第2話
深夜1時
「こぉんな時間に呼び出しておいてなんだぁ!おれたちはスプラッタを見に来たのかよ!」
他の捜査官と比べてもアタマ1つ大きい大柄な男が叫ぶ。
深夜のアパートに響く大声。目の前には腹の中に爆弾でも埋め込んでいたかのように、内側から破裂している変死体。凄惨な殺人現場には否応なしに緊張感が漂う。大声を上げる男に周りから冷ややかな視線を向けられるのも当然だった。
「ちょっとミカさん落ち着いてくださーい!ここ住宅街ですよー。ほら、皆さん見てますから・・・。」
横に居た細身の優男が小声でなだめる。
「うるせぇ!ミカって呼ぶんじゃねぇ!俺の名前は
ミカと呼ばれた大男は不機嫌そうに吊り上がっている眉をさらに吊り上がらせて叫ぶ。
だが優男は別にひるむでもなく、軽い調子で言われるがまま現場に近づき、近くにいた捜査官に事情を訊ねて状況把握をし始める。
「なんすか・・あいつら」
捜査官の一人が小声で上司に尋ねる。
「んあ? ああ、トクタイの連中だよ。お前も聞いたことあるだろ?」
「あー、たしか特殊犯罪対策係・・でしたっけ?能力者の関与が疑われる犯罪に対して『実践・応戦』することを念頭として新設されたっていう。」
「そうだ。まあ実際、蓋を開けてみればメンバーはほとんど元の所属で問題を起こしてきたやつらばっかりだけどな。」
「そうなんですね。なんでそんな奴らを?」
「そりゃ一か所に集めて管理しやすいのと・・なにより“使える”って話さ。猟犬としてはな。」
「ミカさーん。なんとなく犯人像つかめました。」優男が大男に話しかける。
「そうか!で、犯人はどんな奴だ?どこに向かった?」
「そうっすねー。【強い殺意を持っていますね。部屋を出た後は敢えて裏通りには行かず、用意していた服に着替えて表通りにいきます。そのあとは何食わぬ顔して電車に乗りますね。でもここから一番近い駅じゃなくてもう1つ離れた駅から乗車しますね。歩くと1時間くらいかかるけど疑われないようにするには仕方ない】って感じっす。」
「おーけーおーけー!準備してた割にイマイチ頭良くなさそうだな!じゃあ片桐に連絡いれろ!」
男たちが何を言っているのか理解できない若い捜査官に上司が話しかける。
「気味悪いだろ?」
「いや・・はぁ。」
「何でも、現場を把握することで犯人の思考パターンや行動が理解できちまう【能力】らしい。」
「はぁ。便利でいいですね。【能力】」
「まぁ、【能力】の種類によっては、な。ちなみにアイツはトレースした犯人の思考に引っ張られてついつい犯罪に手を染めそうになるらしいぞ。」
「うへぇ。そうなんですか。いろいろ大変ですねえ。【能力】も。」
「まあともかく、今回はあいつらのおかげですぐ捕まりそうだけどな、犯人。」
「1つ離れたってそれ上り方面ですか?それとも下り?」
淡々と話す女性の声に優男が答える。
「【上り方面】っす。【明るい色はまずいから暗めの色、暗緑色のパーカー】っすね。」
「急がないともう駅に着いちゃってるかもっす。」
捜査員が彼らのほうに目をやるとイヤホンタイプの小型無線でなにやらやり取りしているらしい。
「了解。路上の監視カメラ、確認するから駅までの逃走ルート教えてください。」
(は、はは・・・ついにやってやった!)
できるだけ平静を装いながら駅へと向かって歩く。
前々からイケ好かない女だった。
1年先輩というだけで仕事も押し付けられたし、仕上げた仕事は横取りされた。
それだけじゃない。お弁当を「まずそう」と言って捨てられたこともあるし、陰口だって日常茶飯事。ストレスの中心は常に彼女だった。
でも一番許せないのは
「【私が彼のこと好きだって知っていながら私からうばったこと。】っすよね。」
後ろからした声にハッとして振り向く。
「
細身だが背の高い優男が両手を広げながら笑顔で話しかけてくる。
(こいつ・・・いま私の名前・・・・ていうか私の心の声を?・・・もしかして能力者??心の声を読めるとか?まずいかも!)
「あの・・どちらさまでしょう?」
「おや?おやおや?心当たりないっすか?【いまもまだ達成感でいっぱいでしょう?】」
男が軽く首をかしげて問いかけてくる。
多岐川の全身に緊張が走った。
(やっぱり!こいつは知ってる、今日のことを!)
「あ、顔つき変わったっすね。自分はこういうものっす。そのバックの中身、確認させてもらっていいっすか?」
男が警察手帳を取り出しながら言った。
(警察・・!)
理解した瞬間に駅に向かって走っていた。
もう駅はすぐそこ。念のため表の大通りを選択して正解だった。
このまま人混みに紛れて駅まで逃げよう。
駅ビル内で巻いてから用心してもう1つ先の駅まで移動しよう。
いろいろなことが頭中を駆け巡せながら多岐川は駅まで全力で走った。
警察官は人混みを無理にかき分けては来ず、徐々に距離を話すことに成功した。
(よし!)
一瞬の安堵ののち、すぐに駅の違和感に気づいた。人がいないのだ。駅のすぐそばには繁華街、まだまだ飲み歩く客でごった返してるはずの駅に人が見当たらない。
(なんで?・・・いや、だれかいる!)
