第20話 密会の代償

「……買いすぎた」


 ずっしり重くなったカバンを手に、遊馬はがっくりうなだれた。


 アダルトグッズの相場なんかわからない。

 他にも一つ用事があったので、財布には結構多めに入れていた。

 それが今はすっからかんだ。


「当たり前じゃん! 向こうは商売なんだよ! あたしは必死に止めてたのに、エロいギャルの店員さんに夢中で気づかないんだから! しっかりしてよ!」

「それは違う! 確かにあの店員はエロかったけど、夢中になんてなってない! 売り込みが上手かったから買っちゃっただけだ!」

「……本当に?」

「本当だ! 俺は雫一筋だ!」


 ジト目で見つめられても遊馬は動じない。

 胸を張って断言できる。

 青葉にもそれは伝わったらしい。


「……じゃあ信じるけど。で、どうすんの? せっかくの休みに人を呼び出しといて、お礼もなしに解散?」

「……すまん。本当は帰りにカフェでも奢ろうと思ってたんだが……金がない。この礼は別の機会にしてくれないか?」


 それがもう一つの用事だった。


 別に遊馬は青葉と付き合っているわけじゃない。向こうだって遊馬は恋敵と思っているだろう。そこを頼み込んで付き合ってもらったのだ。お礼の一つもするのが礼儀だ。


 一方の青葉は心底呆れた様子だった。

 うんざりとため息をつき、言ってくる。


「本当、滝沢ってバカだよね」

「……面目ない」

「そうじゃないって! 別に、あたしにお礼をする義理なんかないって話!」

「なんでだよ。わざわざ付き合ってくれただろ?」

「だって……。一応あたしは二人の間に割り込んだ間女だし。あたしが最低な事しても、滝沢は一度も怒んなかったじゃん。カモられたのだって、あたしがガイドを放棄したからだし……」


 申し訳なさそうに青葉が俯く。

 どうやら青葉なりに色々気にしているらしい。


「雫との事はもう済んだ話だろ。二人で話し合ってそうするのが一番だと思って決めたんだ。気にするなよ。店での事だって、伏見が色々教えてくれたのに、俺がわがまま言ったのが悪いんだ」

