第8話 小さな決意

 自宅から出て検知結界に反応があった方を見渡すと、丁度僕達の家の目の前の道路を横切り、この前倒した奴の元へと向かう影が見えた。


「あれだな。さて、先手必勝と行きますか」


 辛うじて人型を保っている、といった様子の影は見た目だけならペチャッとでも聞こえてきそうな液状の身体をしているにも関わらず一切音を立てずに歩いていた。


「前倒した奴とは違って自我が無い……?いや、殴ってみたほうが早いか」

「ふわぁ……おはようございまーす……ってあれ?守さん?というかあれはダークマターズの何か!?え?あんな弱っちそうなのいましたっけ?」


 楽しい時間を邪魔されて、少しイライラしていた僕は寝起きのフレアを無視して脳筋としか言えない判断を下した。


魔手刃ハンドスラッシュ、派生技、纏拳てんけん!」


 目にも止まらぬ速度で影の真上に飛び込むと、技名の通り魔力を纏わせた拳を叩き込む。パァン!という風船が割れるような音と共にその影は弾け飛び、周囲一帯に霧散して消えていった。


「え?……え?あ、あの?守さん?今のは一体何だったんですか?」


 事態が飲み込めず目をパチクリさせているフレア。こうして見るとぬいぐるみにものすごく似ているがそうじゃないのがよくわかる。


「それにしても手応えが全くなかったな」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ。あ、でもこんなのは破壊したみたいかな」


 殴った右手をグーパーしながらしゃがんで、それを拾う。


「それは?」

「多分さっき倒した奴の核かなんかだと思う。異世界に居た時スライ厶っていうモンスターがいたんだけどそいつは核を壊すか自壊するまで魔法でダメージを与えるかしないと倒せないんだ。んで、これはその核とよく似ている」


 僕の説明を聞いて腕組みをしたフレアは少し考え込む素振りを見せると、口を開いた。


「なるほど。そういえば以前に守さんが倒した奴は核なんてありませんでしたよね?」

「そうだな。壊せなかったのか、はたまた核が存在しなかったのか……どちらにしろ倒せてはいるんだよな?」

「はい。それは間違い無いです」

「あと、前倒した奴って最弱なんだよな?」

「はい。私のこれまでの経験と知識上そのはずだったのですが、先程のやつは私から見ても格下というかこう……未完成な感じがします」


 やっぱりか。それにしても未完成……いや、今考えても仕方ないだろう。早々に戻らねばまた心配されてしまう。


「オーケー。それについては今度しっかり考えよう。じゃあまた鞄入っててくれ」

「了解です!」


 なぜかビシッと敬礼したフレアを鞄に入れて、その鞄を自室に置く。


「これでよし。転移!」


 トイレの個室内に戻って来た僕は、使っていないが水を流してから手を洗って何食わぬ顔で席につく。


「よ〜遅かったな!」

「そうかな?というか父さん、今食事中なんだからそんな話題出さないで…って酒臭っ!もう大分飲んでるな……」


 席について食事を再開したはいいものの、あの短時間の内に父親二人は大分出来上がってしまっていた。顔が茹でダコのように真っ赤になっている。


「いくらなんでも早すぎるだろ……」


 僕が頭を抑えてやれやれといった感じで首を降っていると、向かいに座っている華ちゃんが申し訳無さそうに話しかけて来た。


「ごめんね、もうちょっと待てばって言ったんだけど……我慢できないって二人共飲み始めちゃった」

「父さん……」

「あら、良いじゃない。二人共久々に会ってテンション上がっているのよ。私達もそろそろ飲み始めたいと思っていたところなの。ねえ?七美?」

「そうね〜これ以上は私も我慢できないわね〜。というわけで私達も開けちゃおー!」


 全くこの大人達は……まぁ、今日くらいは介抱してやっても……ん?華ちゃんのご両親である桐月夫妻が飲むのは分かる。結婚記念日だし。でもうちの祝い事って僕の入学祝いだよな?


