第2話 Bloody Familiar 《血で濡れた暗殺者》 ②

 「ファミリアコード810、私は出征する」


 個々に【情報メディア】から送られてきた情報をもとに、私は国が保有する異能力技術を使用して、現場へと転送された。


 四方、ビルに囲まれた都会の街並み。時刻は04:12、この時間だと人の影は微々たるものだ。


 この場所で怪しい人物の目撃情報が公安警察に流れてきたらしい。私の仕事は、その怪しい人物、という輩の調査である。もし、その人物がシクサスとは全くの無関係だった場合も、この国を危険に脅かす要因に変わりはない。故に、調査対象として判断しなくてはならない。


 ビルのガラス張りに映り込んだ自分の容姿を確認して少しの時間、熟考する。


 コイツの名前は田辺たなべにしよう。いかにも、田辺って顔をしている。根拠はないが、しっくりとくる。パズルのピースがキレイにハマった感覚だ。

 下の名前はアオイにしよう。あおいだろうが、あおいだろうが、どっちでもいいが、アオイという名のどこにでもいる感が、そこはかとなくいい。


 そんなことを考えていると、後ろを向いて建物を二つ数えたところにあるビルから、けたたましい音と共に爆炎が上がった。

 一流企業が本拠地として構える、ガラス張りの高層ビルが半壊し、中から燃え盛る炎と禍々しい煙が湧き上がってくる。


 「なにごとだ?」


 唐突なテロの現場に居合わせたのか? それとも【シクサス】のメンバーが遂に動き出したのか。どちらにしても爆炎の原因は調査しておいた方がよさそうだ。

 

 「ファミリアコード810、私は装着する」


 造形ホログラムプリンターによりガスマスクを制作し、私は爆炎のもとへと向かった。


 ビルの炎上により立ちあがった煙を突き抜けてビルの中に入っていく。

 ミディアムレアに美味しく焼きあがってしまいそうな、熱気を肌で受け止めながら私はあたりを観察した。


 我が国の現代技術の象徴のような内装が粉々に破壊されつくしている。犯人を示すような手がかりは見つからず、どうしたものかと考えていると、上の方から物音が聞こえてきた。


 足音である。二人、音の大きさからして、一人は75キログラム程の男性、もう片方は50キログラム前後の女性か。性別の区別は、進行のリズムによってだいたい区別がつく。誇らしくもない経験則だ。


 とりあえず、上の二人に悟られることなく近づき、情報を集める必要がある。しかし、辺りを確認したところ、上へと繋がる通路は絶たれてしまっている。階段は既に火の海でエスカレータは半壊状態。この状況でエレベーターに乗るなど愚の骨頂なのは言わずもがな、そもそも私は普段からエレベーターという密閉空間など使用しない。


 仕方がないので自分の異能力を使用することを決断する。頭上を見て、一歩前進すれば、立てる程の足場が上にあることを確認する。そして、頭の上へと突き抜けるような感覚のもと、重力に逆らい、歩行程度のスピードで体は垂直的に上へと昇っていった。


 私の異能力は『頭上、一方向にのみ垂直的に力の働きかけが可能になる』、というもの。感覚の話でいえば、上り専用のエレベーターのようなものだ。


 この力の話を聞いた者で、自由に飛行をする能力を期待する者は少なくない。しかし、私はそんな夢見るバカどもにいつもこういうのだ。『負荷のかかる重りを永遠に持ち続けることが出来る人間はいない』、と。

 

 たしかに、度重なる訓練によって異常に発達した私の体幹であれば、能力の出力を調整することで、その場に限り滞空することや、頭上の方向を斜めにすることで上昇しながら移動することは可能だが、そのすべてが重力との闘いであることには変わりはない。


 能力を発動し続ければ当然、体力は減っていくし、斜めの運動などは私の体幹をもってしても、能力との併用関係で5分静止するのが限界である。体幹がぶれれば頭上の方向が定まらず、まともな移動には使えない。


