第6話 少女の憂鬱
「はぁ……どーしてこうなったんだろう?」
読み終わった文庫本を置いて、私こと
私が大好きなライトノベルを読み終わったにも関わらずこんな憂鬱としているのには訳がある。
あれは春休みになって数日が経った日のことだった。
部活からの帰り道、私はよくわからない影の塊みたいな化け物に襲われた。
必死になって逃げ続けていると、いつの間にかふよふよと浮きながら並走してきたクマのぬいぐるみに話しかけられた。
今思えばなんであんないきなり現れた怪しいぬいぐるみの話なんて聞いたんだろう?
でもまぁ、なんやかんやあってそのクマに渡された
……いや、良かったのかな?
確かに怪我一つなく生きている点については良かったと思ってるけど魔法少女に変身してしまったってことはこれからもあんなのと戦い続けなきゃいけないんだよね?
魔法かぁ……そういえば久々に会った守兄さん、私が的を射ないというか思いっきり変な聞き方をしちゃったけどなんでか真剣に答えてくれた。
あれから一度もダークマターズとかいう化け物は見てないけど、できれば二度と会いたくないな。
外に出なかったらゲームみたいにエンカウントしないと思うけど……かといって引きこもるのは違うよね。
「華ー?ママお買い物行って来るけど何か欲しい物あるー?」
玄関からママのおっとりとした声が聞こえてくる。
何か欲しい物……あ、春休みだしあれがいいかも!
自室からキッチンに向かうと、収納棚を漁って目的の物を見つける。
「あった。ママ、もしあったら桃の紅茶にあいそうな春限定ロールケーキ買ってきてー!」
「はーい。じゃあ行ってくるわね〜」
「行ってらっしゃ〜い」
ママを見送ってからガチャリと玄関の鍵を閉めて自室に引き返す。
自室のドアを開けるとクマのぬいぐるみ(正確には聖魔石の精霊とかいう存在で名前はアクエルらしい)が私のベッドの上に腰掛けてこちらを見ていた。
「華おかえり〜」
「いつの間に起きてたの?アクエル」
「さっきだよ〜」
初めて出会った時とは違って間延びしたような返事をしてくる。
「そういえばあのダークマターズとかいうのはもう現れないの?私としては現れないならそれでいいんだけど」
「えっと……実はボク、探知とか索敵するの苦手なんだよね……」
「そうなの!?」
初耳である。
いや、そういうのが得意だったとも聞いてないけど。
「うん。でも、魔法使いは他にも居るはずだからこの街だけ守れればだいじょーぶ!それにダークマターズは幹部級にならないと隠れるって行動自体しないんだよ」
アクエルは短い手を目一杯動かして説明している。
「だから苦手とは言ったけどそもそも街を守るのに索敵能力はそこまで重要じゃ無いっていうこと?」
「そういうこと。あ、でも被害を抑えるために見回りくらいはしたほうがいいのかも……華は散歩とかってする方?」
ここ最近少しお腹周りが気になるからって朝ジョギングを始めたんだけど……いくらぬいぐるみでもこの理由は言いたく無い。
「一応最近は朝に運動がてらジョギングしてるよ」
「そっか。ならどんなコースで走ってるか教えてくれない?」
「いいよ」
よし、理由は聞かれなかった。
その後、アクエルに街の地図をスマホで見せながらいつも走っているルートを教える。
「うん。これなら走る道変えなくても十分パトロール代わりになるよ」
「それなら良かった」
今のコースは自分なりに走り続けれるよう結構考えて選んだものだったから変えなくていいのは助かる。
「あ、そうだった。華、ダークマターズは多分学校や商店街とかでも現れると思うからいつでも変身できるようにボクを鞄に入れるとかでもいいから連れて行ってね?」
「うん。いいけど、行くときは落ちないようにしっかり入っててよ?」
「はーい」
翌朝、まだ日の出から少ししか経っていない時間に起きた私は寝間着からジャージに着替えるとリュックを背負って靴を履く。
