第7話 幸せな時間
あれからほぼ何事もなく平和な日々が続いて、遂に入学式が終わった。両親は写真を撮り終わって家に帰るなりバタバタと明日から仕事に戻るための支度を始めている。
夕食はたまたま結婚記念日が同じ日だった華ちゃんの両親の招待で一緒に食べることになったらしい。僕の入学祝いと桐月夫妻の結婚記念日のお祝いを一緒にやるなんて正直意味が分からない。
……でもおじさんもおばさんもきっとわざわざ意味なんて考えてなくてただ両親と一緒にお祝いがしたかっただけだろう。うちの両親は去年も一昨年も律儀にプレゼントと手紙は送るくせして自分達は顔を出さなかった。だからきっとそうだ。
両親と僕、3人揃ってインターホンを押すと笑顔の華ちゃんの母親である七美おばさんが笑顔で出てきた。
「いらっしゃい!お久しぶりね、守君。それにひーちゃんと
「久しぶり。悪いわね、ご馳走になっちゃって」
「二人揃って全然こいつのもとに居てやれないからな。隣に
七美おばさんと両親は雑談を始めてしまった。相変わらず仲良いなこの人達。
……父さん、息子をこいつ呼ばわりした挙句頭をワシャワシャするのそろそろ辞めない?
「 いえいえ、こっちこそうちの華がたまに面倒見てもらってるもの。頼りがいのある若い子が居て嬉しいわ」
「それ本当?うちの守が華ちゃんに世話されてるんじゃなくて?」
「そんなことないわ。だって春休みに華が悩み事相談してきた〜って言ってたもの」
「そうなのね。あ、ごめん守。待たせちゃったわね」
「うん、本当に。おばさん、ご無沙汰してます。それと結婚記念日おめでとうございます。あと、これまで直接言えてませんでしたけどお裾分けありがとうございました」
「あらあら。そんなこと気にしなくても良いのよ?作ったの私だけじゃ無いからね」
「華ちゃんがお手伝いしてくれるの?」
「そうなのよ!中学に上がるちょっと前からずーっとよ」
……また始まった。その後、何故もう一度雑談が終わるのを待たなきゃならないのかと僕が天を仰ごうとした時に華ちゃんがやって来てうちの両親に挨拶したあと親三人に雷を落とした。顔真っ赤にして怒ってたから多分親三人との会話中に何か触れられたく無いものがあったんだろう。何も考えず聞き流してたから全く覚えて無いけどね。
桐月家のリビングに入ると華ちゃんの父親、五輝さんが手に持っていた雑誌を置いて立ち上がった。
「ようやく来たね。三人共久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「そうね。こうして顔合わせるのはいつ以来かしらね?」
「この前の華ちゃんの誕生日以来じゃないか?だから8ヶ月振りかな」
そうだ。うちの両親が仕事を楽しむのは良い事だと思う。でもだからって家を二人して半年以上開けるのはどうなんだ?
「それ以降一昨日まで帰ってこなかったもんね」
「全く……紙人と雛乃さんが僕達と会えないのは仕事の都合上しょうがない。でも守君はもっと会う機会があってもいいと思うんだけどな。それと守君、君も僕達に会いにこないけど、おじさん達ってあんまり頼りないかい?」
急にこっちに話題が逸れたな。そのまま両親にもっと言って欲しかったんだけど……それより五輝おじさん、どうして大人だし仕事できる人なのにそんな小動物感のある不安な雰囲気を出せるんですか?やっぱり顔か!?イケメンはイケオジになっても雰囲気のコントロールができるのか!?……いや、落ち着け。落ち着くんだ名護谷守。お前は元勇者だろ?桐月家の顔が良いのは今に始まったことではない。それに顔が良い人達なら異世界で散々見てきたじゃないか。両親の遺伝子を引き継いでるはずなのにThe・フツメンの僕がイケメン美少女達(そうじゃない人も大勢いたけど)がニコニコしながら政治的会話をする社交界に勇者だからって放り込まれたあの時を思い出せ。……ってそうじゃない、五輝さんの質問に応えないと。
ここまでの思考を勝手に発動した高速演算スキルによって0.3秒の間に行った僕は申し訳無さそうな表情を浮かべつつ真剣な目で五輝さんの顔を見る。
「確かにこれまで僕はあまり頼ってないですが、そうじゃなくて自分なりに独り立ちを目標に頑張っているだけですので。ちゃんと必要なら頼りますから心配しないで下さい」
「そうか。それなら良かったよ。あ、でも紙人も雛乃さんもしっかりした息子だからって放置するんじゃなくてちゃんと帰ってくる日を増やす努力はするんだよ?」
「もちろん。そのために全速力で仕事を終わらせようと奔走してるんだから」
「まぁそれで帰れてないんだから本末転倒なのよね」
