突っ込んでいることは薄々感じていた。

いつかこんな日が来るのではないかと不安に思っていた。だがそれがこんなに早く・・・。

目の前の現実を受け止めることが出来ずに、ただ涙を流すことしかできなかった。

“遺品を整理していけば、その作業の中で気持ちに折り合いをつけることが出来るかもしれない。” 修にそう言われ、二人で正広の家に向かった。鍵を開けて中に入る。

時が止まったままの部屋でPCの画面だけが煌々こうこうと部屋を照らしていた。

電源を切ろうとPCに近づいたとき、ポップアップが出ていることに修が気付いた。

クリックするとボイスメモリーが再生された。ファイル名はデフォルトで録音された日時のようだった。日付は正広が転落死した日と一緒だとすぐに気づいた。

どうやらスマホを使ってボイスレコーダーから自動転送されていたようだった。

修と2人で息も忘れてレコーダーに残る正広の声を聞いた。

女の声と正広の声が流れ始めた。どうやら激しく言い争っている様子だった。

お互いに捲し立てるように話しており、レコーダーは酷い音割れ状態だった。

それが突然、女の「ひっ」という短い悲鳴、濡れた雑巾を壁に貼り付けたときのようなパシャっという湿った音を最後にレコーダーは静かになった。


その後も再生時間はまだまだ続いていたため、修と2人でじっと聞いていた。

この時だ。

あの音は正広が高所から転落した音だとすぐに想像できた。

眼をつむり、涙をこらえ、レコーダーに音が戻ってくる瞬間を待った。


――――――カン、カン、カン、カン

階段を駆け下りる音、近づいてきた足音が止まる。

「ひぃい!!」と女の悲鳴が入った。


「もしもし?カトリさん!急いできて!!急いで!!人が!人がぁあ!」

レコーダーからは足音は1つしか聞こえてこない。

女は電話で会話しているようだとすぐに理解できた。


「救急車も呼ばずに・・・誰に電話を!」

怒りで声が漏れる

「静かに」と修に言われ、レコーダーの続きに耳を傾ける

―――――――カツカツカツカツ

3分しても同じ足音がレコーダーの周りをうろうろするだけで状況は進展していなかった。



たまらず早送りを押す。

再生時間も20分を超えた辺りで新しい足音が増えた。

「センダ!どうした?なにが・・・・これは・・・お前。」

中年男性が息をのむ音だった。

「違う!ちがう!!わたしじゃない!!わたしじゃないの!!この人が!勝手に!」

「かってに、あし。足を滑らせて!!!落ちて!!!」


女は無罪を大声て叫ぶ。


なんて耳障りな声なんだ。


母と死別し父子家庭となった際、父はまだ小さく手のかかる弟よりもすでに中学生になっていた俺を選んだ。

弟が養子に出された河合家はもともと父方の血筋だし、おじさんもおばさんも優しい人柄だったのを覚えていたので寂しさはあったが不安はなかった。

子供のうちはなかなか会うこともできなかったが、正広が大学に進学したことをきっかけにこの街に戻ってきた。修も一緒だと聞いたときは驚いた。正広が大学を卒業するまでは修の家に二人で住んでいた。

