~16 スタートライン~

 砂漠の地、レンブ。ほぼ砂漠地帯になる領土で、それ故に決して裕福な国ではない。

 結界で灼熱地獄から何とか逃れつつ、砂漠を歩くのはアリスとイージスであった。


「あちぃ……。あー、気持ちわりぃ」

「地図曰く砂漠地帯のど真ん中。まだまだでしょうね」


 今回も密入国なので気が付けば足が基本になっていた。密入国するのに馬車は適しておらず、仕方がないと言えば、仕方がないところではある。


「あれか涼しくなぁれって言ったら涼しくなんのかな?」

「そりゃなるでしょうけど、力の使い方に慣れてない間は小さくよ。この砂漠が一瞬で凍ったらまた大事件だわ……。ま、涼しくなるけど」

「お前もあちぃんじゃねぇか」

「涼しいとは思えないわよ」

「だよなぁ……」


 熱さで頭がやられているのか、レンブに着くまでちょっと気まずい空気が流れていたアリスとイージスだが、今は暑さが圧倒的に勝っていた。

 砂は足の力も奪っていく。


「本当にここにあるのか、不安になってきたわ」

「だよなぁ。普通に何か建物あってそこにあんのかなぁって思ってたけどよ、見渡す限り砂しかねぇ。遠くも砂」

「砂の中に埋まってるとか、見つけられっこないわ……」

「本当、あり得ねぇ」


 歩けど歩けど、砂しかなく、遠くを見ても建物らしきものもない。

 ドンドン頭がクラクラしてきて、それはどうやらイージスも同じようであった。で、二人して同じ個所で尻もちをつくように後ろに倒れた。


「アンタの方が体力あるでしょ」

「じゃなくて、多分ここなんだよ。何か、分かるけど、見えないけど」

「日本語おかし……」


 そう思った時、アリスはふと霧がかった視界に、あ、と思った時には迷い込んでいた。


『あぁ、貴女が来たのですか』

「アナタはまさか……」


 霧がかったまま、ずっと声だけは聞いた事がある嘗ての聖女の声。


『私は嘗て聖女と呼ばれた者。アナタが羨ましく、そして憎かったのですが、それは嘗ての貴女。今の貴女ではありません』

「アナタは私が誰かが分かるのですか?」

『ええ。そうですね、折角いらしたのです。昔話をしましょう。こうやって貴女と話す機会が与えられたのも、きっと何か意味があるのでしょう』

「お願い……します」


 アリスがそう言うと霧は更に濃くなり、何かをうっすらと映し出す。

 イージスにそっくりな人と、聖剣士にそっくりな人と、そして一人の女性。言われなくても聖女だと分かる。三人に駆け寄ってくる存在がいて、それはアリスそっくりであった。

 イージスにそっくりな神は嬉しそうに迎え、アリスそっくりな人間は微笑む。

 そこから霧は薄れたかと思うと、また濃くなりアリスそっくりな人間が、嘗ての神に何かを必死に訴えている。だが嘗ての神は困ったように笑って流しているように見えた。

 また霧は薄れて、また霧は濃くなり別の場面を映す。アリスそっくりな人間が何かの薬を飲んでいる。そして嘗ての聖女のもとへ尋ね、何かを言い、嘗ての聖女は焦ったようにアリスそっくりな人間を止めているように見えた。そして最後に言葉が聞こえる。



 —————私は悪くないわ



 それで霧は何かを映すことは無くなった。


『私は貴女を止められませんでした。いえ、嘗ての、ですね。私はそして最終的に最悪の選択をしました。天秤にかけたのです。世界か神か……』

「アナタがその選択をしたから、今があるのでは」

『いえ、やはり神無き世は出来ませんでした。なので、世界は神を必要とし、再び神を呼び戻したのです。対価を支払って』

「対価?」

『世界と言えど、神のような力はありません。対価なくして神を再度呼び戻すことは叶わなかったのです』

「何を支払ったのですか?」

『それは時期に分かるでしょう。アリス、貴女には聞こえているのではないですか?』

「なに……あ、もしかして」

『きっとまだ聞きたいことはあるでしょう。ですが何事にも時があるもの。それを間違えばまた同じ道を辿る。貴女も今の神も聖剣士も、今の答えを出すのです。昔は昔。教訓として持つのは良いですが、囚われ過ぎはよくないものです』


