第11話 入学二日目 朝 後編

 自分の実はな一面というよくわからないお題に無難な内容を書き込み、隣や後ろを見回す。全員頭を悩ませつつもなんとか書き込み終えたようだ。


「みんな書き終わった……のかな?」

「うん。私は書き終わったよ。実は恋愛話大好きですって書いた!」

「真和、それって実はでもなんでもなくない?まあうちも大したこと書いてないから人のこと言えないんだけどねー」

「私は普段から12時間睡眠を心がけてるって書いた。嘘はついてない」


 どうだと言わんばかりに胸を張って書き終わったプリントを見せてくる猫垣さん。しかし態度から滲み出る自信とは裏腹に書いてあることは中々にぶっ飛んでいた。


「それ授業中に寝てるから、とか言わないよね?奏?」

「そうだけど?夜は大事な睡眠時間。それでも寝足りないんだから仕方ない」

「あはは……まあ印象には残るんじゃないかな?」

「だね。一応僕も教えとくと夜中にカップラーメン食べるのが癖になっちゃってるって内容だよ。中学の最後の方とか部活もないし受験も終わってたでしょ?次の日学校がないってだけで金曜日の夜から土曜日とかの早朝まで起きて好きなことしてたりしたんだけどさ、そうすると深夜にお腹空いちゃうんだよね」

「あ、いけないんだー!そういうことすると体に悪いんだよ?」

「夜寝ないとかありえないんですけど……お前って意外とヤバい?」

「奏、失礼だよ。でも確かに意外かも。まだちょっとしか話してないけど名護谷君は優等生っぽい性格かなって思ってたからそういう背徳感のあることしてるんだ〜って感じ。でも中学生の頃からって親になんか言われたりしなかったの?」


 うーむ。やっぱり夜更かしは良くないらしい。高橋さん以外からは総スカンをもらってしまった。あ、家に両親がいることの方が少ないって実はな一面に書けるのでは?


「まあ、うん。普通なら言われるのかもしれないんだけど、僕の両親二人とも仕事で一年中国内飛び回ってるから実質一人暮らしみたいになってるんだよね。だから体調さえ壊さなければ特に文句は言われないかな」


 僕がそう言うと、三人は一瞬キョトンとした。そしてすごい勢いで猫垣さんを除いた二人が質問攻めを開始した。


「え?何それズルくない!?」

「そうだよ羨ましい!!」

「いつから実質一人暮らしなの!?」

「家って一軒家?それともマンション?」

「やっぱ一人暮らしだと好き勝手できるの?」

「もしかして彼女さんとか連れ込んだり?」

「確かに!そんなことになっちゃったら……」

「名護谷……お前、苦労してたんだな……」


 盛り上がる二人をよそに猫垣さんに肩を叩かれる。あれ?なんか哀れまれてない?いや、さっきまでの無いわーって視線よりはマシだけども。というかお二人さん、暴走してない?大丈夫?変なこと口走ってますよ?残念ながら彼女なんて生まれてこの方できたことないんですけどね!ええ!……落ち着け僕。僕までテンションつられてどうする?


「奏ちゃん、私それは違う気がする。あ、でも一人暮らしが大変じゃない訳ないよね。あれ?じゃあ苦労してる?」

「ねえ、うち思ったんだけどそれこそ自分の実はな一面に書くべきじゃない?」

「確かに!そうだよなんで書かないの?」

「へ?えっと……」


 あぁ……一瞬落ち着いたと思ったのに。と言うかなんで書かなかったかなんて僕の中で当たり前すぎてこれが特殊だってこと忘れてたからなんだけどなぁ。まあ隠したかったってことに……は今更できないだろうから正直に話そう。


「思い返してみたんだけど僕の中で自分の置かれてる環境が普通じゃないってことを忘れてたから書いてなかっただけなんだよね。でも今から書き直すのも面倒だしこのままでいいかな」

「なーんだそう言うことか……ってまだうちらの質問に一個も答えてもらってないよ!」

「うんうん!さあ答えてもらうよ名護谷君!」


好奇心の赴くままに詰め寄ってくる二人。ジリジリとにじり寄ってくる彼女らにぶつからないように身体を逸らしているが、これ以上逸らしたら椅子から落ちてしまう。……なんて、勇者の体幹をもってすれば耐えられるけどそんなことをすれば不審に思われてしまうかもしれない。