俺も一緒に住みたいと思ったが家が手狭になることや通勤距離など諸々の事情をかんがみて断念した。


修とはすぐに打ち解け、正広とも再会を喜びあった。

俺たち3人が本当の兄弟となるのに時間はかからなかった。


少し年の離れた末っ子の正広を俺も修も可愛がった。

俺の親父ががんで死んだときは2人が慰めてくれた。

一昨年、修の両親が事故で亡くなったときは3人で協力して生きていこうと互いに誓った。



「まったく、面倒なことを・・・。」

あきれたように中年男性が言う。

「向こうの連中に通常作業へ戻るように伝えてくる。取引は当面中止だとな。」

「こんなところまで尾行されおって馬鹿女が。」

狼狽する女に対して情のかけらもない声をかける男性。

「おまえも面倒なところで死にやがって。」

男は弟にも罵声を浴びせる。


救急車を呼ぶでもない、それどころか弟に罵声まで・・・怒りで頭が吹き飛びそうになる。


可愛い弟、正義感が強くて芯が強かった。自慢の弟だ。

「なぁ・・なぁ修。俺たちは何を・・・何を聞いてんだよ!これはなんなんだよ!」

声が漏れ、腹の底から怒りが沸き上がり、モニターに掴みかかる。

その腕を修にそっと掴まれた。

「どけよ、タツミ。まだだ。まだ最後まで・・・聞こう。」

見ると修は口から血を流していた。唇を噛み切るほどの怒りを抑えて正広の最期を聞いていた。

もう涙は抑えられなかった。泣きながらモニターから離れて続きを聞いた。


「センダ!こいつの荷物チェックしておけ。ジャーナリストっていうならレコーダーなりメモ帳なり持ってるはずだ。まずいモンは全部回収しておけ!」


「ちゃんと手袋してからだぞ!」


男はセンダに指示を出してからその場を後にした。


―――カチカチカチカチ

体が震え、歯と歯がぶつかり音を立てる。

1つはレコーダーの女。恐怖と不安で震えているのだろう。

もう1つは俺だ。怒りで全身が震え、堪えられない。


「修、こいつら・・・殺そう。こいつら殺して、正広の無念を晴らそう。」


正広は密輸現場にいたのだ。ついに尻尾を掴み、彼らに詰め寄っていた。

アイツの正義が成就するところだった。それを・・・それを・・・!


遺留品の中にボイスレコーダーはなかった。


正広の命を奪った女、許せない。

正広の功績をもみ消すように指示した男、許さない。


すぐに修と二人で計画を練った。

だが、どんな計画を立てようとも必ず立ちはだかる壁があった。

監視カメラだ。

街中のいたるところに設置されている監視カメラに死角はない。

計画はすぐに頓挫する。そのたびに新しく練り直す。また頓挫する。


無力感にさいなまれる俺たちの前に一人の男が現れた。白銀のスーツに身を包んだ金髪の男。

「お困りのようですね。私でしたらお力になれると思いますが・・・いかがでしょう?」

顔を見たときの第一印象は蛇だった。それが微笑ほほえみかけてくるのだからなおさら不気味だった。

「私はね、この国をうれう者の1人として一連のダイヤ密輸事件の真相は暴かれるべきだと思うのですよ。・・・・正広さんは残念でした。さぞかし悔しい思いをされているでしょう。

改めて、私でしたらお二人のお力になれると思いますが、いかがでしょう?」

落ち着き払った振る舞いと声質には妙な安心感があり、ただ話を聞くだけで男の空気に飲まれそうになる。


「ダイヤ密輸・・・事件?」

その風貌と慣れた口ぶりから修はかなり警戒しているようだったが、俺は蛇男の提案に乗ると決めた。

この男は正広が何の事件を追っていたのか知っていた。

それに、計画はもう限界にきていたし、このままでは目的は果たせないと思っていたからだ。


俺は修を説得して蛇男に自分たちの考えを話した。

仙田と鹿取を殺すこと。

その後、各マスコミに正広の“最後の声”を届けて警察の不正を暴くこと。

それらすべてに対して監視カメラの存在が障害として立ちはだかること。


蛇男はこちらの話を顔色ひとつ変えることなく聞いていた。

そして一言

「監視カメラの件は私が解決しましょう。要は見られていなければ良いというだけ。」

「お二人は決行の瞬間をほかの誰にも見られないように。そのことだけはお気を付けください。」


「いや、そんな軽々しく・・本当に大丈夫なのか?」

修が不安そうにたずねる。

「ふふ。私は【能力者】でしてね。そうですね、ですからこれくらいの範囲は問題ないかもしれませんね。」

―――――パンッ


男が柏手かしわでを打つ。


付近のカメラが数台、台座からポロっと落ちた。


「え?」

落ちたカメラを修と一緒に見つめる。


「まあ、こんな感じです。いまこの辺り一帯のカメラが何らかの理由で偶然故障や破損しました。数日以内に復旧することはないでしょう。」

「ただ3秒もすればカメラ故障の異常がデータセンターで判明し、数分でここにも職員が派遣されるでしょう。」

「ここに居ると少々面倒かもしれませんよ?」


「わかった、移動しよう。話の続きは移動しながらだな。」


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