第14話 こいつら正気じゃない

「ちょ、わけわかんない!? なんで二人が謝ってんの!?」


 青葉としては、二人にボコボコにシメられてボロクソに怒られる覚悟だったのだ。


「だって青葉ちゃん、私の事が好きだったんでしょ!? それなのに私、青葉ちゃんの気持ちに気づかないで、弄ぶような事しちゃったもん!」

「俺も同じだ! 雫の事が好きなのにあんな事頼むなんて、本当に最低だ! 少し考えれば伏見の気持ちなんて気づけたはずなのに、俺は自分の事しか考えてなかった! 悪かった! この通りだ!」


 ぐりぐりと汚れた床に額を押し付けて二人が謝る。

 冗談じゃない。マジの本気で言ってるらしい。


 青葉は開いた口が塞がらなかった。


 あたしも土下座した方がいいのかな……。

 ちょっと悩むが、こんな汚い床に寝そべるのは絶対に嫌だ。


「わ、わかったから、とにかく起きて! 土下座なんかされても嬉しくないから!」

「わかってる……。けど、それくらい申し訳ないと思ったんだ」

「遊馬君は悪くないよ! 元はといえば全部私がエッチなのが悪いの!」

「そうじゃないだろ! 俺が雫を満足させられてればこうはならなかったんだ。やっぱり悪いのは俺だよ」

「私が――」

「俺が――」

「それはもういいってば!?」


 とにかく青葉は二人をソファーに座らせ、おしぼりで顔を拭かせた。


「ていうか、冷静に考えてよ! 悪いのはどう考えたってあたしでしょ!? あたしは女のくせに雫の事が好きで、下心を隠してエッチな事して、あわよくば滝沢から寝取ろうとしてたんだよ!?」


 そんな事を言う必要はない。

 でも言ってしまった。

 ここで黙ってしまったら、本当のクズになると思った。


 いや、既に十分クズなのだが。


「別に、女子が女子を好きになったっておかしくないだろ」

「そうだよ! 人を好きになるのに性別は関係ないよ!」


 バカップルは真面目な顔で言ってくる。


「それはそうだけど……。でも、彼氏持ちに手を出すのはダメじゃん!?」

「俺は雫に勝手なイメージを押し付けて苦しめてたんだ。文句を言える立場じゃない」

「いや言いなよ!? あたしは滝沢だってした事ないエッチな事しまくってたんだよ? 悔しくないの!?」

「まぁ、悔しくないと言ったら噓になるが……。それで伏見を責めるなら、雫の事も責めないと筋が通らないだろ。俺は雫を責めたくない。それなのに伏見だけ責めるなんてことはしたくない。大体、伏見が雫の相手をしてくれなきゃ、今頃俺は振られてたかもしれないんだ」

「いやだから、そもそもあたしはあんたから雫を寝取ろうとして近づいたんだってば!?」

「でも寝取らなかったろ」


 どこまでも真剣に、遊馬は言う。


「そうだよ! その気になれば、青葉ちゃんは私たちの事別れさせる事だって出来たのに、色々アドバイスしてくれて、ホテルの時だって自分から助けてくれたでしょ?」

「そ、それはだって、雫が悲しむところ見たくなかっただけで……」

「つまり伏見はいい奴って事だ」

「いや、いい奴はこんなことしないって!? 本当、どうかしてるんじゃない? ちゃんと考えて物言ってる?」


 あまりにもお人好しすぎて青葉は呆れてしまった。

 二人とも、自分が置かれている状況をわかっていないのではないだろうか。


「考えたさ。昨日二人で散々話し合った。それで出した答えなんだ。確かに普通に考えたらちょっとおかしいかもしれない。けど、そんなのは知ったことじゃない。これは俺たちの問題で、一般的とか普通とか、そんなのはどうだっていい」

