降光祭

第68話 女神への信仰心

 この頃、町では『降光祭こうこうさい』についての話題で持ち切りだった。

 リアがボーマン邸で療養している間、総政公そうせいこうを筆頭に大教会の重鎮たちが、ラフィリアを一般人の前にお目見えさせる日程を決めていた。国主こくしゅの死をいたみ、五百年ぶりに降臨したラフィリアを敬拝する、その日が降光祭というわけだ。


 急遽、決行することになったその背景には二つの理由がある。

 一つは、降臨の報せからの興奮が冷めた民衆が、本当にラフィリアは存在しているのかという疑念を大きくし始めた為。ラフィリア自身が行っていたお祈りは大教会関係者にのみだったので、この町に暮らす市民であってもラフィリアに直接会う機会は与えられていなかったのだ。


 それともう一つ。国主が亡くなったというのに、一か月以上経った今でも跡継ぎであるはずのジョシュアがまったく姿を現さず、声明さえも出さないことを不審に思い始め、様々な憶測が町中を駆け回っているからだ。

 ラフィリアを人々の前に出し、目をくらまそうという魂胆だとボーマンは教えてくれた。

 その思惑通り、聖都ラフィリアは光の女神に沸き、待ちきれない、という熱狂の渦だ。


 当日は、地底にもラフィリアが出向く大掛かりな予定が組まれている。大教会の意気込みを感じ取った町全体が歓迎ムード一色で、異論を唱えれば非国民として暴圧されてしまいそうなほどの盛り上がりである。


 そんな随喜ずいきがいたるところに色を添えている大通りを歩くリアとドルフの表情は浮かない。

 理由は簡単、降光祭に不満を持っているからだ。


 ボーマンは怪我をしたリアのため、二週間ほど自宅で仕事をしていて大教会には顔を出していなかったのだが、そのうちに何の意見も求める事無く降光祭の話を進められてしまっていた。さすがのボーマンも抗議したが、正式に国民へ発表した後だったので、覆すことはできなかったそうだ。国で相当な権力を持つボーマンの意見を無視した決定に、総政公側の悪意が見て取れる。


「ああー……これ、ほんっとうつになりそうだな。俺たちへの当てつけかよ!」

「目を逸らしても、その先にまた別のラフィリアがいるもんね……」


 町のいたるところには降光祭のポスターが貼られ、金髪碧眼の見目麗しい少女が大々的に描かれている。様々な画家が、自分の描くラフィリアこそが一番美しく女神に相応ふさわしい! と誇示するかのように魂を込めた可憐な少女が、リアとドルフに四方八方から笑いかけている。


 昼食を食べに入った若者に人気のおしゃれなカフェでは、通されたテーブルの真横に特大ラフィリアの絵画が飾られていて、気まずい思いをする羽目になった。

 露店が多く立ち並ぶ市場に行けば、ラフィリアが描かれたブロマイドが大人気だ。人々は家に飾って祈るのだと言って、飛ぶように売れているようである。


 きらびやかなアクセサリーに惹かれて入ったお店でも、入口の真正面に光の女神をモチーフとした装飾品が大々的に陳列され、女性たちが目を輝かせて商品を選んでいた。

 白や黄色をあしらい、いかにも光! といったような、きらきらした髪飾りを手に取る少女たちの嬉々とした会話が意図せずとも耳に入る。


『降光祭の夜、午前零時に合わせて時計塔の鐘が鳴るらしいんだけど、それを一緒に聞いた人と結ばれるんだって!』

『素敵ね! 女神さまに祝福されながら彼と二人で……』


 頬を赤らめ、うっとりと想像を膨らめる少女たちは、恋に恋して楽しそうだ。

 甘いジンクスがそこかしこで生まれているらしく、町の女性たちは大いに胸を高鳴らせている。

 実際のラフィリアは、人間を躊躇ためらいなく殺すような良心の欠片かけらもない神だ。人の幸せを考えてくれるわけがない。現実との乖離かいりに、この女の子たちが真実を知る日が来ないよう、リアは切に願う。


「……降光祭の鐘か……いいなそれ……」

「ちょっとドルフ! ラフィリアに魂売るつもり!?」


 ふわふわと実態のない幻想のような呟きが隣から舞ってきた。たとえドルフといえど、それを流すことはできない。ラフィリアに屈するくらいなら、悪魔にでもこの身を捧げた方が百倍マシだ。


「ちげーよ! 俺はそんなんじゃなくて! ちょっとだけロマンティックというか、その、お前と……ってか聞こえてたんかよ! あーもう! ボーマン様のところ行くぞ!」


 頭を掻き、ドルフは大股で店の外へ出て行ってしまった。黄色に塗られた扉が閉まっても、リアは追うことはしない。ふん、と憤慨の鼻息をつき、入口に背を向ける。ドルフは純真すぎて苛つく時があるのだ。このちょっとしたもやもやを晴そうと店の奥へと進む。


 今日はこれからボーマンに会いに行く。午後、邸宅に来るよう通達があったのだが、その時間にはまだ早いのでゆっくりと貴金属を見て回る。大きな窓が開放感を演出し、棚に並べられている装飾品をより一層光輝かせる。髪飾りやイヤリング、ネックレス、指輪。たくさんの商品が、自分の出番を待っているかのように堂々と鎮座している。

 ここは大衆的なお店なので良心的な値段ではあるが、それでもリアにとっては高級品でとても手が出せない。


 ふと、地底で灯り売りをしていた時のことを思い出した。毎日、階段前市場を横切る際に誘惑が多く、それを買えない自分がみじめになったものだ。あの頃は毎日食い繋いでいくのがやっとだった。が、今も根本的に状況は変わっていない。


 地上にやって来て毎日服を替えられ清潔に保てるのも、満足な食事をとれるのもすべて、フランやドルフがいるからだ。彼らはリアに何の見返りも求めず対等に接してくれているが、人が違えば奴隷のように扱われていたかもしれない。

 つくづく自分は運が良かったな、と思いつつ、折を見て収入を得る方法をボーマンに相談してみようと、棚のネックレスから顔を上げた。すると入口横のガラス張りの外から、こちらを悲しそうに見つめているドルフと目が合った。


 このままでは、ドルフが店内をのぞく変質者と間違えられてしまう。リアはやれやれ、と苦笑しながら、人助けをする気持ちで店を後にする。すぐさまドルフが寄ってきた。途端明るくなる顔色は裏表など無く、気持ちよく信頼できる。

 鬱陶うっとうしい時もあるが、自分を信じてくれる人がいるのはとても心強い。


「町を歩くとラフィリアが見てるし、少し早いけどボーマン様の屋敷に行ってみようかしら」


 確認を取りつつも既に半歩前に出ているが、ドルフは引き止めることなく体の向きで肯定した。

 目指すボーマン邸はここからは十分程度。午後のお散歩気分で腹ごなしにゆっくり散策したかったが、ラフィリアに沸く町全体が歩みを急かし、結局早歩きで邸宅の門をくぐる事となってしまった。

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