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和尚は芳一を呼ぶと、夜な夜な、何処へ出かけているか問い詰めた。

しかし、芳一は、答えなかった。

ただ、ある人にお願いされ、琵琶を演奏している、とだけ伝えたのだ。

「芳一、言いたく無ければ、誰に頼まれたかなど、言わなくても良い。

ただ、わしには、お前の命が燃え尽きようとしているのが見えるのだ。」

和尚はそう言って、何とか芳一を説得した。


その日の夜になると、和尚は、芳一の体の隅々に『教』を書いた。

「今夜、わしはどうしても出かけなければならない用があって、一緒に居てやることはできぬ。

だが、こうして体中に『教』を書いておけば、あの者たちから、お前は見えず、お前を連れて行くことはできないだろう。

今夜だけで良い、ここでジッとして居るんだ。」

和尚は芳一にそう言って、出かけた。


丑の刻になり、いつも通り、沙羅と太之助が芳一を迎えに来た。

しかし、いつもの、寺の門の所に、芳一の姿は無かった。

「芳一さん、お迎えに来ました。

沙羅です。

どちらにいらっしゃいますか?」

芳一は寺の本堂で、ジッと座って居た。

沙羅の、少し慌てたような声は、芳一にも聞こえて来た。

しかし、芳一は動かなかった。


「芳一さん、お願いです、返事をして下さい。」

そう言って、沙羅は本堂に入って来た。

芳一には、沙羅の足音や匂いで、それが解った。

しかし、沙羅には、体中に『教』を書いている芳一の姿が見えなかった。

「お願い、返事をして。」

沙羅の泣き声が聞こえて来た。


「沙羅さん。」

不意に芳一の声が、沙羅のすぐ近くから聞こえた。

「芳一さん。」

沙羅は急いで周りを見回してみたが、何処にも芳一の姿は無かった。

「わたくしは、今、あなた方から、姿を隠しています。

一つ沙羅さんにお聞きしたい事があります。

今夜、わたくしの命を奪うつもりですか?」

芳一がそう言うと、沙羅の顔は、驚き、そして悲しそうになった。

「はい。。。

そうするつもりだと、聞いています。

でも、それは・・・、わたしが必ず芳一さんを守ります。」

沙羅が、とても悲しそうな声で言った。


「今、沙羅さんは、わたくしと同じですね。」

「えっ?」

「わたしには沙羅さんが見えませんし、沙羅さんにはわたしが見えません。

お互いの声を、言葉を信じるしか、ありませんね。」

「はい・・・、そうですね。」

沙羅が涙を流しながら言った。

芳一はこの6日間、沙羅の言葉を信じて、琵琶を演奏していたのだ。

そう思うと、涙を止める事ができなかった。


「少し、ここで、待って居てもらえますか。」

芳一はそう言うと本堂から外へ出た。

そして、井戸へ行くと、頭から水をかぶった。

芳一の体に書かれていた『教』は、全て水に流され消えてしまった。


「芳一さん。」

本堂に戻って来た芳一を見て、沙羅が嬉しそうに言った。

芳一はいつもの様に、法衣を着て琵琶を持って居た。

「沙羅さん、それでは行きましょう。

今日が約束の最後の日、7日目ですね。」

「はい。」

沙羅は、とても嬉しそうに、芳一の手をギュっと握った。


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