第15話 トリニティ

「それってつまり、三人で付き合うって事?」

「そういう事になる。と言っても、雫が俺と伏見と付き合うだけで、俺と伏見の関係は今まで通りだ」

「だけって……おかしいでしょ!? 彼氏なんだよ!? 嫌じゃないの!?」

「まったく嫌じゃないと言ったら嘘になる。けど、女と浮気とか言われても正直ピンとこないんだ。そんな事よりも俺は雫を満足させられなくて苦しめている現状が辛い。努力はしてるが、結果が出るのはまだ先だろう。それだって、伏見の協力があればという話だ。でも、雫の事を好きだなんて聞いたら、そんな残酷な事は頼めない。俺はお手上げ、雫も苦しむ。だったらいっそ、伏見と雫の関係を認めた方がいいと思ったんだ。実際、ホテルの事がバレるまで俺達はそれぞれ上手くやってただろ?」

「……それは、そうだけど……」


 青葉は困惑した。なんであたしが説得されてるの? 普通逆でしょ!? でも、倫理を取っ払って考えれば、遊馬の話は理に適っていた。青葉は雫と寝られるし、雫はスッキリして性欲に振り回されずに遊馬と付き合える。遊馬もテクが身につくまでの時間を稼げる。でも、所詮は理屈だ。青葉の心はやっぱ変だって! と思ってしまう。


「……昨日雫は俺に別れ話を持ちかけてきたんだ」

「はぁ!? なんで!?」


 驚いて視線で雫に尋ねる。

 なにがどうなったらそんな事になるのかさっぱり理解不能だ。


「だって私、最低の女の子だから……。青葉ちゃんに誘われた時、少しでも迷っちゃったの。遊馬君に内緒でまたしたいって思っちゃったの。そうすれば、遊馬君を苦しめないで済むのにって。遊馬君は本当に頑張ってくれてるのに、私が変態なせいで自信を失くしちゃって、なのに私は自分のムラムラでイライラして、全然優しくしてあげられなくて……。青葉ちゃんの気持ちにも気づかないで傷つけちゃって、本当最低。遊馬君の彼女でいる資格なんてないって思ったの」


 泣き出しそうな顔で雫は言う。


 待って欲しい。

 なんで怒られに来たら謝られて別れ話になってるんだ?

 頭がどうにかなりそうだ。


「それで、滝沢はどうしたの?」

「受け入れた」

「バカじゃないの!?」


 もう、呆れるのを通り越して怒りが湧いてきた。


 なんなんだこのカップルは!

 お互いに超ラブラブで大好きな癖に、なんでそうなる!?


「……俺は雫を幸せに出来てない。彼氏失格だ。振られたって文句は言えない」

「言えなくないでしょ!? 滝沢は頑張ってるじゃん! 雫が浮気しても許してあげて、超心広いじゃん! 雫だってあたしに無理やり誘惑されただけで、全部滝沢の為にしてた事じゃん!? なんで二人が別れないといけないの!? おかしいでしょ!?」

