第1話 Bloody Familiar 《血で濡れた暗殺者》 ①
黒を基調とした一本道の通路。急速な落下の最中、この場所に転送された私は心の平穏を取り戻すとともに修羅の面を取り外す。
「あ~あ、毎度毎度思うことだけど、暗殺者なんてやってられないわ。バカバカしい。ホントにバカバカしい」
素顔をさらし、一本道を進んでいく私の前に『造形ホログラムプリンター』によって生み出された一枚の鉄壁が立ちふさがった。
大きく息を吸い、口から吐き出す。今日だけで何度目の、ため息だろうか。
壁の底辺にある凹に手をかけて、全身に力を漲らせる。床を土台に足から腰、背中から肩、両腕へと力は頭上を越えて伝達していった。
「ふンッ!」
その末、目の前に立ちふさがった300㎏の障壁を持ち上げる。そして、生まれた空間を通り抜け、数メートル先に見える扉を目指して歩みを進めた。
間髪入れず現れる石壁に対し、辟易とした気持ちを込めて右拳を作る。
「オラァァッ!」
石壁にアッパーカットが炸裂。頭上へと突き抜ける破壊力は一撃で石壁を砕き割り、通り道を開拓した。
頭の後ろを搔きながら、さらに歩みを進めて目的地である扉の前へとたどり着く。
『標的は?』
「殺す」
『反逆者は?』
「殺す」
『感情は?』
「殺す」
扉に備え付けられたスピーカーから、相変わらず何の意図があるのか分からない質問に三回答えさせられ、ようやく私はチーム【ファミリア】の本拠地へと迎え入れられた。
「お疲れ様、パト。相変わらずいい腕だね、アンタは」
一般的な企業に存在する会議室のような空間で上座に一人鎮座する少女は、くたびれた私にそんな激励の言葉を送ってきた。
歳も見た目も私と何ら変わらない存在であるその人物は一応、私の上官であり同胞である。
かわいい顔をしているくせに冷静沈着で頭がキレて口が立つ。それなのに身だしなみには乱れがあり、ズボラなところが見え隠れしている中性的な女。
帰ってくるといつも椅子に座っている、くせ毛上司を見ていると無性に腹が立ってくるのは毎度のことだ。
「【
いつものように私が思いの丈をぶつけると、ミストは「また始まったか」、と言わんばかりの呆れた表情を見せた。
「何度も言っているだろう。この国を裏から守る暗殺者諸君らは常日頃から身の丈にあった能力を有していなければならない。それを証明するためなのだよ。ついでに防衛装置にもなって一石二鳥じゃないか」
にこやかに、そう言い放つミストを横目に、自分の席へと腰を下ろした私は再度、大きなため息を零した。
「そうカッカするなパト。お前のコードネームはなんだ?」
「なにを今更、『愛国者』でしょ?」
「そうだ。『愛国者』だ。名誉な名前じゃないか。数いる暗殺者の中でも、お前程国から見染められた名を持つ者はいない。そうだろう?」
「嬉しくないわよ、そんな名前」
一向に揺るがない私の態度を見てか、ミストは小さく、ため息を零す。
そんなことをしていると、私が入ってきたところと同じ扉が開いた。そして、その扉の向うにいたメディーが部屋の中へと入ってくる。
「お疲れさまメディー、今日も完璧なオペレータだったね」
チームのメンバー、一人一人に激励を忘れない上官の鑑を見せつけられる。部屋に入ってきたメディーこと【
「あーあ、パトもメディーくらい落ち着きがあったらいいのに」
「口うるさくて悪かったわね。全員が全員、メディーみたいに黙りこくったら、それこそ、このチームはお終いよ」
「私はパトのそういうところ結構、好きだよ。でも、別に常日頃から黙ってるワケじゃない。興味がないだけ」
メディーは表情を変えることなくそう言い残し、メガネの手入れを始めてしまった。
「あとは【
「でしょうね」
予定では今回の任務が終了の後、再度すぐに別の任務に取り掛かる、と聞いている。しかし、レインとアイが帰ってくるまでは、先には進めない。そうとなればこの時間を無駄に使うわけにはいかない。私は日々、多忙なのだ。
「じゃあ私はちょっと仮眠でも、取らせてもらおうかな」
「ああ、そうするといい。おやすみ、パト」
「ええ、おやすみなさい」
返答して10秒もしないうちに私は夢の世界へと旅立っていった。
※
人は夢を見る生き物だ。夢を見ない人間はいない。
私はいつも同じ夢を見る。何もない大きな部屋の中で、ポツンと一人突っ立っている自分。