 同胞たちと比べれば三段階以上も見劣りするハズレ能力である。


 能力によって、ビルの真ん中より少し上の階層まで上昇し、足場となる場所に手をかけてよじ登った。そして、大きくなる足音の方向へと進行し、人影が見えたところで物陰に隠れた。


 距離としては100メートルほど離れているところに、白人の男性と日本人らしき女性の姿が確認できる。その様子は共闘、結託、というよりは敵対、対抗、といった風に見えた。


 女性が、逃げる白人男性を追いかけている。


 あの白人男性は、私が探している標的の人物像と一致する箇所が複数ある。


 シクサスは全世界から人員を集めた巨大な組織だが、拠点はヨーロッパである。固定概念は取り払わなくてはならないが、当然その容姿は外国人を想像するだろう。あの男を怪しむ気持ちはだれもが理解できるはずだ。


 そしてもう一つ、逃げるために積極的に能力を使用する姿勢を見せる男性に対して、女性の方は能力の使用を極力抑えているように見える。男の手から上がる煙をみても爆炎を起こしたのがこの男だと断言できるだろう。この時点で第一級の危険人物である。


 逆に、女性の考え方はまさに私と同義であり、この場の破壊を好ましく思っていないようだった。


 あの男性がシクサスの構成員で女性は同業者、そう考えたくなるのは仕方がない。


 決めつけるには早いが、あの男性のDNA情報を採取することは必至である。もともと雲を掴むような内容の仕事なのだ。情報は多いに越したことはない。


 私は敵に悟られることなく近づくことが出来るチャンスをうかがっていた。しかし、展開は大きく変動する。


 男が両手から放った巨大な爆炎は炸裂し、膨大な煙を起こして辺り一面を火の海で包んだ。


 距離をとっていたといっても、私もその攻撃に対しては他人ごとではいられなかった。全身、すり傷だらけになることを覚悟して、体を後ろに倒し極力寝そべった状態になり、最大出力で能力を行使する。

 背後への緊急脱出に成功した私は目前に広がる炎の壮大さに、衝撃を超えて呆れを感じつつ、少し下の階層へと転がり込んだ。


 あの様子だと男性は逃げ果せ、現場は全焼、手がかりは期待できず、といったところか。DNA情報さえあれば【情報メディア】の能力で検索をかけられるのだが、ないものは仕方がない。


 どのみちあの白人男性はこの国の法を犯した異能犯罪者である。爆炎の能力と、その容姿は【情報メディア】に報告し、別途調査してもらおう。


 そう思い、踵を返そうと振り向いたところで、音もなく接近していた、さっきの女性に度肝を抜かれる。


 「こんなところで、なにをしているの?」

 「なッ⁉︎ どうしていきなり」


 どうせ、あの巨大な爆炎に飲み込まれて焼け死んだと思っていたが、生きていたのか。それよりも、気配も悟らせず私の背後を取りやがった。何者だ? しかもこの危険な女は、歳も私と変わらない10代後半程ではないか。そのような思いが私の中で錯綜する。


 見た目は全く強そうではない。むしろ、のほほんとしていてお淑やかな雰囲気を彷彿とさせる容姿なのに、どこか硝煙の臭いを思い出させるこの感じ。気に食わない。

 

 「あ、私は怪しいものじゃないよ。ほら、これ」


 そういって目の前の女は手帳のようなものを広げて、見せた。『警備会社スタンドF』、民間の警備員だったのか。いや、それにしては動きが機敏すぎる。コイツの一挙手一投足はまさにプロのそれだ。民間の警備員などが持っていていい力ではない。


 「そんなことより、あなたよ、あなた。こんなところで何をしているの? 危ないから近づいちゃだめだよ」


 私に対して特別、警戒や敵対の意志を抱いているような感じはしない。むしろ、守るべき民間人を相手にしているような物腰の柔らかさである。


 「すまない。私は公安警察のものだ。たまたま、この現場に居合わせてね。近くに異能犯罪者がいないか調査しに来たんだよ」


 私は公安警察の田辺アオイだ。こういうときのために【霧隠れミスト】が要した警察手帳も懐に忍ばせてある。抜かりはない。


 「そうなんだ。ごめんなさい。私もこのビルの警備を任されてたんだけど、犯人を取り逃がしてしまって」


 『取り逃がしてしまって』、ではない。そんなことは民間の警備員の仕事ではないだろう。なんなんだこの気が狂った女は。

 

