卒業

カナラ

高校、誰もいない校舎裏

「とうとうこの日が来ちゃいましたね」


 今年の桜はいつもにまして生き急いでいるらしい。

 3月10日だというのに、もう花びらを散らしていた。

 なんだか自分のことを馬鹿にされているみたいで、少し嫌気がさす。


「あーあ、昨日で世界が終わってれば良かったのにーー」


 遠くで聞こえる泣き声は自分に酔っている気がするし、最後だからと騒いでいるクラスメイトは状況に酔っている気がするし、それを眺めている僕は多分全てに酔っているんだろう。

 そんな特別な日、卒業式。

 僕は、1人の人間と会っていた。


「どうしたんだよ」


 呟きのような問い。

 誰にも気づかれず、溶けてしまうようなそんな存在に、君はいつも気づいて、観測して、答えてくれた。


「さぁー? どうしたんでしょうねぇ??」


 しかし、今回ばかりは解答にはなっていなかった。

 むしろ、こちらに何か投げかけているようで、罰が悪い。

 僕が顔を逸らすと、君はため息を一つ。

 いつもの流れだ。多分、君は苦笑も一つついているのだろう。


「もう、仕方ないですね。出来た後輩を持てたこと、感謝してください」

「あぁ、全くだ。人でなしの僕には、出来すぎた後輩だよ」

「それにしても、なんで先輩と後輩なんですかね。なんで、年齢がひとつ違うだけで、こんなに運命は変わってしまうんですかね。世界は許してくれないんですかね」

「仕方ないだろ」

「仕方ない、ですか」


 君は、見たくないものを、見せたくないものを、別のものにして逸らすかのように目を細めた。


「だったら、まぁ、」


 君は、一つ、二つと大きく息を吸って、


「卒業おめでとうございます、先輩」


 酷く悲しげな顔でそう言った。

 僕が君の彼氏なら、きっと、君を抱きしめて、ありったけの甘い言葉をかけて、君の心の涙を塞いでしまおうとしただろう。

 でも、そうじゃない。ついぞ、そうはなれなかったのだ。

 もどかしさと、不甲斐なさがないまぜになって、どこかに走り去りたい気分になった。

 きっと、それは穴の中だろう。


────


 そこから少し、思い出話をした。

 くだらなくて、退廃的で、刹那的で、それゆえ僕たちが何よりも楽しめた日常の話をした。

 時間にして1時間ほど。桜の木の下で、ただ語り合うだけの時間。


「なんだか、話し始めたら一瞬でしたね」

「僕たちの行動は、別に未来に語るためにやったことじゃないからな」

「……そろそろ、ですね」


 10秒ほど、僕は君の方を向いた。

 しかし、君は目を閉じて、何か喉元で出かかってるものを飲み込もうとしているようだった。

 だから、僕に気づかなかったのも仕方ない。

 君はそのまま、一つ二つと大きく息を吸うと、


「では、さようなら!」

「……あぁ、さようなら」


 遠くでウグイスが鳴いている。

 桜はより一層力を込めて、今一時のためだけに命を散らし続けている。

 でも、こんな未練がましいお別れは、きっと、鳥が祝福するべきじゃないし、桜で彩られるべきじゃない。



 だから、気まぐれを優先した。


「その、やっぱりちょっと待ってくれ」


 後ろを振り向くと、涙で顔をぐちゃぐちゃにした君がいた。

 予想外の光景に、しばし動きが停止する。


「えぇ? なんでぇ、振り向くんでずがぁ……」

「いや、だからだな」

「最後くらい、格好づげで、終わっ、りまじょうよぉ……」


 君は止まらない。

 僕は止められない。

 僕も止まれない。

 君も止められない。

 だから、止まらないで済む方法を探し出した。


「ううぅ……ばかぁ……」

「違う、あー、だから僕は、そう、分かった」


 やっと見つけた方法は、ずっと前に見つけていたのに、ずっと口に出来なかったような、酷く不恰好なもので、正直口にしたくない。

 そんな、いつもなら僕の行動を縛り付ける理性を振り切れるほどの、感情が、感じたことのない熱が、やっぱり僕を止めなかった。


「いいか、絶対一回しか言わないぞ。これが僕の人生で最大の勇気だ、心して聞け」


 君は、こくりと頷いた。

 僕の答えを知っているようだった。

 僕は息を一つ、二つ、三つと大きく吸った。


「これで最後にしたくない。僕と一緒に生きてくれ」


 鳥が鳴く、風が吹く、桜が散る。

 世界は君を彩った。


「はい──喜んで」

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卒業 カナラ @nakatakanahei

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