【番外編】フラン&ドルフ過去話2

 それから数年が経ち、国主こくしゅの娘であるリアに奇跡の力がまったくないことが国を騒がせると、フランシスとアードルフへの風当たりは更に強くなった。

 神への冒涜ぼうとくに、リアが持つはずだった力を奪い取った罪まで加わった。


 その日もフランシスは朝早く、大聖堂に連れて行かれた。内部は閑散としていて、演壇の上に数人がいるのみだ。そのままラフィリア像の前で上半身裸にされる。人前で服を脱がされる恥辱はとうの昔に捨て去った。

 制服をきっちり着込んだ男に頭を押さえつけられる。襟元に何かの証がきらりと光っていた。きっと地位の高い人なんだな、とそんなことが無感動に頭をよぎる。いつも通りだ。

 間髪入れず、さらけ出された背中に鞭が唸り、耳を引き裂く激しい音と共に激痛が走る。


「さあ、詫びろ。このばけものが」


 見下し切った横柄な命令が下る。

 地位あるいい大人が自分のような子供をラフィリア様のため、という理由だけで本質をよく考えもせず蛮行を働くなんて馬鹿だな、と落胆する。こんな大人にだけはなりたくない。


「……生まれてからの十二年、私はラフィリア様の力を多数宿してしまった事を悔いています。どうかこの貪欲でいやしい人間をお許しください」


 周りを囲むのは五人の大教会職員だ。その人たちが満足するよう、大げさに床へ額を擦りつける。午前中の澄んだ光が、すべての事実から目をくらませるほど強く降り注ぐ。

 温かな日光の中、鞭が空を切る音が小さく鳴って無防備な背中にぱしん、と打ち付けられた。息が止まるほどの苦痛を味わうが、フランシスは唇を噛みしめ耐える。ここで少しでも反応をしたら面白がられるだけだ。

 平気な顔で懺悔ざんげを続ける。


「リア様から力を奪ってしまった事。これは許されません。どうかこの力を正しいお方にお返しください」


 もう一度頭を下げた。また代わり映えもせず鞭が振るわれ、嘲笑が自尊心を踏みにじる。

 フランシスはこんな事に意味はないと知っていた。自分が沢山力を持っているのも、リアが奇跡の力を使えないのも、五百年前から決まっていたことなのだ。ここでどんなに罪を叫ぼうが、まったく意味がない。無駄だ。


 ――馬鹿らしい。


 それがフランシスの率直な感想だった。

 一年程前、オルコット邸の図書室で見つけた一冊の本、それは五百年前のものだった。遠い先祖に当たるフランシス・オルコットが書いた物で、女神ラフィリアのこと、フランシスが持つ力について。それにラフィリアの力が及ばない存在についてなど、事細かに記載されていた。

 奇跡の力の使い方まで記されていて、そのおかげでフランシスは完璧に自分の力を理解し、使いこなせるまでになっていた。もちろんその事は誰にも言っていない。だから父も母も、国主も皆、フランシスは奇跡の力の教育を受けていないので、本能的に使っているだけの弱いものだと信じている。

 本当はこの場の誰よりも強い。瞬間移動で逃げ出す事だってできる。だが、フランシスはその膨大な力を隠し、不当な暴力を受ける。

 今は抵抗すべき時ではない。いざという時のために奥の手は残しておくのが賢いやり方だ。


 長い長い懺悔という名の拷問はようやく終わりを告げた。ラフィリアのためにやり切った、という自己満足な高揚感を土産に、大教会の者は大股で大聖堂を後にする。フランシスは置き去りだ。それはいつもの事。

 大きな扉から五人が出て行くと、それと入れ替わりでアードルフが顔を見せるのも、いつも通りだ。


「フランシスっ……!」


 眉を下げて足をもつれさせるほど慌てて駆け寄るアードルフが遠いうち、フランシスは肩の上から手を回し、癒しの力で背中の傷を治す。じんじんしていた痛みは波が引くように消えていく。

 この力があるから、皆、容赦がないのだ。綺麗さっぱり傷跡がなくなるから罪悪感もない。日頃の鬱憤を発散させるためにフランシスを使っている側面も大いにある。

 私利私欲のために弱い人間を犠牲にする、捻くれた大人にはかける言葉もない。

 たった一人、自分を心配してくれる弟はすぐそこまで来ている。彼が何か言う前に、フランシスは冷たい息をつく。これもいつも通りだ。


「アードルフ、お前まだいたのか。お祈りはもう終わっているんだから、さっさと帰れといつも言っているだろう」


 アードルフの祈りはフランシスの前に、この場所で行っている。幸いなことに彼は鞭で打たれるなど乱暴はされていない。昔と同じ懺悔をさせられるだけだ。


「だって、フランシス、怪我……」


 頬に一筋の線が伝うのはすぐだった。

 演壇のすぐ下で声を震わせる弟に、フランシスは無造作に放られた服を着直しながら涼しい顔をする。


「傷はこの通りすぐ治る。だから、お前に心配されなくてもいい」


 わざと強い口調で突き放すように言い、少し高さのある壇上から飛び降りる。そのまま出口へと数歩進んで弟を振り返った。アードルフはその場に止まったまま、拳を強く握り締めている。


「だからってこんな、なんでフランシスがこんな目に合わなきゃならないの……。おかしい」


 涙ながらに訴えるアードルフの額には、何かに当たったような擦り傷があった。目ざとくそれを見つけたフランシスは手をかざして綺麗に治してから、諭すように弟の両手をそっと取った。


「アードルフ。お前は傷を治せない。だから、余計な事は言うな。僕のことで大教会の人と揉めるな。自分の身のことだけ考えてろ」


 同じ紺色の瞳に刻み付けるよう強く語尾を切った。


「でも……」


 弟は自分といることで周りから余計な恨みを買っている。フランシスはそんな弟を深憂し、冷たくあしらっているのだが上手くいかない。こちらの気持ちを汲み取って欲しいが、気が付かないのだから仕方がない。弟は察しが悪く、馬鹿なのだ。


「ほら、帰るよ」


 強制的に話を終わらせて歩き出せばアードルフは目元を強く拭い、釈然としないながらも小走りで追いついて歩調を合わせた。

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