 ふわっと浮遊感を感じたかと思えば、視界はまた砂だらけの砂漠に戻ってきた。だがアリスの前には腕輪が転がっており、イージスもイージスで何かを見ていたのか分からないが、お互い目をこすって砂の上に鎮座する腕輪を見る。


「なんつーか、これ、だよなぁ」

「だね……」


 イージスはさっと広い、右腕に付ける。

 これで神の装備品の回収は済んだわけだが、なんというか凄くアッサリしたものであった。

 確かにアリスにとって収穫が無かった訳ではない。でもフルールの事があったからだろうか。あまりにも簡単に見つかって何とも言えない気持ちだ。


「あー、取り合えずゼブラン戻るか」

「また砂漠歩くと思うとあれだけどね」

「いや、多分いける」


 イージスがアリスの手を取ると、ふっとゼブランの王城に一瞬で移動した。

 国王陛下の謁見の間に飛んだため、そこにちょうどいた第一王子のウィルフレッドと国王陛下は驚いた目で、アリスとイージスを見る。当然無理もない反応だ。

 だがイージスの恰好を見た国王陛下は察したようだ。


「派手な帰りだな」

「ま、いいだろ。親父殿」

「収穫はあったようだな。だが世の中も刻々と変化し続けているのも事実。報告を、と言いたいところだが、まずは休息をとるがよい。少しこちらにも変化があってな。それに砂まみれだしなぁ」


 国王陛下にそう言われ、よく見ると汗だくで砂まみれな自身に気が付き、アリスは有難く休息をくれた国王陛下に感謝した。何が起こったか気になるが、まずは身だしなみを、と思い、そのまま下がらせてもらうと、王城のメイドがアリスを案内し、身だしなみを整えてくれた。そしてある一室に案内までしてくれるまでだ。至れり尽くせり状態である。

 しかし、本当に思ったよりも簡単に神の装備品は揃った。だが物語の改編も、世界の異変も、黒装束の連中も、禁呪も、多くの事が分からないままである。ある意味スタート地点に立ったのかもしれない。

 嘗ての聖女が言っていた世界が支払った対価も、気になる事が多すぎて、アリスは結局眠れそうにないと思い、ベランダに出た。

 外は暗く、漆黒にならぬよう照らす月。肌寒く、少し震えながら、何処かでアリスは答えを思い出したくて、月を見る。別に月が答えてくれる訳ではない。だが月も太陽も何も対価なく光を注いでくれるモノだ。


「聖女様は、自分が最悪の選択をした。私を止められなかったと言っていた。だけど多分……最悪の選択をしたのは……」


 嘗てのアリスだろう、と口に出来なかったが、確信めいたものがあった。

 だが嘗ての聖女は本当に聖女様と言った風で、アリスを責める言葉も発しなければ、自分を悔いて、今を大切にしなさいと、言葉をかけてくれた。恐らく嘗ての聖女様はまだ、生きている。アリスは聖女の生まれ変わりではない。会って、分かった。この力が何故あるのかだけは分からないけれど、嘗ての聖女はどんな形であろうと存在している。あの昔話では消えた風だったが、消えたのはきっと体だけだったのだと思う。

 そう思うと何処かアリスの中でストン、と落ちるものがあった。

 アリスは聖女じゃない。そしてアリスは思い出さなければならない。嘗ての聖女に最悪の選択をさせた、嘗てのアリスの行動を。

 きっとそこが、また同じ道を歩むかの鍵なのだろう。

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