第3話 Bloody Familiar 《血で濡れた暗殺者》 ③

 「アオイちゃんはどうして警察官になったの?」


 炎上したビルを出て、私はカレンと街の中を歩いている。ビルは私が【情報メディア】に連絡して、本物の警察官と消防隊員に任せる手はずをとってもらった。そして、私は今、カレンに正体を偽りながら、その任務さえも偽って、白人男性を追いながら、シクサスの情報を集めるという、肩の凝りそうな仕事についている。


 「私かい? そうだね。私も別に警察官になりたかったわけじゃないんだよ」

 「そうなの?」

 「ああ、別に今の仕事がイヤってわけじゃないんだけどね。私もカレンと同じさ。選択肢なんてなかったんだよ」


 もし、私に帰る家があったら。もし、私に帰りを待つ家族がいたら。もし、私に頼れる存在がいてくれたら。昔からよく考えた、たらればだ。しかし、そんなことを考えても現実は無情なものである。


 人は夢を見る生き物だが、夢は夢であり現実ではない。そんことは痛いほど理解している。


 「そうなんだ。じゃあ、なんで辞めないの? 私みたいに辞めちゃえばいいのに」

 「辞められないんだよ。私はこう見えても優秀でね。私をその道に引き込んだ国のお偉いさんが私を離してくれないのさ」

 「なにそれ、そんなのおかしいよ。なんでやりたくもないこと、しなくちゃいけないの?」

 「ハハハ、ありがとうカレン。人に同情されるのは何年ぶりだろうね。カレンがそう言ってくれるだけで十分だよ」

 

 任務のさなか、不思議と心が和らいでいることに疑問を感じる。 今、私は田辺たなべアオイである前に【愛国者パトリオット】なのだ。みんなに囲まれて、軽口を叩きあうパトでもなく、【愛国者パトリオット】なのだ。


 同じ経歴を持つカレンに絆されてしまったのか? 私が叩き込まれた暗殺者の教えはこんなに簡単に瓦解するものなのか? 


 「どうしたの? 切詰めた顔して」

 「ううん、なにもないよ。 それよりも、黙ってついてきて、と言っていたが、どこに向かっているのかな?」

 「ん? あの犯罪者のところだよ」

 「犯人の居場所がわかるのかい⁉︎」

 「うん、私の能力はそういう力だからね」


 元軍人というのだから、もっと火力の高そうな能力を想像していたが、期待を裏切ってくれた。各いう私も暗殺者に向いている能力か、と聞かれれば、ビルの窓ふき程度にしか向かないハズレ能力なのだが。


 「それは心強いな」

 「うん、任せといてよ」


 そんな自信に満ち溢れた横顔を見つめながら、私は少し考え事をしてついていく。そして、一時間程歩いたところで、カレンが足を止めた。


 そこは都市部からかなり離れた人気のない市街地。立ち並ぶ店々はシャッターを下ろし、もの家の空なんて状態の家も多いだろう。こういった場所は前々から国主導で開発計画が発案されているが、どうにも話は進展していないらしい。


 「ここだよ」


 ほかと同じくシャッターが閉じている小ぢんまりとした事務所のような建物。

 

 「ねえ、アオイちゃん。この仕事が終わったら二人でどこか遠いところに逃げない?」

 「え?」

 

 それは唐突な提案だった。


 「私がアオイちゃんを自由にしてあげる。誰にも干渉させない。私が守ってあげるから。仲間はほとんど殺されちゃったから私、寂しいんだ。だから、私と一緒に行こうよ」

 「でも、それじゃあ、私は国を裏切った反逆者になってしまう」

 「それでもいいじゃない。反逆者のなにが悪いの?」

 「いいわけない。第一級の犯罪者なるんだよ?」


 そんなことを言いつつも、本当は自由の身になりたい、そう心から願っていたアノ日々を私は知っている。


 「じゃあ、ものごとの良し悪しってのはなに? なにを物差しにして図るの?」


 そんなカレンの問いかけに私は答えることができなかった。

 

 「同じ公安の職に就いているなら分かると思うけど、公安職の中に暗殺者、国お抱えの殺し屋っているよね」

 

 狙ってか、それとも偶然か、カレンはピンポイントなワードを口にした。


 「アレってなんなわけ? 国の秩序を守るために人を殺しても構わない? そんなわけないよねえ。アレがまかり通るなら、自由を掴むために何もかもから逃げることの何が悪いの? 私は殺し屋なんて大嫌い。 アオイちゃんも、そう思わない?」


