第5話 契約


 クラスに一人、気になる女子がいた。

 清潔感のあるかわいい女子。それでいて、俺みたいな存在にも優しく声をかけてくれる。


 そんな彼女がある時を境にして、女子たちからいじめを受けるようになった。

 詳しい理由は知らないが、多分くだらない行き違いでもあったんだろう。

 彼女はカースト上位の女子たちに目をつけられ、陰湿な嫌がらせを受けるようになっていった。そして女子たちは、男子にもそれに同調するよう圧力をかけてきた。

 その結果、彼女はクラスで孤立した存在になった。

 気になっていた女子がそんな仕打ちを受けていることに、俺は苛立ちを覚えていた。

 何とかしてあげたい。でも、俺も今の彼女と同じく、クラスでの立場は下の下だ。そんな俺が何をしたところで、どうなるものでもない。下手に動けば、俺まで攻撃の対象にされてしまう。


 そんなことを思っている時にふと、タブレットのことを思い出した。

 そうだ。彼女のいじめをなくすには、どれぐらいの魂が必要なんだろう。

 家に帰った俺は、タブレットに「彼女のいじめがなくなる」と入力した。


 結果は……魂3日分と出た。


 3日。俺が魂を3日差し出すことで、彼女は元の楽しい高校生活を取り戻すことが出来るのか。そう思うと、安いと思った。受験の僅か100分の1の代償だ。

 こんな俺が彼女の役に立つ。なんて素晴らしいことなんだろう。そう思い契約ボタンを押そうとしたのだが、その時俺の脳裏に、少しだけやましい考えが浮かんだ。

 契約して彼女のいじめがなくなったところで、彼女は俺のおかげだと気付かない。こっちは魂を支払ってまでして救ってあげるんだ、せめて感謝ぐらいはしてもらいたい。


「俺のおかげで彼女のいじめがなくなる」


 そう入力してみた。結果は、魂10日分に増えていた。


「俺のおかげでいじめがなくなり、彼女は俺に恋をする」


 魂30日分。


 ……これって安くない?

 受験の10分の1の代償で、彼女がいじめから解放され、しかも俺のことを好きになってくれる。自称童帝、俺のような男、どう転んでも一生彼女も出来ない筈だ。それが実現するんだ。

 そう思うと、頭の中に一気に花が咲き乱れた。

 俺はにやけた顔で契約ボタンを押した。


「って、押しちゃったよ俺!」


 押したと同時にクールダウンした俺は、慌ててキャンセルボタンを探した。一時のテンションで寿命を30日も使ってしまった。そう考えると少し血の気が引いた。

 しかしどこを探しても、キャンセルボタンは見つからなかった。ヘルプから探してみると、「契約に関して」のところに、「キャンセルは受け付けられません」と書かれていた。


「まじか……」


 どうあがいても、これは決定事項の様だった。自分で決めたこととは言え、俺は自分の命を30日分、捨ててしまったことになる。

 ボタンを押してしまった後悔と恐怖。それが代わる代わる脳内を巡り、その日は遅くまで眠ることが出来なかった。





 次の日。

 相変わらず彼女は無視されていた。目が合うとクスクスと笑われている。


 彼女はうつむき、肩を震わせている。連日こんな嫌がらせを受けているんだ、弱気にもなるだろう。こんな状況、俺ならとっくに学校を休んでいる。そう思うと、彼女の強さに胸が熱くなった。


 クラスの空気が、彼女を異分子として疎外している。

 そんな空気に反吐が出そうになった。


 気が付けば俺は立ち上がり、大声を上げていた。


「彼女が何をしたって言うんだよ! 今笑ったやつ、何が面白いんだ? 彼女のことを無視して、陰でヒソヒソ笑いものにして。もし自分がそうなってしまったら……そんな風には考えられないのかよ!」


 俺の言葉に、教室が静まり返った。みんな、俺のことを唖然とした表情で見ている。

 うつむいていた彼女までもが顔を上げ、俺をみつめている。


 ……と言うか、俺が一番驚いていた。動揺していた。

 何言ってるんだ俺! 教師に当てられない限り、声も出したことのない俺が、みんなに向かって何を言ってるんだ!


 誰にも話しかけられないという点では、俺も彼女と同じだ。と言うか、俺は存在自体が空気なんだ。そんな俺が彼女をかばって、クラスの総意に意見してる。


 なんてことだ、俺。

 終わったよ。


 そう思い、うつむきながら座った俺。その俺の耳に、あちこちから拍手が聞こえてきた。


「……え?」


 拍手は少しずつ大きくなり、やがて教室内を埋め尽くした。どこからともなく歓声が上がり、気が付けばみんなが俺の周りに集まっていた。


「すごい! すごいよお前!」

「私、感動しちゃった!」

「何やってたんだよ俺、そう思ったよ! お前の言う通りだ、気付かせてくれてありがとう!」


 え……え?


 訳が分からないままに、俺はクラスメイトたちからの称賛の言葉を浴びていた。

 その人だかりの中から一歩前に出て来た彼女は、涙目で俺の手を握ってきた。


「ありがとう、ありがとう……あなたのおかげで私、ここにいていいんだって思えるようになったよ。あなたのような人に出会えて嬉しい……私、ずっとあなたを待っていたような気がする」





 何だ何だ、何なんだこの三文芝居は!

 昭和の学園物でも、こんな脚本だったらボコボコにされるぞ!

 誰だ! この脚本書いたやつは!


 ……でもまあ、悪い気はしない、かな……



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