第25話 まるでママ活

「なるほどぉ。思ってた以上に全然ドロドロしてないんですね。むしろ、理想的な二股関係と言うか。エロ漫画だったら間違いなく3Pパターンですけど。こういう展開も面白いかもしれないですね……。あ、面白いとか言っちゃってごめんなさい!?」

「いえ、他人事なら笑っちゃうくらいおかしな話だと思いますので。逆に質問なんですけど、二条先生的にはどうなんでしょうか? 妹さんの事とか、俺達の事とか、客観的に見てどう思うのかなと」


 真面目な気配を受けて、紅葉が猫背を伸ばした。


「エロ漫画家として、というわけじゃないですよね?」

「そうですね。普通の女の人としての意見を聞きたいと言うか」

「う~。あいにくこの通り、私は全然普通ではないんですけど……。とりあえず、そうですね。青葉ちゃんは可愛い妹ですし、最終的にみんな幸せになってくれればいいな~と。いわゆる、ハーレムエンド的な?」

「……はぁ」


 結局エロ漫画家の視点な気もするが。


「おかしいとは思いませんか?」

「青葉ちゃんの事ですか?」

「全部含めてです」

「ん~」


 紅葉が丸い頬に人差し指を突き刺して天井を見上げる。


 つられて上を見ても、答えが書いてあるわけではなかったが。


「一般論で言えば、普通におかしいですよね。青葉ちゃんは彼氏持ちで同性の女の子を誘惑した悪い子ですから。それを許しちゃう遊馬君もおかしいですし、二股しちゃう彼女さんもどうかしてると思います。もう、頭からお尻まで間違いだらけです」

「……ですよね」


 改めて言われると心に来るものがある。


 遊馬としては、こうなってしまったものは仕方ないと諦めのような心地だ。


 けれど、否定しようと思えばできない事もない。


 気にしない振りをしていても、心は天秤のように揺れている。


 はたして、これは本当に正しい事なのか。


 こんな事が雫の為になるのか。


 俺はこれでいいのか。


 青葉を恨んだっていいんじゃないか?


 雫だって嫌いになるべきかもしれない。


 ……でも、雫の事はやっぱり好きだし、なんだかんだ青葉も憎めない奴なのだ。


 好きと嫌い、愛と嫉妬、常識と非常識、倫理と本能がせめぎ合っている。


「でも、私は別にいいと思います。それでみんな幸せなら、それでいいんじゃないかと。幸せって人それぞれじゃないですか」

「……例えそれが、間違った方法であってもですか?」


 意地悪な質問だと思った。


 問われるべきは自分であって、紅葉ではない。


「そうですね」


 紅葉はあっさり即答した。


「私が青葉ちゃんのお姉ちゃんという贔屓抜きでも、そう思います。と言うか、別に間違った方法だとも思いません」

「浮気相手と彼女を共有してるのにですか?」

「なにがおかしいんですか?」

「なにがって、おかしいじゃないですか」

「まぁそうですけど。それで逮捕されるわけじゃないですし、当人がそれでいいなら問題ないじゃないですか。大事なのは自分達の幸せですよ。文句を言う人がいたとして、代わりにあなた達を幸せにしてくれるんですかっていう話です。私はこの通り、高校も出てないですし、引き籠りだし、全然普通じゃない人生ですけど、普通に生きてた頃よりはずっと幸せです。私は生まれつき、異常な人間なんです。でも、それが私の普通です。だから私は普通の方法じゃ幸せになれません。たまたま運よく普通に生まれただけの人達が上から目線でお説教してくる事もありますけど、そんな奴らはまとめてエロ漫画の登場人物にしてブチ犯してやりますよ」


 真面目な顔でそんな事を言われて、遊馬は笑ってしまった。


「なるほど。そいつはいい」


 †


 途中人生相談なんかが入りつつ、インタビューは一時間程で終了した。


 お互いに話し足りない雰囲気だったが、そろそろ帰る時間だ。


「それでは、本日のおバイト代なんですが……」


 申し訳なさそうに、紅葉が裸のまま扇のように重なった一万円を差し出してきた。


「いや、こんなには頂けませんよ!?」


 三万でも多すぎると思っていたのに、紅葉は十万も出して来た。


「で、でも、現役男子高校生を女装させてエッチな画像を撮りまくったわけですし。訴えられたら負けな気もするので、口止め料も込みという事で……」

「青葉のお姉さんですよ!? 訴えたりなんかしませんよ!? 俺の方も相談にのって貰いましたし、本当に、こんなに沢山はダメですって!? 三時間で十万も貰ったらバチが当たりますよ!?」

「遊馬君は本当に真面目な子なんですね。遠慮する事ないですよ。こう見えて、お姉さんは結構稼いでいるので。普段だって推しのVチューバーが寝坊しただけでポンポン赤スパ投げてるような女なんです。っていうか年下の初心な男の子を経済力でぶん殴るのはシンプルに気持ちがいいので」


 でへでへと鼻息を荒げながら言ってくる。


「だったら余計に貰えませんよ! さ、三万で勘弁してください!」


 遊馬の良心が耐えられるギリギリの限度額だ。


 それ以上はやましすぎてどうにかなってしまう。


 嫌がる遊馬を見て、紅葉の顔が意地悪に歪んだ。


「ダメです。報酬は十万円。受け取るか受け取らないか、二つに一つです」

「そ、そんなぁ……」


 別にバイト代が多くて困る事はないはずなのだが。


 額が増える程、なにか大事な物を失ってしまう気がした。


「はぁん。その顔、可愛すぎです」


 カシャシャシャシャ。


 興奮した紅葉が写真を撮る。


「多い分は妹が迷惑をかけたお詫びという事で。それでも駄目なら、またおバイトをしに来て下さい。他にも聞きたい事がありますし、着せたい衣装がありますので。そうやって稼いだ汚いお金で、悪い彼女さんをたっぷり甘やかしてあげてください」

「二条先生!? 言い方!?」

「うぷぷ、冗談ですよ? でも、妹の事は本当です。こんなでも一応お姉ちゃんなので。人様の彼女に手を出したいけない妹ですけど、根は不器用なムッツリスケベなので、この十万円は賄賂だと思って嫌わないであげてください」

「そんなの貰わなくても嫌ったりしませんよ……」

「そうでしょうけど、お金を貰ったら余計にそう思いませんか? 特に真面目な遊馬君は」


 意地悪な笑みを浮かべる紅葉を見て、遊馬は肩をすくめた。


「……ズルい大人ですね」

「全くです。遊馬君はこんな大人になっちゃだめですよ?」

「なろうと思ったってなれませんよ」


 ため息交じりに答える。


 毒を食らわばなんとやらだ。


 そんな心地で、遊馬は身に余る大金を受け取った。


 いざとなれば、青葉を誘って三人で遊園地でも行こうかなんて思いつつ。

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