 いい淀む私を見て、カレンはそれ以上なにも言わなかった。少しの間、沈黙が場を支配する。


 「分かった。すぐに答えは出さなくてもいいよ。とりあえず、アノ犯罪者をひっ捕らえよう。協力してくれるよね。アオイちゃん」

 「あ、ああ。けれど、少し待ってくれるかな? 公安には公安の段取りっていうのがあるんだ。すぐに突入ってのはダメだよ」

 「そうなの?」

 「ああ」

 「分かった。じゃあ、そういうのはそっちに任せるよ」

 「理解ありがとう。じゃあ、また連絡を取らせてもらうよ」

 

 私はそう言い残し、カレンから距離をとってビルの炎上時のように【情報メディア】に通信要請を送った。


 仕事の話をしていると、頭の中がキレイに整理されていくようでスッキリする。余計なことを考えなくて済む。つくづく自分には仕事しかないのだと理解させられているようでショッキングだが、それが自分なのだから仕方がない。


 もし、何もかもを投げ出して、自由の身になったら私は満たされるのだろうか。私の夢は彩られるのだろうか。


 『こちら【情報メディア】、応答する』

 「数時間前に報告した白人男性の件だが、居場所を突き止めた。至急、【霧隠れミスト】に伝達の後、作戦の指示を求む」

 『その必要はない』


 私の要請に【情報メディア】は二つ返事で断りを入れてきた。


 「どういうことだ?」

 『【氷顔アイスフェイス】がシクサスの構成員のものと思わしきDNA情報を入手した』


 それは嬉しい誤算だった。


 「ほんとうか⁉︎ じゃあ、早速検索をしよう」

 『落ち着くんだ【愛国者パトリオット】。いつもの冷静さは、どうした? 様子がおかしいぞ気を引き締めなおせ。検索ならもうとっくに済んでいる』

 「あ、ああ。すまない。色々あって」

 『色々? そうか、じゃあ改めてお前に質問する必要があるようだな』


 【情報メディア】はいったい何を言っているのだ? その発言の意味が私には分からなかった。


 『コードネーム【愛国者パトリオット】、質問する。標的は?』

 「ッ! 殺す」

 『反逆者は?』

 「.........殺す」

 『感情は?』

 「.....................殺す」


 だんだんとロウトーンになっていく【情報メディア】の声。


 『そうか..................コォンのドぐされバカ女ガァッ!」

 「ッ!」


 仕事の時は命令口調になる【情報メディア】だったが、こんなにも荒げた声を聞くのは初めてだった。


 『いいかァッ!【愛国者パトリオット】。よーく、耳を澄ませて聞けェッ! 腑抜けたお前を私はバックアップするつもりはないッ! せいぜい、殺されねェよう気をつけるんだなァッ!』

 「おい! 様子がおかしいのはそっちだろう。どうした? なにがあった? 検索の結果は?」


 私には現状が全く飲み込めなかった。なぜ、【情報メディア】は怒っているのか、そしてなぜ、それ以上私の通信に応えてくれないのか。私にはまったく理解ができない。


 【情報メディア】との通信が切れたインカムが別の通信を拾う。


 『こちら【氷顔アイスフェイス】、パトあなた【情報メディア】を怒らせるなんて、相当やらかしたようね』

 「パト、って今は仕事中だろう?」

 『みんなはどう思ってるか知らないけど、私はあなたのこと好きだから教えてあげる。私の拾ってきた情報をもとに【情報メディア】が検索した結果、標的の居場所を突き止めることが出来た』


 【氷顔アイスフェイス】はゆっくりと落ち着いた声で言葉を連ねる。


 『標的は――』


 【氷顔アイスフェイス】との通信に耳を傾けていると、経験上なんだか悪寒のようなイヤな雰囲気を感じ取る。そして次の瞬間、【氷顔アイスフェイス】の言葉と同時にその存在を目の当たりにした。


 『あなたの後ろよ、パト』

 