「分かった、分かったって!答えるからそんな詰め寄らないで!近いから!!これ以上は無理!落ちる!」

「あ、ごめん……」

「うちも……」


 なんとか必死の訴えが通じたのか、我に返った二人は恥ずかしそうに乗り出していた身体を引っ込め席に座る。僕もギリギリまで逸らしていた上半身を元に戻して息をつく。


「あはは……なんで私たちあんな興奮してたんだろうね?」

「うちも……いくら興味が沸いたからってあんなに詰め寄らなくても良かったのに」

「いやいや、気にしてないって。でももうすぐ自己紹介の……」

「ちょっと待とうか!これは二人のために聞くが名護谷、女子二人に詰め寄られて悪い気はしなかったんじゃないか?そこんとこどうなん?」


 つい先ほどまでの眠そうな態度はどこへやら猫垣さんはおもちゃを見つけたと言わんばかりのキラキラと言うよりギラギラした目で僕をロックオンしている。若干どころではなく変な口調になっているがそんな状態でもあれは異世界のモンスター達と同じ狩人の目だ。奴は僕を逃す気はないらしい。……いや、そうじゃない。まだ周りもガヤガヤ話しているから目立ってないけどもうすぐ時間のはずだ。どうにかせねば自己紹介が始まっても後ろからずっとつつかれかねない。


「ちょっと!いきなりなんてこと聞いてるの奏ちゃん!」

「そうだよ!名護谷君も本気にしちゃダメだよ?」


 二人が自分たちを引き合いに出されて怒っているのか顔が少し赤くなっているし少し声もうわずっているように聞こえた。それなのにどうしてチラチラと僕の顔を見てくるのだろう?……羞恥心なんてものは捨ててなんぼだと誰かがテレビで言っていた。この場をさっさと切り抜けるにはこれしかないか?一か八か正直に言ってみよう。


「……そんなの悪い気はしなかったに決まってる。あとまだ女子との距離感の測り方分かってなくていきなり近づかれるとドキドキして心臓破裂するかと思ったからやめて欲しい」

「よく言った!お二人さん、聞いての通り悪い気はしなかったって……あれ?」


 結局捨てきれなかった羞恥心によって途中から右手で顔を覆ってしまったけれどこれなら二人のことを間接的に褒められたんじゃないか?そして猫垣の疑問の声を聞いて反射的に顔を上げると、両手で顔を覆った二人がいた。……あれ?もしかして対応間違えた?


「んーと……これは流石に私が悪いか。名護谷、そんな顔しなくても照れて悶えてるだけだから気にしなくていい。それにそろそろ30分経つから自己紹介の内容何話すか考えておくべき。そこのお二人さんも、吹っ掛けた私が悪かったから切り替えて」

「そうなんだ?まぁ、うん。とりあえず分かった」

「……ェ」

「なんて?」

「パフェ」

「……分かった。夏織はパフェで手を打つってことでいいね?」

「うん。……言質取ったからね」

「分かってるって」


 高橋さんは机に突っ伏した体勢になってからジト目を猫垣さんに向けてパフェを要求していた。


「じゃあ私もそれで」

「……名護谷、君が照れるくせに彼女らを悶えさせるようなことを言ったのも悪いと思わないか?」


 ギギギという音が聞こえるような感じで首を回してこっちを向くと、猫垣さんが僕の手を掴んできた。彼女の表情は清々しい程の笑顔になっていた。


「猫垣さんさっきと言っていること違くない?」

「悪かったと思ってる」

「まあ……それなら僕も付き合うよ」

「助かる!」

「ねえ、それ奏の反省にならなくない?」

「それに名護谷君に悪いからダメ」

「ウ……!」


 今度は二人にジト目を向けられる猫垣さん。なんとか自己紹介始まるまでに収めないとだけどどうすれば良いんだ?


「えっと……この場合僕はどうしたら?」

「名護谷君はもう気にしないで良いんだよ。お仕置きが必要なのは奏だけだから」

「奏ちゃんとは今日が初めましてだけど、これからとっても仲良くなれそうで良かったな〜」

「ヒェッ!?どうかお手柔らかにお願いす……します」


 二人ともにこやかな笑みを浮かべているが目が笑っていない。これは相当扱かれるのでは?段々声が小さくなっていく猫垣さんに心の中で手を合わせる。たとえ勇者の力を持っていようが現代社会の人間関係においてそんなものは対して役には立たないらしい。

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