第4話 タブレット


 それからの俺は、時間を見つけてはタブレットを開いていた。


 あのお姉さんが言ったこと、真に受けた訳ではない。どんな願いでも叶うなんて、信じる方がどうかしている。

 しかしもし。本当にそれが実現するのだとしたら。

 ひょっとしたら俺は、最強のアイテムを手に入れたことになるんじゃないだろうか。そう思ったからだ。


 何よりお姉さんは、ちゃんとリスクも教えてくれた。

 自分の寿命が確実に減っていく。それはある意味、生物として一番負ってはならないリスクだ。

 それを隠さずに教えてくれた。そういう意味ではあのお姉さん、いい人なのかも知れない。


 ただ一つ、心に引っかかっていることがあった。

 お姉さんは、俺の残りの寿命を教えてくれなかった。使える寿命がどれだけあるのか分からないのに、こんな物に頼るのは自殺行為だとも言える。


 しかしそう思う反面、別の解釈が浮かぶ。

 残り僅かな寿命の人間にこれを渡したところで、お姉さんの方に大した見返りがあるとは思えない。それなりの寿命が残されているからこそ、分割という形で少しずつ寿命を削っていきたいのではないだろうか。


 ……とまあ、そんな脈絡のないことを考えながらこの数日、俺はずっとタブレットを触っていた。

 今すぐ使う気はない。大した願いも持ってない、この世に執着も希望も持ってない俺には、この代物しろものは無用の長物とも言える。

 それでも人生、いつ何が起こるか分からない。

 その時が来てから慌てふためくより、こうして前準備をしておくのは決して無駄ではない筈だ。





 俺は様々な願いを想定して、タブレットに打ち込んでいった。検索は無料と書いてあった。

 まずは大学合格。

 今の学力でいける大学を入力すると、魂7日分と表示された。

 なるほど。問題なく合格出来るところなら、念には念を入れて、7日分の寿命と引き換えに合格が保証されるという訳だ。合理的だ。

 次に、逆立ちしても絶対に入れない一流大学を入れてみた。

 すると、魂300日分と表示された。約1年分の寿命だ。そう考えただけで、この選択はないなと思った。


 しかしすぐに考え直した。

 ちょっと待てよ。


 俺がここに合格しようと思えば、朝から晩まで勉強漬けの日々を、どれだけ続けたらいいのだろうか。

 ここに表示されているように、1年程度で入れるとはとても思えない。恐らくは2浪、3浪してぎりぎり入れる、そんなところじゃないだろうか。それも、全てを勉強に捧げたとしての話だ。

 勉強漬けの日々を1000日も繰り返すことを思えば、300日を差し出して自由な生活を満喫する方が、価値のある生き方にならないだろうか。しかも合格は約束されているのだ。

 そう考えると、魂300日分というのはかなりお得な気がしてきた。


 もしここに現役で合格出来たならば、俺の人生はかなり変わる。就職にしても、今より選択肢がずっと広がる筈だ。収入だって期待出来る。

 それが「僅か」300日の寿命と引き換えに、手に入るのだ。

 このままタブレットを使わずに生きていけば、お姉さんが言ったように、記憶にも残らないような無為な日々をこれからも続ける筈だ。きっと300日なんかじゃ済まないだろう。それが、その無駄な300日を差し出すことで、見える景色がまるで違う世界に行けるのだ。


 人生にリスクはつきものだ。代償を支払わずに得られるものなど、大したものではない。

 これはつまり……俺は本当に、とんでもない代物しろものを手に入れたのではないだろうか。

 しかも、使うか使わないかは俺の意思に委ねられている。俺が自分の意思で、自分の命を使っていくことが出来るんだ。


 俺はお姉さんと出会ったことで。

 このタブレットを手に入れたことで。

 人生の勝ち組に名を連ねる可能性を得たのではないのだろうか。



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