 勢いよく振り向く。すると、そこに立っていたのは白人男性の生首を右手に鷲掴みにしたカレンの姿だった。


 「アオイちゃ~ん、決心ついた?」

 「それ」

 「え? これは私の同僚を殺した悪い人の首だよ。私がこうして暗殺者の真似事をしたらアオイちゃん踏ん切りがつくかなァ~って」

 「うそ」

 「え? うそじゃないよ。この人は本当に私の同僚を殺した悪い人なんだよ」


 うそじゃない? そんなはずはない。【氷顔アイスフェイス】の言うことが間違っているとは思えないし、それに簡単に人を殺めるこの狂気、間違いない。カレンこそが私の標的だったのだ。


 なら、うそじゃないっていうのは、何度も呟いている同僚を殺したっていう部分。ということは、この白人男性の正体は、シクサスを崩壊寸前にまで減らしたというヨーロッパのアサシンの一人。だから、カレンは殺し屋なんて大嫌いだ、と。


 点と点がつながっていく。なるほど、だから【情報メディア】は怒っていたのか。向こうの視点で見れば私は標的と共に行動し、様子がおかしくなった反逆者ってわけだから。


 昨日も合わせて、一番大きなため息が出た。


 「うそだよ。そうなんでしょ。どこまでが本当なの」

 「急に何を言ってるの?」

 「そうだね。じゃあ、私から打ち明かそうかな。私は公安の警察官じゃない。私の仕事はカレンの首を撥ねること」

 「なにそれ、ホント?」

 「ええ、本当。名前だって田辺でもなければ、アオイでもない。私に名前はない。孤児院から拾われたときにそんなものは捨てている」


 その発言がトリガーとなったのかカレンの表情は歪んでいく。

 

 「名前を捨てた? それじゃあ、まるで............」

 「暗殺者、っていいたいの?」


 カレンは2秒ほど目を閉じて、そして笑い始めた。


 「そっか、そうだったんだ。お互いうそつきだったんだ。こりゃ傑作だァ」

 「そうね。私もカレンといた時間は悪くなかった。素直にそう思ってた。同じ境遇で、同じ状況にいて、きっと同じ思いをしたのだろうって。でも、それもうそだったの?」

 「うそじゃないよ。私は日本の孤児院で生まれ、国に拾われ、軍人として使われていた。13の頃には強力な異能力を見染められて、前線に立たされていたんだから。境遇はアナタと同じだよ」

 

 カレンはくたびれた様子でそう吐き出した。


 「同じじゃない」

 「え?」

 「ご飯は、皆で揃ってお日様の下で食べるからおいしいんだって、幼き日のアイが言っていた。なんでだろうね、ずっと忘れてたのにこういう時にかぎって思い出すんだから」

 「は? 何を言って」

 「私はカレンが全うな人生を送ったうえで自由になったと思ったから。だから、羨ましかったんだ。シクサスが国家転覆をもくろむ裏で、どれだけ極悪非道な行為をしてきたか、私は知っている。お天道様に顔向けできないようじゃ、どこまでいっても幸せにはなれないんだ」

 

 カレンの表情は鋭かった。さっきまでのニコやかでお淑やかな彼女が、まるで別人のように変わり果てている。


 「都合のいい話だね。そっちだって何人も殺してるんでしょ。何が違うっていうの、私を歪ませたのはこの国そのものだ。国家転覆をのぞんで何が悪い。シクサスは私を助けてくれたんだ。暗殺者どもは私の仲間をみんな殺していったんだ。お前らだって一緒だろッ!」

 「私は無関係な人は殺さない」

 「そんなもの方便だッ! 国が悪なら国民も悪ッ! 粛清してなにが悪いんだッ!」

 「それぞれの正義があることは理解しているよ。だからこそ、私はカレンを分かってあげられない。でも、だからといって私はカレンが必ずしも悪だとは思わない。だって、自分も一歩間違えればそうなっていたと思うから。私がそうならなかったのは、【親友ファミリア】のおかげ。どうしてかな、一人になるのがずっと怖いって分かってたのに、ずっと近くにいると分かんなくなっちゃうみたい。どうして、1人で逃げ出そうとしたんだろう、5人全員、孤児院からの付き合いなのにね」

 「うん、そっかアナタとは分かり合えないんだ。じゃあ、死んでッ!」


 カレンは私に目掛けて右手の生首を投げつける。ボーリングの玉ほどの重量を持つ人間の頭が、まるで野球のストレートのような速さで飛んでくきた。それだけで、異常な身体能力であることは明白である。


 「ファミリアコード810、私は武装する」

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