「ねえ、母さん?僕って一応今日の主役の一人だよね?」

「そうねぇ〜アンタがもう高校生か〜早いわね~」

「確かにいつの間にかとは思うけどそうじゃないよ!母さんは主役に介抱させる気?」

「大丈夫よ〜どうせ明日アンタ休みでしょ〜?」

「何が大丈夫なの!?それに母さん達明日また仕事行くんじゃないの?」

「あ、アンタちょっとそれは……」


 カタン、と乾いた音が響く。何故か殺気を感じて音のした方をむくと、七美さんが静かに微笑んでこちらを……正確には母さんを見ていた。


「ひーちゃん?」

「はひっ!」

「正座!」

「な、七美?その……話を…」

「せ・い・ざ!」

「はい……」


 母さんは七美おばさんの圧力に逆らえず正座をした。顔は優しく笑ってるのに目が……目が笑ってないよ……


「うわ〜ママのマジ説教モード久々に見たかも……」

「なんか……全面的に母さんが悪いはずなのに可哀想になってくる」

「駄目だよ守兄さん、もし説教されてる人を擁護したらその人も巻き込まれるからね?」

「オーケー。母さんが全部悪い」


 ちなみに華ちゃんの言った通り、まぁまぁと迂闊にも擁護しに行った父親二人は母さん共々三人仲良く七美おばさんに説教された。説教されている間の母さんは、いつもより一回りも二回りも小さくなって見えた。


「大人達は放っておいてこれ以上冷めちゃう前に続き食べようか」

「うん。あ、よそってあげるね。お皿頂戴?」

「じゃあお願い」


 僕と華ちゃんは、そのまま大人達のやり取りを聞き流しながら軽く喋りつつ夕飯を楽しんだ。大人達の分を残して食器を片付けた後、いい時間だからというのもあったが、華ちゃんが「任せて!」と自信満々に言うもんで両親を置いて家に帰ってきてしまった。


「いや、流石に中学生に任せるのはアウトでは?んーでも帰ってきちゃったしな〜」


 シャワーを浴びながらひとしきり悩んで、結局いつも通り遠視スキルで様子を見て駄目そうなら戻ろうという結論に至った。


「スキル発動。とりあえず今どんなもんかな……」


 寝間着に着替えた僕は、ベッドに座ると遠視スキルで桐月宅の様子を見てみる。


 丁度母さん達への説教が終わったらしい。三人とも足が痺れてるらしく悶えている。そして華ちゃんを片付けは良いからと先に寝かせるみたいだな。これなら大丈夫そう?……あ、皆ゴネてるけど七美おばさんが空いてないお酒全部冷蔵庫にしまい始めた。良かった、もうお開きらしい。まだプンスコしてる七美おばさんに怯えながら三人が片付けてる。


「うん。問題なさそう」


 遠視スキルを解除して、ベッドに背中から倒れこむ。今度七美おばさんにお詫びを何か持ってこう。そのためにもバイトとか始めてお金稼ぎをしたいけど……いつダークマターズがあらわれるか分からないんだよな〜


「仕方ない。内職的な稼ぎ方がないか探してみるか」

「いきなりぃ〜どうしたんですかぁ?」

「うおっ!?」


 目を閉じてため息をつくと、こっそりと近付いてきていたフレアがダイブしてきた。


「お前どうした?いつもこんなことしないだろ?」

「いや〜なんだか眠れなくってですね〜なんていうんでしたっけ?あ、そーだ!ハイ!ハイってやつですよ!」


 何かがツボに入ったのかずっとアハハハハと笑っているフレア。疲れてるのか?とりあえず休ませよう。


「スリープ!」

「むにゃあ〜それは状態いじょぉのぉ……」


 こいつ解説しながら寝やがった。どんだけ魔法好きなんだよ……ま、いつまでも悩んでたってしょうがないか。明日フレアが起きたらどうにかなるのか聞いてみよう。


「さて、僕も寝ようかな」


 眠りこけている フレアを鞄に移動させて、両親に見つからないようにしつつ念のため痛くならないようにタオルで隠す。


「ん〜おやすみなさ〜」

「なんだ寝言か。まあ挨拶は大切だよな。おやすみ」


 フレアに聞こえたかは知らないがそう呟いた僕は布団に潜る。もし睡眠中に奴らが現れても良いように検知結界を維持できるように魔力を込めると、久々の学校で思ったよりつかれていたのかあっという間にまぶたが落ちる。なんだかんだ今日は楽しかった。今日みたいな幸せな日がずっと続きますように。……いや、違う。何があっても守るんだ。


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