第5話 暇を持て余した元勇者

 自分の手でダークマターズとやらの一体を倒した翌日、僕は勇者として鍛えたときに上がった知力をフル活用して入学前の課題を終わらせていた。


「春休みに課題があるってのも不思議な感覚だけど、こんなに早く終わるのも違和感あるなぁ……」


 終わらせた課題を「高校で使う用に」と両親から送られてきた新品の鞄に片付け、自室のベッドに寝転がる。

 そして遠視スキルを発動させて検知結界から流れてくる情報を辿り、部活帰りの華ちゃんを見てみる。

 正直やってることストーカーみたいで罪悪感があるけど守れる相手の命が自分の知らない場所で奪われるぐらいならこのことがバレて距離を置かれても構わない。


「検知結界にもそれらしい反応はない、と。ん?華ちゃんが持ってる鞄についてるぬいぐるみ……あの時のクマ?」

「あの時っていつですか?」


 ベッドの上で遠視スキルに集中していると、フレアがいつも通りふわふわと飛んできてポスッという音と共に枕元に落ちてきた。


「え?あーそっか。話してなかったっけ?フレアはリスみたいな見た目してるでしょ?」

「はい」

「華ちゃんを魔法少女にした聖魔石の精霊がクマみたいな見た目だったんだよ」

「なるほど。ということはそのクマみたいな見た目のワタシの仲間が聖魔衣の宝石チェンジストーンを華さんに渡したんですね!」

「ん?今何を渡したって?」

「へ?何って聖魔衣の宝石チェンジストーンですよ」


 チェンジストーン?また聞き覚えがない単語が出てきたな……あ、もしかして華ちゃんが初めて変身した時にあのクマが手渡してたやつか!!


「えっと……その聖魔衣の宝石チェンジストーンってのはどんな物?何か使うことにデメリットがあったりする?」

聖魔衣の宝石チェンジストーンは正式には聖魔衣武装の宝玉と言い、ワタシ達のように一人前となった聖魔石の精霊が自身の限界まで聖魔石に魔力を込めることで生み出せる宝石のように見た目が変化した聖魔石です。これを魔力持ちの人間が手にしてマジックチェンジと唱えると込められた魔力が反応して魔法を用いた戦闘に最適な装備を着用させる性質があります」


 なるほど、その性質のせいで華ちゃんは魔法少女になったのか。


「それでデメリットは何かあるの?」

「少なくとも最初に聖魔衣の宝石チェンジストーンが最初に人間に使用されたのは約2千年ほど前だと伝わっています。ですが現在に至るまで誰一人として聖魔衣の宝石チェンジストーンの使用によって何かしらの被害を受けたという記録はありません」

「つまりデメリットは無い?」

「恐らくはありません。デメリットがあるとすれば聖魔衣の宝石チェンジストーン内の魔力の補充ができるのは基本的に変身者である持ち主と生み出した精霊だけでなので、戦闘中に聖魔衣の宝石チェンジストーンの保有魔力が切れた場合変身者の防御力が、一般人程度になってしまうことですかね」