 「その分には構わない。必ず私が捕まえて見せる。この国を危険に脅かす存在を見過ごすわけにはいかないからな。そんなことよりお嬢さん、民間の警備員にしては些か動きのキレがよすぎるんじゃないかい? 前歴があれば聞かせてもらってもいいかな?」


 私のそんな発言を聞いて、女はきょとんとした表情で驚いてみせる。


 「いや、失礼した。これは悪い。職業病のようなものでね。どうしても気になってしまうんだよ」

 「いいえ、気にしないで。よく前歴があることが分かったな、って驚いただけなの。あんまり他人には言いたくないんだけれど、私ね、昔は軍隊に所属していたんだ」

 「軍隊? その歳でか?」

 「ええ、ちょっと訳ありでね」


 ということはコイツも。

 

 「物心ついたころから身寄りがなくて、それで施設で生活していた私を国の偉い人が拾ってくれたんだ」

 

 思いださせられるのは昔の記憶。孤児院にいた私を国の重役は拾い上げた。ファミリアのメンバーは元々、私と同郷の民であったが私とは明確に違い、その異能力を見染められて暗殺者となった。しかし、特別素晴らしい能力を持っていなかった私は身体能力を買われ、他者とは比べ物にならないレベルの訓練を行なわされた。


 地獄のような日々を送り、暗殺者として活動を始めた私のもとに降りてくる仕事は、最も危険な最前線ばかり。能力に貴重性のない私の代わりなどいくらでもいるのだろう。それなのに長くしぶとく生き続け、仕事をこなした末に付けられた名前が『愛国者』である。本当はこんなことしたくはない私が、選択の自由を縛られて付けられた名前にしては皮肉の骨頂だ。


 「そうか。すまなかった。今聞いたことは忘れよう」


 今は軍隊から離れて、民間の警備員として細々と生活している。それだけでも幸せだろう。自分の選択ができた、ということなのだからな。


 「ううん、気にしないで。もう昔の話だから」


 そういって笑った彼女の笑顔はとても輝いて見えた。コイツは本当に自由になれたらしい。別に羨ましいとはいわないが、考えたことがない未来だと言うと嘘になる。


 「そうだ、よかったら私も公安警察さんに協力できないかな」

 「なに?」

 「任せて、指示にも従うし怪我や危険は自己責任にするから」

 「いやいや、相手は既に大規模なテロを起こした第一級の犯罪者だ。民間の警備員が出る幕ではない。いくら元軍人だからといって、これ以上の介入はするべきではないだろう」

 

 本心を言えば、私の体があの白人の捜査一つに拘束されてしまうことを嫌っての発言だが、コイツはどこまで信じるだろうか。


 「でも、私は同僚を何人もアイツに殺されてるの。あなたが共闘してくれないって言っても、一人でアイツを捕まえに行っちゃうよ」


 それは困るだろう、と言いたげな表情だが、私、【愛国者パトリオット】の意見としては一切困ることはない。そう言い切ってしまいたいが、今は公安警察の田辺アオイにならなくてはいけないのだ。その立場なら民間人が勝手に介入してくる事態は困る。

 

 「確かにそれは困る。勝手な行動をしてもらってはこちらの動きに支障が出るからな。分かった。それではキミを私の協力者として迎え入れよう」

 「うんうん、よろしくね。そうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。私の名前は花宮カレンはなみや カレン、カタカナでカレンっていうんだ。珍しいでしょ」


 ウキウキとした感情が体から溢れているのか、カレンは嬉々としてそう言った。


 「これは驚いた。私は田辺アオイといってね。私もアオイはカタカナで書くんだよ」


 二人で目を見合わせて、笑う。そして、カレンは私の右手を両手で優しく包み込んだ。


 ここに、全く仮初の協力関係が生まれたのだった。

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