第10話 入学二日目 朝 前編
席に戻ってから改めて周りを見渡すと、男子連中は見事に端の席以外は全員前後左右を女子に囲まれていた。全員どうしてこうなった感が否めないがみんなそれぞれの方法で乗り切っているようだ。女子に対する耐性がある奴は上手いこと会話しているけどそうじゃない奴らも何とか話に混ざれていそうで良かった。
「名護谷君、さっきからキョロキョロしてどうしたの?」
……本当に他人の心配ばかりしている場合じゃないな。僕の隣は幸か不幸か目に毒なほどの容姿の持ち主なのだから。なんとか僕の浅ましい部分を押し殺して接し続けなければ。
「え?あー大した事じゃないんだけど、さっき話してた男子のみんなどんな感じか気になっちゃってさ。でも皆頑張ってコミュニケーションとってるみたい。だから僕もクラスの男子内だけじゃなく女子達とも仲良くなれるように頑張んなきゃな〜って思ってたとこだよ」
「そっか!ん〜じゃあさ、目の前にいる女子と仲良くなるためにお話ししない?」
僕の心境を見透かしてるわけではないと思うが、悪戯っぽく笑う彼女は第一印象とは違って小悪魔みたいな人なのかもしれない。
「ちょっとちょっと!
「えー?誰も一対一で話そうなんて言ってないけどな〜?」
「あんな言い方したら普通そう思うでしょ?ね、名護谷君?」
返事をする前に後ろの席の人が会話に入ってきたと思ったら急に僕に来た!?……この場合共感するのが正しいんだよな?別にここで相槌を打ったからって小鳥遊さんに恨まれたりしない……よな?
「うん。今の言い方は僕も小鳥遊さんとだけ話すのかなって思ったよ」
「あちゃ〜名護谷君に言われちゃ何も言い返せないよー!」
「ま、そういう事だからうちも会話に混ぜてね?名護谷君!」
「うん、よろしくね。えっと……」
「あ、ごめんごめん、うちの自己紹介がまだだったね。うちは
「わかった。改めてよろしく、高橋さん。あと小鳥遊さんも」
「うん!」
「ねえ、なんか私ついでじゃない?」
「そんな事ないって。あ、そういえば高橋さんはさっきから自然に僕のこと名護谷君って呼んでくれてるけどなんで僕の名字知ってるの?」
「お、それ聞いちゃう?それはね……」
「あ!二人とも、先生来たみたいだよ!」
しどろもどろにならないようにするので精一杯だけど、なんとか仲良くなれそうで良かった。そんな感じで話が弾み始めたところで教室の扉が開く。そして黒髪をポニーテールに結んだスーツ姿の若い女性が入ってきた。
「おはよう。改めてになるけど、私がこのクラスの担任を務めることになった
クラスメイト全員が拍手する。梔子先生はそれに照れたのか笑いながらながら自己紹介と連絡事項を続ける。
「みんな分かってるかもしれないけど、明後日までは午前中までしか授業が無い代わりに明日の三限までと明後日の二限までは入学時のテストがあるの。嫌かもしれないけど頑張ってね」
テストという単語に全員の空気が重くなる。まあ当然だろう。僕も含めてテストが好きな高校生なんて聞いたことがない。学校に一人くらいはテストなんてどうでもいいという人もいるかもしれない。だとしても少なくともこのクラスにはそんな奴は……ん?右斜前方のこの人だけは動揺してない?もう少し探ってみるか。
「……むしろやる気満々?」
気配察知スキルを発動して探った結果に思わずボソッと呟いてしまった。
「さて、みんな今日の予定は分かった?もし質問があったら早いうちに周りの人に聞いておくこと。じゃあ少し早いけどこれでSHRは終わり。あ、立ち歩いてもいいけど1限の授業開始時間になったら最初の自己紹介のためにプリント配るからそれまでに席についててね〜」
「「「はーい」」」
気の抜けた返事を返したみんなは思い思いに近くの人と話し始める。それにしても困った。くだらないことに意識向けちゃって先生の話聞いてなかった……。
「自己紹介かー、うちあれずっと慣れないんだよね〜」