勿論リュックにはアクエルが入っている。
「じゃ、今日も行ってきまーす」
「いってらっしゃ~い。気をつけるのよ~」
玄関の前で軽く準備運動をしていると、珍しいことに守兄さんが自分の部屋のベランダに出てきていた。
「おはよう!守兄さんが休日なのにこんな時間から起きてるなんて珍しいね」
「おはよう。なんか目が覚めちゃってね。ま、折角早起きしたんだしなにかしようと思ってるんだけど……華ちゃんはこれからランニング?」
「ランニングって程じゃ無いけど軽くジョギングするの。守兄さんも一緒に行く?」
あ、つい誘っちゃったけど守兄さんがいたら万が一ダークマターズが居たときに変身し辛い。
あんなフリフリの服着てる姿なんて見せられないよ……どうしよ……
「うーん……待たせるのも悪いし今日はいいや。でも誘ってくれてありがとう」
「そっか。じゃあ私行ってくるね。バイバーイ」
「行ってらっしゃい」
私が手を振ると、軽く振り返してくれた。
やっぱり守兄さんくらいの距離感の人がいると心地良い。
「よし、行こう!」
そう小さく口に出して、私はジョギングを開始した。
私から見ればいつもと何一つ変わらない街並みも知らない人から見れば面白いのかな?なんてどうでもいいことを考えていると、後ろからチョイチョイとジャージを引っ張られた。
「ちょっと待ってね」
近くの遊歩道にあるベンチに座ってリュックを前に抱えると、アクエルが神妙な面持ちでうーんと唸っていた。
「どうかしたの?」
「華、さっきの商店街まだ開店してないお店ばっかりだったのにここからでも分かるくらい良い匂いがしてた!後で何か食べてみたいんだけど……ダメ、かな?」
んなっ……こいつ、神妙な顔してたから何事かと思ったのに匂いにつられて何か食べたいだとぉ!?
私が何のためにジョギングを始めたと思ってるんだ……ってそうだ。
アクエルにはダイエットのためって教えてなかったんだった。
仕方無い、私のちっぽけなプライドの為にも、ここは我慢して何か買おう。
「うーん……しょうがないなぁ。今は現金持ってないからまた今度になるけどいい?」
「うん!華、ありがとう!」
「はいはい。あ、自分の役割忘れないでよね?」
「勿論!今のとこはダークマターズの気配少しも感じ無いから大丈夫だよ」
「そう?ならいいけど」
その後街を一周するように走ってみたけれど、結局ダークマターズは現れずそのまま帰宅した。
「ただいま〜」
「おかえり。朝食できてるから手を洗って食べてね」
「ありがと、ママ」
いつも通り手を洗い、アクエルごとリュックを部屋に置いた私はリビングに戻って来た。
今日の朝食は白米に味噌汁、目玉焼きと焼き鮭といった典型的な和食だった。
急いでいる時は洋食のほうが食べやすい気がするのは私だけだろうか。
でも今日みたいにまったり食べても大丈夫な日は和食のほうが好き。
「ごちそうさまでした」
パパが点けた朝のニュース番組を横目で見ながら朝食を食べ終える。
食器を流しに置いてソファーに座りぼーっとスマホを眺めていると、見ていた情報サイトにふと流れてきた記事に目を惹かれた。
「夜中に謎の光現る?しかもこの辺……」
記事をタップして詳細を見ると、一枚の写真が載っていた。
そしてその写真の説明文には不思議なことに見る人によってその写真に映る光の強度が違うことが書かれていた。
写真自体は一般的なこの街の夜景を高台から撮影したものでしか無いのだが、その一部に外灯と言うには明る過ぎる光が見えるというコメントからそんなものは見えないというコメントが付き、何人かでその写真を見た人が見え方が違うことを指摘したコメントをしたことで話題になったらしい。
まぁ……魔法使いだって実在してたぐらいだし?
このくらいは起きてもおかしく無い、のかな?
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