第13話 現実逃避

 翌日青葉は仮病を使った。


 雫はもちろん、遊馬にも合わせる顔がなかった。


 お人好しのバカップルは、青葉が好意で雫の性処理をしていたと思っている。

 もちろん好意には違いないが、二人が考えるような友情ではなく、愛情だった。


 男が女を見るような目で、青葉は雫を見ていた。

 雫が性欲オバケなら、こっちは変態レズの寝取り女だ。


 それがバレてしまっては、二人も青葉に対する見方を変えるだろう。


 雫の為とか調子のいいことを言って、同性の立場を利用して、親友ぶって真っ向から寝取ろうとしていたのだから。


 実際青葉が想いを伝えた時、雫は怯えるような顔をしていた。


 親友だと思っていた存在が浅ましい飢えた狼だったのだから当然だろう。


 遊馬だって、そんな話を聞いたら黙ってはいないだろう。よくも騙したなと糾弾されるに決まっている。殴られたって文句は言えない。


 青葉には、二人のように自分の非を認めて土下座するような勇気はなかった。

 だからこうして、学校を休んで現実から逃避している。


 下心しかない卑しいレズの寝取り女なだけでなく、性悪のクズの卑怯者なのだ。


 そんな自分があんなお似合いカップルの間に割って入ろうなんて、最初から無理な話だったのだ。


 ベッドの中で丸くなりながら、青葉は鬱々としてお腹が痛くなってきた。


 これからどうしよう。


 仮病が使えるのは頑張っても三日だ。

 どうあがいても、いずれは学校に行かないといけない。


 二人は話せる範囲でこの話をぶちまけて、学校中に青葉の悪行が広まっているかもしれない。そうなっても仕方ない事をした。


 バカバカバカ、あたしのバカ!?


 親友で満足していればよかったのに、雫の弱みに付け込んで欲を出した結果全てを失った。


 ようやく築いた学校でのいい感じの地位も、地の底まで落ちただろう。


 さばさばしたクールでイケてる青葉さんから、親友を寝取ろうとした最低最悪のクソレズビッチに降格だ。


 ……でも、仕方ないと思った。

 だって全部本当の事だ。


 本来は、雫を無理やり誘惑し、ホテルに連れ込んだ所を見られた時点でこうなっているはずだった。


 それがたまたま、二人が底抜けのお人好しだったから見逃されていたにすぎない。


 今の学校での地位だって、雫がくれたようなものだ。


 コミュ障のクズ人間の化けの皮が剝れて、あるべき所に落ち着くだけなのだろう。


 ……でもやだ! やだやだやだ! 独りはいや! 寂しいのもいや! 嫌われるのも陰口を言われるのもバカにされるのもいや!


 なにより雫に嫌われるのがいや! そんなの耐えられない! そんな場所にはもう行けない! 行きたくない! 居られない!


 ……死にたい。


 ……消えたい。


 ……もちろん、そんな勇気はないのだが。


 昨日まではまだ余裕があった。


 なんだかんだ雫は優しい子だから、また都合よく解釈して許してくれるんじゃないかと内心では期待していた。


 甘かった。


 あれ以来雫からの連絡はぷっつり途絶えていた。


 一応遊馬とも連絡先を交換していたが、そちらもなにも言ってこない。


 雫は本気で怒っているのだ。軽蔑されて、見限られて、嫌いになられて、もう連絡をする価値もない人間だと思われたに違いない。


 遊馬だって、そんな奴とは連絡を取るなと怒っただろう。


 そんな光景は、容易に想像できる。


 したくもないのに、どろどろの水槽みたいに濁った心の奥底から、ブクブクと嫌な想像が次から次へと湧いてくる。


 全部自分が悪いのだ。


 認めたところでどうにもならないが。


 あぁ死にたい。消えたい。学校休みたい。


 鬱々として泣いて悶えての繰り返しだ。


 気が付くと青葉は泣き疲れて眠っていた。


 真っ暗な部屋の中で携帯を確認すると、一九時になっていた。


 ラインに通知があって、青葉の心臓がキュッとなった。


 やだやだやだ!

 雫達からのメッセージじゃありませんように!


 ビビりながらアプリを開くと、その二人からのメッセージだ。

 しかも、何件も来ている。


 怖い。怖すぎる!

 どうしよう!?


 内容が気になるが、見るのが怖かった。

 それに、既読をつけたらなにかしら反応しないといけなくなる。


 それを思うと憂鬱だ。

 見なかった事には……出来るわけがない。


 逃げた所で状況は悪くなるばかりだ。

 分かっていても、メッセージを確認するには三〇分もかかった。


 思い切って雫のメッセージを開く。

 閉じた目をゆっくり開く。


『あの後遊馬君と色々相談しました。昨日の事で改めてお話したいので、放課後キングで待ってます。PS、本当に具合が悪いんだったら大丈夫です』


「ヒェッ」


 思わず変な声が出た。


 ヘビー級の生理みたいにズドンとお腹が重くなる。


 それだけじゃなく、氷を詰め込まれたみたいにさぁーっと冷たくなった。


 やばい、二人に怒られる。


 てかもう7時だし!? ぶっちしちゃったじゃん!?

 最悪!? 絶対怒ってる!?


 半泣きになって他のメッセージも確認する。


『青葉ちゃんが来るまで何時間でも待ってます」

『まだ待ってます』

『まだ待ってます』

『まだ待ってます』


 同じ文章の羅列に青葉は青ざめた。


『まだ待ってます』

「うわぁ!?」


 今まさにメッセージが追加され、青葉は恐怖のあまり携帯を放り出した。


「どうしよどうしようどうしようどうしよう!?」


 ベッドから飛び出すと、その場でばたばた足踏みをする。


 こんなの絶対行きたくない! 

 でも、行かなきゃもっと悪いことになる。


 ていうかもう既に最悪を突破している。

 悩んでいる暇だってないくらいだ。


「あーもう!」


 とにかく行くっきゃない!


 決断して、青葉は超特急で寝間着を着替えた。


 冗談みたいな寝ぐせ頭を無理やり帽子で押さえつけ、困惑する母親に適当に言い訳をして自転車にまたがった。


 そしてキングにたどり着き、指定された部屋の扉を開ける。


 最初の言葉は決めていた。


「本当にごめん! 全部あたしが悪かった……の……?」


 無人の部屋を見て、青葉は呆けた。


 え? あたし、騙された?


 まぁ、いないんならそれでもいいけど。


「違うよ青葉ちゃん!?」

「悪いのは俺達だ! 本当に悪かった!」


「ひぎゃああああ!?」


 足元で叫ばれて、危うく青葉はちびりそうになった。


 雫と遊馬がキングのベトベトの床で土下座していた。


 ……もしかしてこいつら、ずっとその格好で待ってたの?

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