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「芳一さまは、わたくしの事を憶えていらっしゃいますか?」

寺へと戻る道すがら、不意に沙羅が芳一に聞いた。

突然聞かれ、芳一は、とても驚いた顔をした。

「いえ、多分、今日、初めてお会いしたと思いますが。。。」

「そうですか。。。

実は、わたくしは、ずっと以前に、芳一さまとお会いした事があるのです。

それもあって、主人に、芳一さまの琵琶の演奏を、お勧めしたのです。」

「そうですか、ありがとうございます。

でも、申し訳ありませんが、本当に、まったく憶えが無いのです。

この通り目が不自由ですので、以前にお会いしていれば、沙羅さんの匂いなどを憶えている筈なのですが。」

「もう、随分と昔の事ですので。。。

すみません、変な事を聞いてしまって。」

そう言うと、沙羅が笑顔で芳一を見た。

「あっ、いえ、こちらこそ、すみません。」

芳一は、申し訳なさそうな顔で言った。


それから芳一は、約束通り、毎日屋敷を訪れ、琵琶を演奏した。

芳一自身は気付いて居なかったが、屋敷を訪れるたび、芳一の精力が衰えていたのだ。

沙羅は、毎日芳一の送迎をしていた。

しかし日が経つにつれ、少しずつ沙羅の顔が曇って来ていた。

芳一はその事に気付いて居た。

「沙羅さん、最近、元気がありませんが、何かありましたか?」

芳一が心配して沙羅に聞いた。

すると、沙羅はとても驚いた顔をして聞いた。

「芳一さん、どうして、それを?」

「いえ、ただ、沙羅さんの匂いが少しずつ変わって来ていて、足音が僅かに躊躇っているように感じましたので。」

芳一が笑顔で言った。

その時、沙羅は涙を流していたが、芳一には解らなかった。

「何でもありませんわ。

どうぞ、わたしの事はお気になさらないで。」

沙羅が潤んだ声で言った。


約束の6日目となり、夕刻に寺の和尚が、寺で奉仕活動をしている男に、芳一を監視する様にお願いした。

「どうも、最近、芳一の様子がおかしい。

まるで、何かに取り憑かれたように、毎晩、何処かへ出かけているようなんだ。」


男はその夜、丑の刻に、寺から出て行く芳一の後を着けた。

そして、芳一が青白い人魂に導かれ、近くにある墓地の中で、多くの人魂に囲まれ、琵琶を演奏している姿を目撃した。

男は、翌朝、急いでその事を、寺の和尚に伝えた。

「やはりそうか。

芳一は、何かに取り憑かれていたか。」

和尚はそう言うと、ジッと考え込んだ。


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