私には仕事以外、何もない。けど、一人になるのは怖いことだと思っている。
「お〜い、パト〜帰ったわよ〜」
心地よい微睡みの中で誰かが私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「次の仕事が控えてるんだから。早く起きないとイタズラしちゃうぞ〜」
ぬるま湯につかったような感覚から、少しずつ体を起こしてゆく。やがて、どんどん意識は鮮明になってゆき「ああ、そろそろ目覚められそうだな」、といったところで、わき腹に強い刺激が走った。
「ヒャンッ⁉」
「う~わ、パトちゃんったら、ひゃん⁉ だって、可愛いィ~」
「アイ、殺されたいの?」
目覚めて一発目に拝んだのは、暗殺者のくせにツインテールをヒラヒラさせ、洋服も粧し込んで浮ついた少女の顔だった。
「業務外での殺しはご法度だよ。パトちゃん、知らないの~?」
「うっさいッ! 逃げるな!」
「アハハハッ! パトちゃん、こわ~い」
大して広くもない部屋をアイは縦横無尽に逃げ回る。こんな性格だが、仕事になると冷徹な存在になるのだから恐ろしい。
しかし、そんなことは今は関係ない。あの憎たらしい女に痛い目をみせなくてはいけないのだ。お昼寝の一番気持ちいい瞬間を邪魔した罪は深い。
「二人ともその辺にしておこう。じゃないとミストの雷が落ちる」
騒ぐ私たちを抑制したのは、席に座って落ち着き払っているレインだった。ポニーテールが良く似合う、落ち着いた少女。私やアイが暴走すると、いつも冷静になだめてくれる大切な存在だ。
時刻は03:30、私がアジトに帰還したのが大体、22時に差し掛かろうとしたころだったので5時間は眠れたらしい。
「ありがとう、レイン。じゃあ、全員そろったことだし席についてくれるかな?」
ミストの声かけにより、全員が仕事のスイッチを切り替え、集中する。
「さて、早速本題に入るよ。今回、私たちに依頼された仕事は正直に言って過去最大の難易度だと、最初に宣言しておこう」
「へェー、面白いじゃない」
【
「上層部から降りてきた情報だが、ヨーロッパで騒がれていた巨大テロ組織、【シクサス】のメンバーが現在、一人で日本に潜伏しているらしい。様相、性別、年齢、能力、所在、すべてが不明だが、だからといって見逃していい話ではない。それは理解できるだろう?」
シクサスといえば昔、一時期は国家転覆も容易に可能だといわれていた異能力者集団ではないか。さすがの私でも知っているビックネームだ。
今でこそ、海外の暗殺者達に構成員を根絶やしにされ、組織は衰退の一歩をたどっているらしいが、当時の幹部連中の暗殺報告はまだされていない。マンパワーさえ失ったが危険な連中であることは変わりないだろう。
それが我が国、日本に参入してきたというのは非常によろしくない事態である。まだ一人だとはいえ、そいつを容易に泳がせてしまえば、日本のセキュリティは甘い、と海外のテロ集団に晒すようなもの。そんな事態は許されない。
「殺すよ、絶対に。任せて、【
「ああ、【
【
「しかし、今回の仕事はとても厄介だ。まず、標的を定かにしなくてはならない。現在、公安警察のほうで目下調査中、とのことだが我々も悠長に腰を据えている場合ではない。シクサスのメンバーを早急に暗殺するため、諸君らにも現場調査に参加してもらう」
「そういうことなら、私に任せて。少ない手がかりでも、私の能力なら検索をかけることが出来る。きっと役に立てるはずだよ」
「もちろん、【
「うん、任せて」
となれば、私と他二名の仕事は現場調査、ということか。いいだろう。
「では、【
「「了解」」
【
「よし、じゃあ現場に出る三人には私の能力で変身してもらおう。どんな容姿がいい?」
「とびっきり、かわいいやつでお願い」
「私はあんまり目立たなくていいかな」
【
「なんだっていいよ、容姿なんか」
「分かった。じゃあいくよ」
【
「それでは【
大きく息を吸ってから【
「もし、標的と出会したとしても先走るな。いつも通り、情報を持ち帰り綿密な策を立ててチームで叩く。それが、我ら【ファミリア】のやり方だ。分かったな」
「「了解」」
各々が、自分なりの覚悟を決めて、ミーティングは幕を閉じる。そして、それは同時に全ての幕開けでもあった。
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