第36話 三日目の放課後

 そういうわけで二人は学校の近くのボロい漫画喫茶にやってきた。


 2階が寂れた卓球場になっているのだ。


「てかさ、そもそも滝沢、卓球出来るわけ?」


 準備運動をしながら青葉が聞く。


 着替えるのも面倒なのでお互いに制服である。


「中学の頃に体育の授業で習った程度だが、クラスでは三番の実力だったぞ」

「微妙じゃん」

「いや三番はすごいだろ」

「あたしは中学の頃卓球部だったし?」


 準備運動を終えた青葉がラケットを構える。


「だからどうした。どうせ万年補欠だろ」

「三番手だから!?」


 ムラムラでイラついているせいか、お互いに好戦的だ。


 オレンジ色のピンポン玉を高く放り、青葉がペンラケットを振る。


 元卓球部は伊達ではないのだろう。


 パコン! と小気味いい音と共に鋭いサーブが遊馬のコートに突き刺さる。


「――フッ!」


 小さくを息を吐くと、遊馬は相棒のムラムラをシェイクハンドラケットに乗せて叩きつけた。


 スコーン!


 全力のスマッシュが見事に決まり、跳ね返ったボールが青葉の頬を掠めた。


「俺のクラスには卓球部のベストファイブが揃ってたぞ。つまり、実質俺は三番手だ」

「どんなクラスよ!?」

「まぁ、今思うと謎だが。そういう事もあるだろう」


 ともあれ、先制点は遊馬が取った。


「ふむ。これはいいな。スカッとした。ムラムラの発散にはうってつけだ」


 遊馬の口元がニヤリと笑う。


 スマッシュが決まった瞬間、ずっしり重くなった玉が少し軽くなった気がした。


 身体を動かす心地よさもそうだが、相手は憎い恋敵である。


 青葉の事は嫌いではないが、嫉妬や不満がまったくないわけではない。


 そんな相手を卓球でやっつけるのはシンプルに気持ちがいい。


「……言っとくけど、今のは全然本気じゃないから。手加減してやっただけだし」

「どこかで聞いたセリフだな。あぁそうだ。俺に負けた四番手の奴が言ってたか」

「調子のんなし!」


 ピンポン玉を拾い上げると、続けて青葉がサーブを放つ。


 審判もいなければ点数も数えていない。


 ルールなんか適当だ。


 勝敗なんか雰囲気で分かる。


 今は明らかに遊馬が勝っている。


 ガニマタになった青葉が思い切り腰を捻り、コートすれすれでピンポン玉を打つ。


 先ほどと同じ超低空サーブだ。


 遊馬は難なく見切ってラケットを振りかぶる。


「――フッ!」


 決まったと思った瞬間、ピンポン玉が予想外の方向に跳ねて空振りする。


 悔しさと共に、先ほど発散したはずの煩悩が玉に戻ってきた気がする。


「ダッサ」

「帰宅部相手に変化球とか大人げないぞ!」

「卓球台の前に立ったら卓球部も帰宅部もないから。あるのは勝者と敗者だけ。もちろんあたしが勝者で滝沢が敗者だけど。本当、いいムラムラの発散になりそう」


 これ見よがしにニタニタしながら青葉がラケットを弄ぶ。


「そのセリフ、そっくりそのまま返してやる!」


 スコン!


「タァ!」


 パコン!


「ハァッ!」


 スコン!


「早漏野郎!」


 パコン!


「お漏らし寝取り女!」


 スコン!


「あんたみたいな男のどこがいいのよ!」


 パコン!


「お前みたいな女のなにがいいんだ!」


 遊馬が点を決めれば青葉が取返し、青葉が煽れば遊馬が煽り返す。


 日頃の鬱憤をラケットに込め、恨み言と共に打ち返す。


 奇妙な偶然か、はたまたお互いに絶対に負けたくないという意地のせいか、実力は完全に拮抗していた。


 勝負は白熱して汗はダラダラ、二人の動きもどんどん激しくなっていく。


「おい伏見!」


 スコン!


「なによ!」


 パコン!


「すごいぞ!」


 スコン!


「なにがよ!?」


 パコン!


「汗でブラが透けてるのに全然興奮しない!」


 スコン!


「喧嘩売ってんの!?」


 パコン!


「卓球の効果が出てるって事だ! パンツも見えまくってるのに相棒がピクリともしない! 最高だ!」


 スコン!


「あんただって汗で乳首透けてるからね!?」


 パコン!


「だからどうした!」


 スコン!


「男のくせにピンク色の可愛い乳首してんじゃないっての!?」


 パコン!


「雫のお気に入りの乳首だからな! 息が上がってるぞ! もう限界か!」


 スコン!


「なわけ、ぜぇ、ないでしょう!」


 パコン!


「キレが落ちてきたな! この勝負、俺が貰った!」


 実力は同じだが体力は男の遊馬に分があった。


 遊馬もかなり息が切れていたが、青葉はそれ以上だ。


 ぜぇはぁと喘ぎながら肩で息をしている。


 この辺が潮時だろう。


 甘い返球に合わせて必殺スマッシュを振りかぶる――


「――負けてたまるかあああ!」


 追い込まれた青葉がベロンと制服の上着をめくって真っ白い腹と水色のブラを露わにした。


「ぬぁっ!?」


 流石の相棒もビクン!? と反応し、手元が狂って空振りした。


「おい伏見! 今のは卑怯だろ!?」

「っさい! ぜぇ、はぁ……勝てばいいのよ勝てば!」

「だからってやっていい事と悪いことがあるだろうが!?」

「なに? あたしの身体で興奮した事がそんなに悔しい? ざまぁみろっての!」

「この恥知らずめ! 相棒が大人しくなったら、今度こそ完膚なきまでにやっつけてやる!」

「こっちこそ……ぜぇ、ぜぇ……ちょっと休んだら、滝沢なんかに負けないっての!」


 そういうわけで一時休戦。


 その後も休憩を挟みつつ、閉店時間まで不毛な勝負を続ける二人だった。

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