第27話 ただそれだけの話

「実は私、今月金欠で」

「……じゃあ、いつもみたいに雫の家でいいだろ」


 そんな事を言うのはがっついてるみたいでものすごく恥ずかしかった。


 というか、実際がっついていた。


 だって遊馬はずっと前から今日ホテルに行くのを楽しみにしていた。


 口には出さないが、雫もそのつもりなんだと思っていた。


 だから一日中、誘うような悪戯をしてきたのだと思っていた。


 勘違いだったのがショックだった。


 なんだか裏切られた気分だった。


 ものすごく腹が立って、どうしても雫とホテルに行きたくなった。


 そんなの格好悪いし情けないと思うのに、火のついた身体はどうしようもなく雫を求めていた。


「今日は親がいるから……」

「……じゃあ、今日は俺が出すよ」

「……そんなの悪いよ」

「いいよ。俺が行きたいんだから」

「でも……」


 性欲オバケの雫が断るなんて信じられなかった。


 もしかして、俺の事を嫌いになったんじゃ?


 不安になり、ますます雫と寝たくなった。


 二人で身体を重ねて、雫の愛が離れていないか確認したい。


「……どうしても、無理かな……」


 格好悪いと思いつつ、遊馬は粘った。


 こんなの本当に格好悪い。


 そして怖くなった。


 こんなにムラムラするのは生まれて初めてだ。


 したくてしたくてたまらなくて、我慢なんか出来そうにない。


 心と体と相棒が満場一致で雫を求めている。


「……じゃあ、今回だけ貸してもらおうかな……」


 雫が折れた時は心からホッとした。


 ホテルは既に決めていた。


 最初は青葉が入ったあのホテルにしようと思った。


 でも、紅葉と話したら気が変わって、コスプレ衣装が沢山ある所にしようと思った。


 自分の着せられた恥ずかしい衣装を雫に着せて、紅葉にさせられた恥ずかしい恰好をして貰いたいと思っていた。


 調べたら、そういうホテルもあるのだそうだ。


 でも今は、また気が変わっていた。


 やっぱり今日は、雫が青葉と一緒に入ったホテルがいい。


「遊馬君? 歩くの、早いよ……」

「ごめん……でも、もう我慢できない……」


 いつものように雫を労わる事が出来なかった。


 例のホテルに来ると、雫はなにか言いたげな雰囲気を出した。


 でも、何も言わなかった。


 生まれて初めてのホテルだった。


 フロントでもたついていると、雫が仕組みを教えてくれた。


「……この部屋だよ」


 なにがとは言わなかった。


 どういうつもりでそう言ったのかもわからない。


 とにかく遊馬はその部屋を選んだ。


 エレベーターに乗り込んだ途端、遊馬は雫に襲い掛かりそうになった。


「まだ駄目」

「でもっ!」

「駄目」


 気まずい時間の中、エレベーターがやけに遅く感じられた。


 部屋までが、無限の距離に思えた。


 転がり込むように部屋に入ると、遊馬は今度こそ雫に襲い掛かろうとした。


 けれど、先手を取ったのは雫だった。


 振り向きざまに唇を奪われ、そのまま二人で絡み合う。


 長いキスが終わると、雫は言った。


「ごめんね遊馬君。バイトの事、青葉ちゃんから聞いて知ってたの。それで嫉妬して、意地悪しちゃった」


 その口を今度は遊馬が塞いだ。


「俺の方こそ秘密にしててごめん! でも――」


 雫が唇を奪い返して、遊馬をベッドに押し倒した。


 さっきまで清楚ぶっていた顔が、怖くなるくらい欲情していた。


 犯されると思った。


 怖いのに、そうなる事を望んでいる自分がいた。


 でも、ここで主導権を渡したら負けだ。


「もう我慢できない」

「こっちのセリフだ!」


 貪るように求めあい、二連続でチョメチョメした。


 スッキリして、雫に腕枕をしながらバイトの事を話し合った。


「なにそれズルい。私も遊馬君のコスプレ見たい!」

「そこなのか?」

「だってそうだもん」

「……嫌じゃないのか?」

「ちょっとは嫌だけど、私は言う資格ないし」

「……それは違うだろ」

「そうかもしれないけど、言えないもん。それに、別にそんなに嫌じゃないし。そんな事言ったら、遊馬君が私以外の女の子と話すのだって全部いやだもん」

「それは初耳なんだが」

「言わないだけで、結構嫉妬してるんだよ?」

「言えばいいのに」

「遊馬君こそ」

「そうだけど……」


 お互いに、恥ずかしがり屋のカップルらしい。


 それでふと遊馬は思った。


「伏見にもか?」

「当たり前でしょ? むしろ一番嫉妬してるんだから。私抜きでいっつも二人でこそこそしてるんだから」


 おかしくて、遊馬は笑ってしまった。


 二股してる相手に嫉妬してるんじゃ世話がない。


「自分でも変だって思うけど、嫉妬しちゃうんだもん……」

「まぁ、しちゃうもんはしょうがないよな」


 なんだか無性に嬉しかった。


 雫の手が遊馬の相棒を撫でる。


「元気になった?」

「お待たせしまた」


 お道化るように言うと、今度は雫が笑った。


「……ごめんな。いつもすぐいっちゃって」

「いいってば。それに、復活するのは早いもん」

「そうか?」

「そうだよ。他の子の彼氏の話だと、そんなに何度も復活しないんだって」

「マジかよ」


 遊馬はちょっと自信が出てきた。


 一度に出来るのは二回程度だが、一時間程休めばまた出来るようになる。


 遊馬はそれが普通だと思っていたが。


 早漏な分、数だけは人よりも出来るらしい。


「ねぇ遊馬君。今度は私の好きにしていい?」

「え~」

「いいでしょ? 意地悪しちゃったお詫び。どうせ沢山出来るんだし。その次は遊馬君が好きにしていいから」

「いいけど……噴かせるのはなしだぞ。恥ずかしいんだから!」

「え~! 可愛いのに!」


 結局その日は一泊して、朝までめちゃくちゃチョメチョメした。

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