「そういうとこ! もう、どんだけお人好し!? そんなんじゃ悪い奴に騙されちゃうよ!?」


 なにが気に入らないのか、青葉はご立腹の様子だ。


「別にお人好しなんかじゃないと思うが……」

「天然だから救いなしだし! とにかく、お礼をしなきゃいけないのはあたしの方なの! っていうかお詫び? カフェ代はあたしが持つから、奢らせてよ」

「いいよそんな」

「あたしが良くないの!? ほら、さっさと店選んで!」

「そんな事言われても、別にカフェとか興味ないし……」

「じゃあなんでカフェとか言ったの!?」

「女子は好きだろ? そういうの」

「うーーーーーー!」


 じれったそうに青葉が地団駄を踏む。


「よくわからんから伏見が店を決めてくれ」

「それじゃお詫びにならないでしょ!?」

「いつも雫の事で相談に乗ってくれてるだろ? それで十分お詫びになってる。それでも気が済まないって言うんなら、カフェで道具の使い方でも教えてくれればいい」

「カフェでするような話じゃないって……」

「まぁそうだが。それなら普通に話せばいいだろ? 同じ女を好きになった間柄だ。これからも頼りにさせて貰う。たまにはシモの話抜きってのも悪くないんじゃないか?」

「……まぁ、滝沢がそれでいいならあたしはいいけど」


 そういうわけで、青葉の案内で洒落たカフェに入った。


「可愛い店だな。雫が好きそうだ」

「……いつか雫と来たいと思って調べといたの。あれだったら、滝沢が使ってもいいけど」


 まだ納得していないようで、ふてくされたような顔で青葉が言う。


「それはズルだろ」

「……ズルの話をしたらあたしが一番ズルじゃん」

「しつこいぞ。それを言い出したら俺だって伏見を利用しているし、二股してる雫だってズルって事になるだろ」

「雫は悪くないじゃん! 性欲強いのは病気みたいなもんだし。あたしを傷つけないように同情してあんな事してくれたんだから……」


 同情なんかではないと思うが、遊馬もそこまでフォローする義理はない。


「ならいいだろ。俺たちはみんなズルい。人には言えない恥ずかしい間柄だ」

「そうだけどさぁ……」

「納得できないなら三人でくればいいだろ」

「そんなのあり?」

「いいんじゃないか? 二人で雫を取り合ってるんだ。チョメチョメの時間だって必要だし、その方が効率的だろ」


 ニヤリとして遊馬は言った。

 半分本気、半分冗談、皮肉も交じっているかもしれない。


 言われて、青葉も自虐的な笑みを浮かべた。


「確かに。二人で雫とチョメチョメしてたら、デートの時間なんかあんまりないかもね」

「だろ?」


 どちらともなく笑い合うと、奇妙な関係の気まずさが和らいだ気がした。


 しばらく雫の話題で盛り上がると、だしぬけに青葉が言った。


「てかさ、これって浮気に入らない?」

「俺達が?」

「だって、一応男と女だし。雫にも内緒じゃん。人によっては十分浮気に入ると思うけど」


 そういう言われると確かにそうだ。

 とはいえ青葉も冗談交じりで、本気で心配しているようではなさそうだが。


 それこそ他愛ない雑談の一つである。

 だから遊馬はこう答えた。


「平気だろ。あいつだって浮気したんだ。文句なんか言えないさ」


 悪戯っぽく片目を瞑ると、青葉も共犯者の笑みで返した。


「そりゃそうだ」


 †


 青葉と別れると、遊馬は雫の家を訪ねていた。

 用事を済ませた後、チョメチョメしようと約束していた。


「なぁ雫。実は今日は、拘束プレイって奴を試してみたいんだが」


 手錠を取り出すと、ドキドキしながら遊馬は言った。


 他にもカバンにはいろんな道具が詰まっている。

 それらを使って、今日こそ雫に一矢報いてやる。


 案の定、雫は乗り気だった。


「本当! そういうの、やってみたいと思ってたの! 変態だって思われたくなくて言えなかったから、遊馬君から言ってくれて嬉しいな……」


 魅惑のボディーをぺったりくっつけ、甘えた声で言うのである。

 大きな瞳はハート形で、少し汗ばんだ肌からは魔性の色香がムンムン匂い立っている。


 それだけで、遊馬の相棒は痛いくらいに張り詰めていた。これが雫の怖いところだ。存在がエロすぎて、雰囲気だけで愛撫されているような気分になる。


「それじゃあ、早速いいか」

「うん。怖いから、自分でつけていい?」

「もちろん」


 言われるがまま、遊馬は手錠を差し出した。


 雫はそれを片手に持ったまま、空いた手で遊馬の胸を撫でた。


「そういえば遊馬君。一つ質問していい?」

「あぁ。なんだ?」

「どうして遊馬君から青葉ちゃんの匂いがするのかな?」

「――ッ!?」


 ゾッとした直後、遊馬は後ろ手に手錠を嵌められた。


「し、雫!? ――うわぁ!?」


 そのままベッドに突き飛ばされる。


 雫は真っ白い桃のようなお尻を見せつけるように振りながら、遊馬のカバンを漁った。


「あれれー。これはなにかなー?」


 その手には、遊馬が購入したバイブや胸用のローターが握られている。


「遊馬君、こういうのって疎いはずなのに。ていうかこれ、買ったばっかりだよね?」

「そ、それは……」

「しかもこの袋、青葉ちゃんがいつも行ってるエッチなお店の袋だよね。どーいう事かなー?」

「ま、待ってくれ雫!? これには事情が――」


 それ以上の言い訳は、雫のキスが許さなかった。


「わかってるよ。私を喜ばせようとして頑張ってくれたんでしょ? でも、二人で内緒でお出かけなんてズルいよ。私だってデートしたいのに。だから、これは没収。罰として、遊馬君には身体でこの道具の使い方を教えてあげます」


 ウィンウィンウィン。

 ブブブブブブブブブ。


 雫の手の中で、ギャル店員のおすすめが唸りを上げた。

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