大柄の男性が1人で仁王立ちしている。あれも警官だろうか。
それだけじゃない。周りも数名の男性が囲いを作っている。
「なんだ?もう逃げねぇの?まあオレから逃げることは無理だと思うけどな!」
大柄な男が何か言ってくる。と、すぐ後ろの気配に気づいて振り向きざまにバックを叩きつけた。
「おおっと!危ないっすね。」男にバックをしっかりキャッチされた。
「じゃあ中身、確認させてもらうっすねー」
男がバックを持ち直し、目の前でバックを開けようとした。
「やめて!!!」握ったままのバックに【能力】を使った。周りに隠してきた能力。
親にさえ話していない【私の能力】。
バッグは一瞬で破裂した。その衝撃波は凄まじい威力であったが優男はいつの間にか後ろに避けていた。
「よけられた!?」
「当たり前っす。あなたの行動パターンなんて【手に取るようにわかる】っす。」
「あ、ついでに【能力】確認っす!ミカさーん!」
「おうよ!俺からもはっきり見えたぜ。バッグの破裂の仕方、被害者の腹と同じような感じだったな!内側から破裂してやがる。」
大柄の男がわずかに残ったバックの残骸に視線を向けながら言う。
「さっきの動きから【能力】の発動には手を直接触れる必要があるみたいだな。つまり触れさえしなければ問題ねえ。」
「この・・やろう!」
正直図星だ。この【炸裂】の能力は触れたものを破裂させる【能力】だ。
対象物を掌で触れる必要があるし、触れてから爆発までわずかにタイムラグがあるのが難点だ。
大男がこちらに向き直った。銃でも引き抜くのかと思ったら男が大声で叫んだ。
「パレードだ!多岐川愛実!!お前に拒否権はねぇ!!」
「パレードっすか・・」
そう一言つぶやくのが聞こえたあと、優男を含めた周りの捜査官たちが引き始める。
人の輪がだんだんと大きくなっていく。
〈パレードを承認。捜査官
街中の監視カメラからシステムアナウンスが流れる。
次の瞬間、
「なによ・・・これ・・・・。」
多岐川は理解できずにいた。自分たちを囲っているリング状の液体が天高く上昇したと思ったら、あっという間に広がりドーム状の囲いの中に閉じ込められてしまった。
「パレードは初めてか。ま、前科なし、能力も隠して生きてきたらしいから当然か。」
男が話しかけてきた。
「こいつは能力者同士の決闘のリングさ。パレードはその発動コード。発動権限は私人には与えられないが、これは公務だからな。一応。」
「説明完了。さ、おっぱじめようぜ!殺人鬼さんよぉ!」
男が肩を回しながらゆっくり歩いてくる。
(能力者同士って・・、つまりこの男も何かの能力者・・・)
「だったら!!」
多岐川はポケットに入れていたビー玉を掌いっぱいに握りしめ、男に向かって投げた。
「それはもうただのビー玉じゃない!手榴弾よ!」
前に一度だけビー玉を高架下の河原で投げてみた。ビー玉は砕け、衝撃波と共に飛び散った破片は土を抉り、コンクリートにわずかだが穴を開けた。高い殺傷能力を確認して攻撃手段としても目くらましとしても使えると思い護身用としてポケットにいつも忍ばせていた。
もちろん、人に当たれば無傷では済まないとも分かっている・・・。
こうして投げられたビー玉は衝撃波と共に砕け、
破片は散弾銃のように男を襲う――――――はずだった。
「そんな・・」
破片は男に当たる数センチ手前で止まり、落下した。
「お前やっぱバカだろ。自分で手榴弾とか言うか?普通。」
「何、いまの。」
「話すわけねぇだろ!ぼけ!」
男がスピードを上げてズンズンと距離を詰めてくる。
多岐川は後ずさりながらビー玉を投げ続けた。ビー玉が無くなればポケットに入っているものを片っ端から投げ続けた。
しかしすべて男には届かず手前で止まってしまう。
おそらく、男の能力は壁や鎧を生み出す能力なのかもしれない。だったらもう直接触れるしかない。
そう思い後退をやめて足を前に出そうとした時だった。
「しゃらくせぇ!!!」
男が拳を繰り出した。ただそれだけにも関わらず、そこに巨大な空気の塊が生まれ、多岐川が投げたものを巻き上げながら彼女に襲い掛かった。
「ひっ」
横に飛び退きなんとか避ける。振り返ると空気の塊がアスファルトを抉り、ドームの壁を突き破り、建物をなぎ倒し、何もかもを吹き飛ばしていった。
「レベルがちがう・・・」
ドームの穴が塞がっていく様をただ茫然と眺めるしかなかった。
こんなものどうやって勝つのか。
「もうにげねぇのか?」
頭上から声が降りかかる。見上げるとそこに大男が立っていた。
「じゃあおしまいだな!」
その言葉を最後に私の記憶は途切れた。
〈パレード決着を確認。リングを解除します。〉
システムアナウンスと共にドームが解放される。
天目が被疑者、多岐川愛実を拘束して出てきた。
「ミカさん、おつかれっす。」
「だからミカって呼ぶなっつの!」
「あー、特対の。天目巡査長、井出巡査。」
捜査官の1人から声を掛けられる。
「あんたらインカム切ってるでしょ。お二人に東江(あがりえ)係長から連絡ですよ。パレード発動理由と、たったいま発生した建物倒壊に関して聞きたいことがあるらしいそうで。」
呆れた様子で捜査官は無線を天目へと渡す。
「すげぇっす。敬語なのに全然敬意感じなかったっす。」
「まあ、そういうなって。一緒に言い訳考えてくれよ。」
「ひっ!自分は関係ないっすよ!パレード使ったのもビル吹き飛ばしたのもミカさんっすよぉー!?」
「つれねぇこというんじゃねぇよー。係長殿は俺とお前に御用だそうだ。いいじゃねえか、どうせ監視カメラで全部バレてんだからよ。」
井出はがっくりと肩を落とした。
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