「グハッ……」
「私も人のこととやかく言えないけど」
キリッという擬音が付きそうなくらい分かっている的な事を言った父さんは母さんのド正論に見事に撃沈。その後母さんも自己嫌悪に陥ってしまった。
それに異世界で魔王を倒す、なんてを経験をしてしまった身からすると、ホームシックなんてとっくに克服している。そして高校生にもなって今更両親にできる限り家に居て欲しいとは思わない。思わないのだが、この状況でそんなことは言い出せないよなぁ……
「はいはい。せっかくのお祝いなんだからお説教はそこまでにしてね、あなた?」
「それもそうだな」
「華〜もう冷蔵庫から出して持ってきて良いわよ〜」
「はーい」
ナイスタイミングすぎるよ七美おばさん!そしてキッチンの方から返事が聞こえたと思ったら、華ちゃんがボウルいっぱいに乗ったサラダや木桶に敷き詰められた酢飯を持ってきた。そして運ばれてくるお皿を受け取って机に並べると、小さい頃からお祝いの時に何かと食べていたちらし寿司や他の料理で机が埋まっていた。
「今年はうちの華の手作りよ〜」
「ちょっとママ、わざわざそんなこと言わなくても……」
「良いじゃない、華ちゃんの手作り!」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもんだと思う。ただ、今は華ちゃんを七美さんがからかって、それを面白がっているうちの母親という構図だから華ちゃん的には不本意そうだ。父親二人は良いものを見たという表情でニコニコしてるし。二人して嫁大好きだからしょうがないんだろうけど。……もしかして気まずさを感じてるの僕だけ?
そんな事をぼんやりと考えていると、ギュルルルゥーと誰かのお腹が鳴った。
「いやーすまない。三人の話はいつまでも見ていられるんだけど、こんな美味しそうなものを目の前にしたらついお腹が減ってしまったよ」
「全くだ。たまたま俺は鳴らなかったけど、それでも今にもお腹と背中がくっつきそうだよ」
この父親共の腹の虫タイミング神か?よし、このままさっさと食べ始める流れに持っていこう。
「じゃあ早速頂こう!」
「では。皆飲み物持ったな?さ、僕達の結婚記念日と、守君の入学を祝って!乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
どれだけ荒んだ世界を経験したからこそ、たまにはこういうあったかい雰囲気は良いとより強く感じる。向こうの皆は元気にしているだろうか?……ん?
検知結界に反応があったので、該当場所を確認すると、前倒した辛うじて人型の奴より弱いが確かにダークマターズの反応だった。まったく……こんな時に現れなくてもいいだろうが。今までほとんど出てこなかったのに……
ん?奴より弱い……?ちょっと待て、アイツって確か一番雑魚のはずじゃなかったのか?まぁ弱い分にはありがたい。上手いこと抜け出してサクッと片付けよう。
「あれ?守兄なんか箸止まってる。美味しくなかった?」
しまった。考え事をするのに高速演算使ってなかったから思ったよりフリーズしてたのか。ちょっと華ちゃんの目が泣きそう!?ヤバい!
「いやいやいや!ちょっと考え事してただけだって!どれもとっても美味しいよ。この唐揚げとか二度揚げされて肉汁たっぷりだし衣パリパリだしポテトサラダも程よい味付けだしこのだし巻き卵も甘さが丁度僕の好みだよ!」
慌てて精一杯のフォローをすると、みるみる華ちゃんは笑顔になって分かりやすく上機嫌になっていた。良かった、上手く誤魔化せたみたいだ。
ただ……父さんも母さんも桐月夫妻も、四人揃ってニヤニヤしながらこっち見るのは勘弁してくれない?華ちゃんと僕をくっつけようとするのは勝手だけど華ちゃんの気持ちを何よりも尊重してあげてね?少なくともまだ高校生にもなってないのに僕と付き合わせるとか多分損だよ?少なくとも今の僕にとって華ちゃんは恋愛対象というより保護対象。魅力云々ではなく感覚の話だけどね。
……反応が近づいて来てる?ちょうどいいしそろそろしばくか。この大人四人への鬱憤も込めて。
「ごめん、ちょっとお手洗い」
「早く戻って来ないと全部食べちゃうわよ~」
「母さんこそ飲みすぎて二日酔いになっても知らないからね?」
急いでトイレの扉を締め、鍵をかける。
「転移!」
自宅の自室に転移した僕は、寝ているフレアの入った鞄を掴むと手早く靴を履いて外に出る。
さて、どこの誰かは知らないけど。幸せな時間の邪魔をした罪は重いよ?
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