「それはデメリットでなくもともと当たり前のことだと思うけど……まぁ、目立ったデメリットが無いなら良いか」


 華ちゃんが変身することによる危険性はひとまず敵次第ってことが分かっただけでも良かった。

 あとは万が一華ちゃんがピンチになった時どう助けるかだけど……


「……そうだ!」


 僕は見ていたスマホを置いて跳ね起きた。

 その時跳ねたベッドからフレアが落ちそうになる。


「うわ!どうしたんですか!?」

「あぁ、ごめん。もし華ちゃんがピンチになっちゃったらどう助けようかなって考えてて、アイデアが思い浮かんだからつい」

「なら良かったです。それでどんなアイデアを思い付いたんですか?」


 興味津々といった様子でこっちを見てくるフレアにも分かりやすいよう、ベッドに座り直してから幻影魔法を発動して街全体の幻影を空中に映し出す。


「うわぁ!これは幻影魔法ですね!?この街をこんなにも正確に映し出せるものなんですね……」

「前の世界では作戦会議の時によく使ってたから慣れてるだけだよ。じゃあ、例えばこの大通りで華ちゃんが倒せないような強敵が現れたとするだろ?」

「はい」

「その時、僕が離れてれば転移魔法で近くに行ってから隠密スキルを使って正体を隠しながら足止めする」


 ……うん。

 ちょっと冷静になってみると名案でもなんでもないのに跳ねてしまった自分が恥ずかしい。

 フレアには気付かれて無いみたいだからそれっぽい事言って誤魔化そう。


「可能ならここで倒してもいいんだけど、全部僕が倒してしまっては華ちゃんが戦える力を手にしたのに成長できない。だから周辺に被害を出さないように抑えるのが良いのかなって思うんだけど、かといってどんなに完璧に抑え込んでもすぐに華ちゃんが倒せるほどに成長するわけじゃないからな……フレアはどう思う?」

「そうですね……確かに華さんの成長も大事ですが、何よりも優先すべきはダークマターズによる侵攻の阻止です。なので華さんが体制を立て直したら勝てるのであれば抑え続けるのもありだと思います」

「ん〜それもそうか。じゃあ基本倒しきる方針で良さそうだね」

「はい!」


 街の幻影を消して立ち上がり、伸びをする。


「んーーっと……今日はダークマターズの反応一切無いな。課題も終わったし華ちゃんがピンチの時どうするかも決めたし……もう一回スキルとこれまで亜空間にしまい込んだ諸々を確認するか」


 ステータスウィンドウを開きスキル一覧をじっくりと見返す。

 剣術、弓術、格闘術、魔法、釣り、料理、鍛冶、建築……極めたのは戦闘系ばかりだけどこうしてみると力や魔力なんかを少しでも底上げするためとはいえ色々身につけたな〜。うん。細かく見ていけばキリがないや。

 かと言って物理戦闘系のスキルをいくら見ても今ここで役に立つものは特にないだろうし、ひとまず魔法スキルをじっくり確認してみよう。


「攻撃魔法は威力が高すぎて現代では使えないものの方が多いな。魔法陣、付与魔法エンチャントか。これは……使えるかもしれない。」


 スキル一覧を確認し、僕は物体に魔法陣を刻み込み、魔力を込めることで発動する魔法陣スキルと生物でも無機物でも一時的に魔法による特殊効果を付与する付与魔法スキルに目をつけた。


「どれもあっちの世界で使ったことがあるけど一応試してみるか。まずは付与魔法から。エンチャント・ライト」


 ペンに簡単な光源魔法を付与してみると、思った通りにペンが光り始めた。


「よし、成功した」

「守さん、何してるんで……ってそれは付与魔法じゃないですか!?ワタシ達聖魔石の精霊では使い手が本当に少ないのに凄いです!」


 付与魔法を試しているとフレアが横から覗き込んできて驚いている。

 地球の魔法を魔法主体で発展した世界と比べるのが間違いかもしれないけど、付与魔法が使えるだけで凄いってのもなんか不思議だな。

 あっちじゃ魔法が使える人の半数以上が使えてた気がするんだけど僕が出会った人達のレベルが高かったのかもしれないな。

 こうなると魔法陣もフレアに見せると騒がれるかもしれないのか。

 でもスキルは使えなきゃ意味が無いから確認はしないと。

 ハンカチを取り出して指先に魔力を集めて魔法陣を描いていく。

 僕自身に絵心は無いが、こうして綺麗に魔法陣が描けるのがスキルの良いところだな。


「完成っと。さて、上手くいくかな?」


 自室からキッチンに移動し、醤油を数滴ハンカチに垂らす。

 そして刻み込んだ魔法陣に魔力を込めると、清潔にするための魔法クリーンが発動して醤油のシミが綺麗さっぱりと消え去った。


「成功だ。両方使えた事だし次はこれ使って何するか考えないとかな?」


 ハンカチをしまいソファーに寝転ぶ。

 そして結局その日一日考え続けて思い付いたのは自宅の対魔法的存在に対して絶対的な防御力を発揮できるようにすることと緊急避難ができるように転移先としての役割を果たせるようにすることだった。

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