第9話 Teacher

「……やめてよ。頭なんか下げなくていいから」


 青葉が言っても、遊馬が顔を上げる気配はない。


「頼む! この通りだ!」


 罪悪感で苦しくなり、青葉は溜息をついた。


「勘違いしないで。嫌だけど、助けないとは言ってないじゃん」

「伏見! それじゃあ!」

「あたしとしても雫は親友だし。可哀想だから助けてあげるけど……。まず前提として、滝沢の早漏は治らないって事でいいの?」


 落ち着くと、青葉はじわじわ優越感が込み上げてきた。雫の話では、遊馬はものすごいブツの持ち主だそうだ。武器で例えるならアダマンタイト製のバスターソードらしい。その話を聞く度、なんであたしには生えてないんだろうと劣等感を抱いた物だ。


 だが、いくら硬くて大きくても、すぐに果ててしまっては意味がない。あたしは素手でも毎回雫の事を120パーセント満足させるゴッドハンドのモンクだし? と得意な気持ちになる。


 言われた遊馬は泣き出しそうな顔になっていたが。


「……わからない。そういう事に慣れたらもうちょっとマシになると思いたいが……」

「ちょ、泣かないでよ。男でしょ?」


 ぐしぐしと遊馬が目元を擦る。


「だって、雫の期待に応えられないんだ! 情けないだろ! 早漏が治らなかったら、今度こそ愛想を尽かされるかもしれない……そう思うと……くぅっ……」


 本当に悲しそうな顔をするので、流石に青葉も可哀そうになってきた。


「あのさぁ? 雫の事舐めすぎじゃない? あの子は滝沢と付き合った最初の日からずっとエロい事期待して待ってたんだよ? なのにあんたは手もろくに握らないって言うじゃん。それでも雫はあんたの事を捨てなかったんだよ! チョメチョメなんかどうでもいいの! 大事なのは気持ちじゃん! そりゃ、確かに雫は性欲オバケだけど、それだけで彼氏を選ぶような安い女じゃないから!」


 雫の悩みを聞いて、青葉も言った事がある。だったらもっとエロい男と付き合えばいいじゃんと。そしたら言われた。エロい事がしたいから付き合ってるんじゃなくて、好きだから付き合ってるんだと。まったく、胸焼け物の惚気である。


「そ、そうなのか?」

「そうだよ! 一年の頃からずっと滝沢の事で相談受けてたあたしが言うんだから間違いないの! ていうか、自分の彼女が信じらんないの?」

「そ、そんな事ない! 雫は、本当に優しくて良い子だ! 可愛くてエッチで、俺なんかには勿体ないくらいで……」

「あーはいはい。そういうのはいいから」


 本当に勘弁して欲しい。こっちは雫と寝たくてムラムラしているというのに。当の彼氏が雫を満足させられないと言うのだからやってられない。


「と、ともかく、早漏の方はなんとかしてみるつもりだ。その、一人で練習したりして……」


 真っ赤になって遊馬は言う。


 ……同い年の男の子のそんな反応を見るのは、ちょっと悪くない。遊馬は堅物っぽい雰囲気だから、少し可愛いなと思ってしまった。ってバカ! こいつは雫の彼氏だから!


 でも仕方ない。青葉だって年頃の女の子だ。男子と同じでエッチな事には敏感だ。性欲オバケの親友を持ったせいで、余計にそうだろう。だからあたしは悪くない。悪いのは……とりあえず遊馬のせいにしておく。


「まぁ、そっちはどうにもできないから頑張って。そうなると後は愛撫だけど。そもそもさ、滝沢はちゃんと愛撫してる?」

「あいぶ?」


 怪訝な顔をされて、青葉は呆れた。

 ダメだこいつ! 初心なのは雫じゃなくてこっちの方じゃん!?


「手とか口でやる奴」


 青葉は中指と薬指をバタ足のように泳がせると、チロチロと舌を出した。

 遊馬は笑えるくらい赤面してそっぽを向いた。


「や、やめろって。恥ずかしいだろ!」

「そんな事言ってたら雫を満足させられないでしょ? あたしは真面目に言ってるの。やる気あんの!」

「……す、すまん。伏見の言う通りだ」


 しゅんとする遊馬を見て、青葉はぞくぞくした。Mっ気の強い雫の相手をしていたせいで、すっかりSに目覚めてしまったらしい。片思いの相手の憎い彼氏を思い通りにしていると思うと、背徳感で背筋が震える。


「けど、そんなので雫を満足させられるのか? 俺は、ただでさえ早漏なのに……」


 遊馬は本気で早漏を気にしているらしい。女の青葉には今ひとつ理解出来ない感覚だが、男からするとお漏らしみたいに感じるのだろうか。


「男ってさ、そこでしか物事を考えられないの? 早漏とか関係ないじゃん! あたしは付いてないけど、雫の事は毎回きっちり満足させてたよ!」


 その言葉に、遊馬はハッとした。


「……た、たしかに。伏見の言う通りだ! 女の伏見に出来たんなら、早漏は問題じゃない! 頑張れば俺にだって、雫を満足させる事は出来るはずなんだ……」


 希望に目を輝かせる遊馬を見て、青葉はなんか微笑ましく思った。単純な奴。雫が楽しそうに話す理由がちょっと分かる気がした。なんかワンコみたいな所があるのだ。だからだろうか、意地悪をしてやりたくなる。


「まぁ、そういうのは男の滝沢にはちょっと難しいかもしれないけどね」


 モノはないが、愛撫なら同性の青葉の方が圧倒的に有利だ。同じ構造をしているのだから、どこをどうされたら気持ちいのかは、なんとなく分かる。


「その通りだが、幸い俺には伏見がいる! 実際に不甲斐ない俺の代わりに雫の相手をしてくれてたんだからな! 雫が伏見とチョメチョメしてたと聞いた時はちょっと複雑な気持ちだったが、こうして思うとよかったのかもしれない。伏見がいなかったら、俺は雫を満足させられなくて破局してたかもしれないんだから」


 彼女を寝取られそうになったくせに、遊馬はまっすぐな表情で言うのである。間女の青葉としては調子が狂う。もうちょっと、恨むなり怒るなりしてもいいと思うのだが。


「……滝沢に褒められても嬉しくないから。一応、出来る範囲で愛撫の仕方とか雫の興奮ポイント教えてあげるけど。間違ってもあたしにエッチな事しようなんて思わないでよ。実技とか絶対しないから」

「当たり前だろ!? そんな事したら彼氏失格だ! 協力してくれてる伏見にも失礼じゃないか!」


 遊馬はこんな感じで雫の誘いをクソ真面目に断ってきたのだろう。


 実際、猿になって手を出されても困るのだが。


 一応青葉だって見た目にはそこそこ自信のある女の子である。


 きっぱり否定されると、それはそれでなんだかなぁと思う。


「……なんでもいいけど。とりあえず、初級編からはじめよっか。まずは基本の愛撫から。胸の触り方とか、下の方のアレとか」

「ありがとう伏見! 本当に感謝する! あぁ、メモを取らないとな! 雫に試すのが楽しみだ! 先生って呼んでいいか!」

「……伏見でいいから」

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