「私もだよ。なんていうか話すことに困るし好きなこととか話せって言われても相手が興味持ってるかもわからないのに話すのは気が引けるよね」
「うんうん。あ!それもあるけどさ、一気に全員の聞いても分かんなくなるじゃん?だから本当に名前だけでいいと思うんだよね〜」
「確かに!一応全員の自己紹介聞いてるのに大半は覚えてないんだよね。ねぇ、名護谷君はどう?」
「僕?うーん、席が近い人の名前ぐらいは覚えようとしてるけど毎回聞き直しちゃうくらいには覚えてないかな」
「あはは!そんなもんだよね〜」
どうしよう、先生が何話してたか聞きたいのに自然と切り出す方法が分からない。結局そのまま無難に会話を続けているとチャイムが鳴ってしまった。
「お、みんな席についてて偉いね。それじゃあプリント配るよ〜」
教室に戻ってきた先生は抱えていたプリントを最前列の人達に配る。前の席から渡されたプリントを自分も後ろに回してからジッと見つめると、名前と好きなもの、嫌いなもの、最近ハマっていることや中学校時代の部活など概ね想像通りの内容が記入欄とともに書かれていた。
「じゃあ30分したら出席番号順に自己紹介始めるよ。雑談してもいいけど周りのクラスの迷惑にならない程度に話してね〜」
筆箱からシャーペンを取り出してパッと埋められる部分の記入を進めていると、真後ろから小さく欠伸をする声が聞こえた。
「ふわぁ……」
「あ、奏ちゃん起きた?」
気になって振り返ると、高橋さんが隣で欠伸を噛み殺ながらうとうとしていた女子生徒に声をかけていた。
「ん……起きたよ。でもまだ眠いかな。あ、先生何か言ってた?」
「えーっと、明日と明後日がテストってことと今日は3限目まで全部
幸運にも聞きそびれたことが聞けてしまった。まあ通常授業が始まるまでは大したことは無いと思うしこんなものだろう。
「え?うーん……無かったと思うよ」
「僕も無いと思う」
「そっか。これで大丈夫?」
「うん、ありがと夏織」
「いいのいいの。あ、紹介するね。二人とも、この眠そうにしてる背の小さくてかわいい子が
「夏織、うるさい。あと小さいは余計。まぁ……眠ってても見つかり難い点だけは気に入ってるけど」
自分の親友を紹介したくて仕方ないといった様子で捲し立てる高橋さんに少しうんざりしながらも本気で嫌がってるようには見えない反応を返す猫垣さん。
「あはは……よろしくね。奏ちゃん」
「僕もよろしく、猫垣さん」
「うん、二人ともよろしく」
「あ、みんな自己紹介のプリント書き終わった?」
僕と小鳥遊さんが猫垣さんとの挨拶を終えたのを見計らってか高橋さんが声をかけてくる。彼女も悩まずに埋めれるところは埋めたのだろう。
「いや、僕はまだ書き終わってないよ」
「私も書き終わってない」
「そもそも私さっきまで寝ぼけてたし。まだ名前も書いてないよ」
「ん〜うちも部活や好きなものは無難に書いたんだけど残りがな〜」
「私は空白さえなければいいと思うよ」
「とりあえず自己紹介だし自分の知ってほしいことを書いておけばいいのかな?」
「……面倒だから書く量が少なくなるのなら私はそれで良い」
「もー奏は面倒くさがりなんだから……ま、とりあえずあと何あったっけ?」
高橋さんに言われて残りの埋まっていない欄を確認する。一つを除いて少し考えれば埋めれそうだ。
「えっと……あとみんな埋めてないのはこれから頑張りたいこと、みんなに一言、頑張りたい教科、自分の実はな一面……最後のはともかくそれ以外を埋めようか」
「だね。時間もそんなにないし続きを続きを書いちゃおう」
「なんでもいい、さっさと終わらせたい」
さて、他は埋めたけど自分の実はな一面とやらを埋めなければならないが、馬鹿正直に実は「元勇者です」なんて書ける訳もなく……。ま、自分から話さなければバレない……よな?
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