「そうだよ! 私達、ちゃんと考えたの。それでやっぱり、青葉ちゃんの事は怒れないって思ったの。だって青葉ちゃんは親友だし、私の事が好きなのに遊馬君との事を応援してくれたんだよ? 怒れないよ!」

「俺が相談した時だって力になってくれただろ? 本当は俺なんか、憎くて憎くてたまらないはずなのにさ。それを思うと、俺だって怒れない。むしろ酷いことをしたって反省したくらいだ」

「二人とも……」


 許されても、ホッとなんかしなかった。

 むしろ罪悪感で苦しいくらいだ。

 こんなんなら、責められた方がよっぽどマシだ。


 そのくせ青葉は二人の気持ちが嬉しくて泣いてしまった。


 だって二人は、青葉がずっと隠してきた気持ちを否定せずに認めてくれたのだ。


 そんな青葉を、雫は大きな胸で抱きしめてくれた。


 青葉は余計に泣けてきた。懐かしい胸。大好きな胸。散々ねぶって揉んで吸いまくった胸。本当に柔らかくていい匂いがしてホッとして安心して甘えたくなる最高の胸だ。


 我慢できず、青葉はこっそり胸を揉んだ。

 

 あたしって本当最低。でも最高!


「じゃあ、雫はあたしの事嫌いになってない?」

「なるわけないよ。親友でしょ?」


 ……親友かぁ。


 この期に及んで青葉は思った。


 本当あたしってクズだ。


 でも、好きなんだから仕方ない。


「俺も伏見の事は嫌いになってない。むしろ、その事を知って好きになったくらいだ」

「え!? そ、それってもしかして……」

「いや、勘違いしないでくれ。あくまでもライクだ。ラブじゃない。俺は雫一筋だからな」

「わ、わかってるってば!」


 でも、そんな風にハッキリ言われるとなんかムカつく。


「雫の事を満足させられてないのに他の女の事なんか考えられない。伏見だって俺みたいな甲斐性なしはいやだろ。雫もごめんな……」

「謝らないでってば! 私の性欲が異常なだけで、遊馬君は悪くないんだから!」

「でも俺は雫と付き合ってるんだ。異常でもなんでも、言い訳なんかしたくない。好きな女を満足させられなくてなにが彼氏だ」

「遊馬君……私、遊馬君の彼女で本当によかった……」

「俺だって雫が彼女でいてくれて本当に良かったと思ってる」

「……いや、目の前でいちゃつかれると辛いんだけど……」


 そんな事を言える立場ではないと思いつつ、なんかもうどうでもいい気分で言ってしまった。


「あぁ、悪かった」

「ごめんね青葉ちゃん! 悪気はないの!」

「そーでしょうね……。まぁ、付き合ってるんだから悪くはないんだけど」

「それで伏見。雫を満足させる為のチョメチョメアドバイザーの件なんだが」


 気まずそうに遊馬が言ってきた。


「それは安心して。しっかり最後まで面倒見るから」


 言ってから、青葉はふと不安になった。

 当然のように続ける前提で言ってしまったが、クビという話かもしれない。

 幸いそうではなかったようだが。


「本当か! そうしてくれると助かる!」


 うれしそうな顔で言うのである。


「……まぁ、あたしも悪かったと思ってるから。罪滅ぼしって事で」

「別に悪くはないと思うが。あと、もう一つ大事な話があるんだが」

「今度はなに?」


 ぐったりして尋ねると、遊馬に促されて雫が前に出た。


「……お、オーケーです」


 恥ずかしそうに言われても、何のことかわからない。


「……えっと、なにが?」

「告白してくれたでしょ? オーケーです。その、遊馬君と付き合ったままでよかったらだけど……」

「………………はぁ!?」


 いよいよわけが分からなくなり、青葉はどうなってんだと遊馬の顔を見た。


「わかってる。でも、俺達なりに真剣に話し合って出した答えなんだ」


 だとしたら、余計にヤバいと思うのだが。

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