第11話 悪魔の誘惑

 クラスが変わっても、雫は青葉を親友のままにしてくれた。


 遊馬の事で相談もされるので、時々こうして屋上のベンチで一緒にお昼を食べている。


 あんな事があったから、流石に疎遠になるかと思っていたが、そんな事は全くなかった。


 むしろ、ありがとう! 青葉ちゃんのお陰でよりを戻せたよ! と泣いて感謝された程だ。


 ……いや、元はと言えばあたしのせいで別れそうになったんじゃん。


 そう思いつつ、青葉は口にしなかった。卑怯だと思うが、雫のいない人生なんて考えられない。恋人になれないなら、せめて親友としてそばにいたかった。


 ……そうは言っても、罪悪感はあるのだが。


「……ねぇ雫。ぶっちゃけさ、滝沢の事であたしの事嫌いになった?」


 お腹がドーンと重いのは、ムラムラなのかイライラなのか罪悪感なのか。

 ともかく気になり、青葉は聞いた。


 言われた雫はキョトンとしていた。


「ないない! どうして私が青葉ちゃんの事嫌いになるの? 私の病気に付き合ってくれて、遊馬君の事でも沢山相談にのってくれて、振られそうになったのも助けてくれたのに!」

「……そう言ってくれると嬉しいけど。余計な事しちゃったかなって不安だったから」


 雫の答えは分かっていた。それでも口に出して言って欲しい。それに、半分は本当に心配だった。泣き言を言って構われたいという気持ちもある。というか、それが一番大きい。


 だって、大好きな雫を彼氏に取られたのだ。いや、悪いのはこっちなのだが。でも悔しい。こうして二人でいると悪い自分を抑えられない。構って欲しい。遊馬に引継ぎをした分、ご褒美が欲しくなってしまう。


「余計な事なんてそんなことないよ! 青葉ちゃんが助けてくれなかったら、絶対私、おかしくなって遊馬君に嫌われてたもん……」


 遊馬もそんなに安い男じゃなさそうだと思うのだが、そこまで庇う義理はない。


「まぁ、元鞘に収まったんだからよかったじゃん。それより、あっちの方はどうなの」


 遊馬から聞いて大体知っているのだが、雫の感想はまた違うかもしれない。あとはまぁ、遊馬のへっぽこチョメチョメに雫が不平を洩らす所がちょっと見たい。不満があれば教えてやれるし。


「……えっと、その、遊馬君なりに頑張ってくれてると言うか……」


 雫は真っ赤になって、大きく膨らんだ胸の前で指を弄る。


 こんなだから雫は清楚だと勘違いされるのだが、本当はスケベすぎて興奮しているだけなのだ。下ネタだって大好きで、二人だけの時は結構えげつない事を言う。


 思い出すと、青葉は切ない気分になってきた。


「その様子じゃダメそうだね。まぁ、相手は堅物の童貞君だし、入れる前に出ちゃっても仕方ないんじゃない?」

「……入れる前に出ちゃうなんて、私言ってないよ?」


 ジト目で見られて、青葉は慌てた。


「えっと、それは……」

「遊馬君に相談されたんでしょ?」


 責めるような表情が一転、雫はニコっと悪戯っぽく笑った。


「あ! 知ってたんなら先に言ってよ! ちょー焦ったじゃん!?」


 雫は結構悪戯っぽい所がある。

 親しい人にしか見せないので、青葉は雫に悪戯をされるのが好きだった。


「知らなかったけど。最近急に愛撫してくれるようになったから、そうなのかなって」

「……あ~」


 まぁ、そりゃバレるか。


「どうしよ。一応滝沢には雫には内緒にしてくれって言われてるんだけど」

「うん。だから私が知ってる事も秘密にして欲しいな。遊馬君を傷つけたくないから」


 雫の笑顔が僅かに曇る。


「……やっぱだめ?」

「……気持ちは嬉しいよ。一生懸命頑張ってくれてるもん」

「……でも気持ちよくないんでしょ?」

「……よくないわけじゃないけど。物足りないって言うか……」


 お弁当の下で雫の太ももがもじもじした。


 スカートの中がどうなっているか、青葉には簡単に想像がついた。

 雫が立ち上がったら、ベンチにキスマークがついているかもしれない。


 そう思うと、青葉も余計にムラついてきた。


「まぁ、色々教えてるけどさ。男だし、はじめたばっかりだから、モノになるのはもうっちょっと先かな」

「ふふ。青葉ちゃん、なんか職人さんみたい」


 冗談めかしているが、雫の瞳は切なそうに潤んでいた。

 ぽってりとした唇に目を奪われて、青葉はゴクリと唾を飲む。


 人目がなければ今すぐ押し倒して舌を入れている所だ。

 雫は喜んで応じてくれるだろう。


 ……いや、今はもうダメか。


 ……そうだろうか?


 青葉は悪魔の囁きを聞いた。


「……けどさ、それって辛くない? 生殺しじゃん」

「……そうだけど、仕方ないよ。遊馬君は頑張ってくれてるし。私がエッチなのが悪いんだもん」

「でも辛いんでしょ?」

「…………」


 俯いた雫が小さく頷く。

 切なそうに震える太ももの上で、雫の手が耐えるように拳を握った。


 青葉は頬を掻くと、そっぽを向いて呟いた。


「……辛いなら、いつでも相手になるけど」

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