第7話 あなたも契約、してみませんか?


「……は? 残高不足って……いやいや、銀行口座じゃないんだからさ、何言ってるんだか」


 もう一度入力する。

 しかし回答は同じだった。


「残高が不足しています」


「……おいおい、何言って……そういうボケはいらないから。何も魂100年分とか言ってないから。たったの1日だから。何だよ残高不足って」


 額に嫌な汗が滲んできた。文字を打つ手が震える。

 頭の中では、この10年で契約した魂の日数を思い出していた。


 確かに色々と契約したけど、大した契約はしてないよ。一番大きかった契約でも、大学受験の300日。まあ、会社を立ち上げた時とか、大手との取引の時にはそれ以上だったけど……でもあれは、人生の重要な局面だったからで、必要な投資だったんだよ。それにあとは、1日とか3日とか……そりゃまあ、たまに50日とか使ったこともあるけど、それでも残高不足になるなんてこと……




 その時視界の片隅に、猛スピードで向かってくる車が飛び込んできた。




 え……

 まさか……


 全身が硬直した。

 反応出来ない。


 そう思った瞬間、世界がその動きを止めた。


 時間の停止。


 車も、空を飛ぶ鳥も、道行く人々も。

 何もかもが止まっていた。





「ご利用、ありがとうございました」





 突然耳元に響いた声。

 振り返るとそこには、あのお姉さんが笑みを浮かべて立っていた。


 ――悪魔的な笑みで。


「え……」


 その瞬間、時間の流れが戻った。


 そして。


 俺は突っ込んできた車によって、一瞬の内にただの肉塊へとなった。






「先輩、お疲れ様です」


「お疲れ。調子はどう?」


「中々うまくいきませんね。人間って本当、命を捨てることに抵抗を持ってますから」


「そうね。誰でも命は惜しいから。それに何より、人間は自分も死ぬんだってことを理解出来てない生き物だから」


「そういう意味では先輩の始めたサービス、本当に効率的ですよね」


「使ってみる?」


「いえいえ、半分は使用料で先輩に取られるじゃないですか」


「ふふっ、それもそうね。じゃああなたも、何か効率的な回収方法、考えたらいいと思うわよ」


「それが思いつけばいいんですけどね。にしても先輩、そのサービスを始めてから、どんどん成績が上がってますよね」


「そうね。この前もね、普通に生きていれば平均寿命以上だった人間の魂、10年で回収出来たし」


「いいなぁ、ほんと」


「これってね、人間のサービスを参考にしたの」


「人間のサービス?」


「ええ。融資とか、ローン返済とかなんだけどね」


「そんなのを参考にしたんですか」


「人間の中にはね、一度でもそのサービスのお世話になると、そこから抜け出せなくなるタイプがいるの。それを見極めるのが難しいんだけどね。

 初めは1日とか2日とかで満足する。それにまだ、魂を削ってる恐怖感がある。でもね、それを続けていく内にね、段々麻痺してくるの。それと……この前も使ったし、まあ今回もいいかって思ったり、これは頑張った自分へのご褒美に、とか言って使ったりね。

 人間ってね、過ぎ去った10年を観測することは出来るけど、未来の1日を認識することが出来ないの。そこを狙ったって訳」


「なるほどなるほど。麻痺していくっていうのは、分かる気がします」


「あら、あなたもそっち側? それならこれ、使ってみる?」


「いえいえ、いらないですって。どこの世界に、魂の契約をする悪魔がいるんですか」


「それもそうね、ふふっ」





 ビルの屋上。笑顔で話す二人の悪魔。

 今日もまた魂を求めて、彼女たちは契約者を探すのだった。




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最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

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