「……だって、遊馬君の事が好きだから」

「……俺もそうだ。雫が好きだから、苦しめたくない。他に幸せに出来る奴がいるなら、そいつとくっついた方がいい」

「いやないない!? あんたら以上にお似合いのカップルとかいないから!?」

「落ち着いてくれ伏見。そういう話があったというだけで、別に俺達は別れてない」

「そうだよ。遊馬君にそれでいいって言われて、私すごく後悔したの。ズルくても身勝手でもいいから、遊馬君と一緒に居たいって思っちゃったの」

「俺もそうだ。雫を苦しめる事になっても、離れたくないって思っちまった。格好つけた所で、俺も身勝手なズルい人間だ。認めたら途端に気が楽になった」

「……いや、勝手に納得されても困るんだけど」


 青葉としてはなにがなんやらと言った感じである。


「それで二人で仲直りチョメチョメをしたの」


 顔を赤らめ、遊馬にべったり甘えながら雫が言う。


「最高だった。まぁ、毎回最高なんだが。それでやっぱり俺は一人で先にいっちまった」

「でも、今回は新記録だったよ! それに、その後も手とか口で沢山してくれたし。気持ちはすっごく満たされて、私幸せだった」

「でも、物足りなかっただろ?」

「……うん。全然足りなかった。でも悪いのは――」


 言いかけた雫の唇を遊馬が人差し指で押さえた。


「俺達だ。俺と雫、どっちも悪い。けどそれは仕方ない事だ。俺も雫も精一杯努力した。それでも足りない。俺達は、二人だけじゃ完結しないんだ。悔しいけど、それが現実だ」


 そして遊馬は青葉を見つめた。

 思わずドキッとするくらい、真剣な眼差しで。


「足りないピースは伏見なんだ。伏見がいれば、全部丸く収まる。そういう結論に至った。俺はズルい奴だから、自分の不甲斐なさを棚に上げてお前を利用しようと思う」

「私も同じ! 卑しい変態の雌豚だから、遊馬君だけじゃ満足出来なくて、青葉ちゃんとチョメチョメしたい。恥ずかしいけど、自分じゃどうにもならないの。それに私、青葉ちゃんも悲しませたくない! だから、二人がそれを許してくれるなら、私は二人と付き合いたい。本当に最低だと思うけど、それが私の本音」


 遊馬に負けない本気度で雫も見つめてくる。


「……そんな事言われても、わかんないよ……」


 青葉は困惑した。こんな話、誰だって困惑する。


 変態レズの寝取り女の分際でこんな事を言うのはなんだが、この二人はイカレている。


 恐ろしいのは、気付けば青葉も二人の言葉に賛同しつつあることだ。

 けれど、そんな事が許されるのか?


 一人の人間と二人が付き合うなんて。

 そんなの二股じゃん! しかもこっちは女なんだよ!?

 どう考えてもまともじゃない!?


 でも、本音を言えば物凄く惹かれる。

 むしろ願ったりの申し出だ。


 だからこそ、青葉は迷った。


 自分が入る事で、二人の関係を壊してしまうのが嫌だった。

 こんなに優しくされて、青葉は二人の事が好きになってしまった。


 自分のせいで破局になんてなって欲しくない!


 ……でも、雫と寝たい!!!!!!!!


 どうすればいいの!?


「なぁ伏見、難しく考える必要はないと思うんだ」

「青葉ちゃんの本音を聞かせて。青葉ちゃんはどうしたい?」


 二人の悪魔に囁かれ、青葉はそれ以上考える事を放棄した。


 †


 二人を送り出すと、途端に遊馬は複雑な気持ちになった。


 この後雫は満足するまで青葉とチョメチョメするのだろう。


 具体的な絵面は想像できないが、自分には満足させられない雫を青葉が満足させるという事実に、苦い嫉妬と男としての敗北感を覚えていた。


 なのに不思議と、遊馬の遊馬は痛いくらいに猛っていた。


 そうだな。お前も悔しいよな。


 心の中で語り掛けると、遊馬は不満そうにむず痒くなる相棒の頭を撫でた。


 一緒に頑張ろう。俺にはお前が付いている。今はナマクラだが、いつか最強のマスターソードになって雫を満足させてやるんだ。


 雫が青葉と付き合った事で、遊馬は逆に前向きになれた。


 超えなければならないライバルが現れて、ファイトが湧いてきたのだ。


 うかうかしていたら、本気で雫を寝取られるかもしれない。


 そうなっても青葉を恨めない。

 雫だって責められない。

 悪いのは不甲斐ない自分だ。


 だから、そうならないように努力しなければ。


 家に帰ると、遊馬は夕食もそこそこに自室に引き籠った。


 おもむろにパンツを下げ、雫に貰ったドスケベ自撮り欲張りセットを前に相棒を握る。


「打倒伏見だ! 今日もチントレ頑張るぞ、相棒!」

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