第33話 二日目の朝

「滝沢、ちょっといい?」


 翌朝、ホームルーム前の空き時間に青葉が話しかけてきた。


 眠そうな目は充血して明らかに寝不足だと分かる。


 雰囲気から、雫の話をしたいからひと気のない場所に行こうと誘われているのだと察する。


「悪いが、今はまずい」


 座ったまま答える遊馬を青葉が不審そうに見返す。


「大事な話なんだけど」

「雫の事だろ? 分かってるが、今はちょっと動けないんだ」

「……まさかあんた」


 青葉の視線が遊馬の股間に向く。


 机で隠れているから見えはしないが、事情は察してくれたらしい。


「ジロジロ見るな。バレたら困る」

「ご、ごめん」

「勘違いするなよ。昨日から雫が可愛い猫のドスケベ画像を送って来るんだ。さっきも朝の挨拶ついでに送ってきて、うっかり見ちまった。おかげでこのざまだ」

「こっちもそう。おかげで寝不足。それで相談しようと思ったんだけど……」

「どうやら、ダイエット禁欲しないといけないのは俺達の方みたいだな」


 遊馬が苦笑いを浮かべる。


 一週間の禁欲ぐらい楽勝だと思っていたが、既に遊馬は考えを改めていた。


 チントレなんて格好つけたところで所詮は一人チョメチョメだ。


 遊馬の相棒は毎晩命の雫を吐き出す事が日課になっている。


 一晩サボっただけでも違和感があって落ち着かない。


 腹の中に二日分の弾丸が溜まってずっしり重いような気がしてしまう。


 相棒も「今日の射撃訓練はまだか?」と不満そうだ。


 昨日の夜から気持ちがチントレモードから戻り切らないような感じで悶々としている。


 つまりムラついているのだ。


 そこに雫からのエッチなサービス画像だ。


 挑発的な表情で見えない相棒を咥えたり、下腹部がギリギリ見えないくらいパジャマをずり下げたり、かと思えば下だけ脱いで後ろ向きでぷりんとお尻を突き出してみたり、バリエーション豊富なエチチ画像を送りつけてくる。


 見なければいい話なのだが、見たくないわけではない。


 むしろ見たい。


 めっちゃ見たい。


 だって大好きな彼女のエチチ画像だ。


 無視したらその間に消されてしまうかもしれない。


 そんな勿体ない事は出来ない。


 だからつい見てしまってムラついてしまう。


 困った話だ。


「笑い事じゃないってば」


 呆れた顔で青葉が席に戻り、携帯を取り出す。


 続きはラインという事らしい。


『雫の奴、あたし達にルールを破らせてエッチなお願いを聞かせる気だよ』

『だろうな。一つ疑問なんだが、この場合ルールを破った回数分お願いを聞かないいけないのか?』

『じゃない? そうじゃないと成立しないし。ていうか、雫はそのつもりみたいだし』

『そっちはどうだ? 頑張れそうか?』

『余裕だと思ってたけど正直自信ない。今だってめっちゃムラムラして辛いし』

『俺もそうだが。伏見はまだマシだろ。見た目には分からないんだから』


 自嘲気味に打ち込む。


 遊馬の場合、ムラムラだけが問題ではない。


 相棒がスタンバイしたらズボンがもっこりして物凄く目立つ。


 周りにバレたら社会的ダメージだ。


『はぁ? あたしだってパンツ濡れて困ってるんだけど? 体育の時とか見られたら死ねるし』


 なにを張り合っているのか。


 視線を感じて顔をあげると青葉が怖い顔で睨んでいた。


『やめてくれ。折角収まりかけていた相棒が起きちまった』

『キモ。あたしは滝沢と付き合ってるわけじゃないんだけど』

『俺だって伏見なんかで勃ちたくない。不本意だが、男の本能だ』

『なんかってなに? あたしも一応女なんだけど』


 顔をあげるともっと怖い顔で睨んでいる。


 遊馬は深々と溜息をついた。


『悪かった。お互いにムラムラしてイラついてるんだ。俺達が喧嘩しても仕方ないだろ』


 青葉程攻撃的ではないが、雫が欲求不満を抱えていた頃はこんな風に食って掛かられる事があった。


 だから遊馬も冷静に対処できた。


 伏見も一応女だ。


 伏見なんかと言われたら気を悪くしても仕方がない。


 と、そんな風に思える程度の度量は持ち合わせている。


 まぁ、それもある程度の話だが。


『……ごめん。あたしもムラムラしてイラついてた』

『気にするな。ムラムラの八つ当たりは雫で慣れてる』

『ムカつくから惚気ないでくれる?』

『面倒くさい奴だな』

『どうせあたしは面倒なヒステリーの変態寝取り女ですよ』

『おまけにスパンキングで絶頂するドMだしな』

『黙れ潮吹き男』

『お前だって潮吹き女だろうが』

『女子は男子より尿道が短いから噴きやすいの!』

『雫の話だとお漏らし癖がついてペットシーツの片づけが大変らしいじゃないか』


「キュゥッ」


 悲鳴を無理飲み込んだような声が響き、青葉に視線が集まる。


「ご、ゴホゴホ、か、風邪かな~……」


 真っ赤になった青葉が涙目で誤魔化した。


『まさか今ので感じたのか?』

『なわけないでしょ!? 滝沢が変な事言うからびっくりしただけ! 勘違いしないで!』

『ほう』

『お願いだからいじめないで! パンツがぐしょぐしょになっちゃうから!?』

『不毛な争いはやめよう。俺もこのままだとホームルームで立ち上がれなくなる』

『相棒は勃ってるけどね』

『だれうま』

『とにかくこのままじゃヤバいから。滝沢もなにか対策考えて』

『努力はする』


 なにかと言われてもなにも思いつかないが。


 とりあえず遊馬はそう返しておいた。

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