~15 青いバラ~

 隣国フルール。一夜にして首都は炎に包まれ、美しかった景観は崩れ、その姿を変えた。そして一夜にして、炎は沈下され、第一王子が王位についた。理由は国王陛下の今回の事による死去の為であり、立太子もまだであったが、他の王子が第一王子を支持した為、すぐ結論は出たそうだ。もう一人の有力候補であった第二王子も死去したことが大きいとの見方が大半である。

 何だかんだ少し関わってしまったアリスと、様子を遠目に眺めていたイージスは何とも言えない気持ちで、フルールの再建を願うしかなかった。

 あの戦火が沈下される前に、イージスとアリスと聖剣士は情報を交換していた。


「俺は興行商人を付けたら第一王子に行きついた。ま、今日の収穫はここまででいいかって思ったら、面白いことによ、俺を付け狙ってきた黒装束の連中がいて、まだ収穫あるわって見てたワケ」

「それで?」

「いや、急に銃撃、剣激戦が第一王子の近くで始まった訳さ。黒装束同士もあって、へぇ、一枚岩じゃねぇんだって見てた。そしたらどんどん激化してさ、第一王子は怯え切ってるんだが、興行商人がなんかしたっぽい。急に落ち着いて、椅子に座って動かなくなったんだよ。指示は全部あの興行商人がやってたぜ」

「ほぉ、面白いね。第一王子が主犯格でもないんだ。むしろ傀儡か。つまり私たちも第二王子が誰かに唆されているのは掴んでいる。どうやら王子様方は誰かの手の上で踊らされていたワケだ」


 聖剣士の言葉にイージスは頷いた。


「だろうな。恐らくあの興行商人も主犯じゃねぇ。本物は何処か別の場所で眺めてんじゃねぇか?」

「同じ考えだよ、我が主神。つまりあの国はその別の誰かに乗っ取られるわけだ。簡単だねぇ」

「恐ろしいわ! ゼブランも他人事じゃねぇ」

「いや、他人事だね。だって、我が主神を操る事は出来ないし、だからフルールだったんだと思うよ。で、本当は、王冠は奪われるのは理解したうえで、神は誰なのか知りたかったんだよ。でも、私たちがそこに行ってしまった。ある意味想定外だろうけど、多分私と聖女らしき人は認識されたはずだよ。そして多分、聖剣士や聖女の可能性を考えているはずだ。馬鹿じゃない限り」


 聖剣士の言葉にアリスは首を傾げる。神が操れないとしても、神が誰か分かっていない今、何故、フルールだったのか。ゼブランでもおかしくはなかったはずだ。


「何でフルールだったんだよ」


 代わりにというか、イージスが問うと聖剣士は笑う。


「聖国の件でゼブランは様子見。次に怪しいフルールを動かしつつ、我が主神を待っているのさ」

「何で俺を待つんだよ」

「ふふっ。それに関してはまだ言えないなぁ。だけど、フルールはまだ終わりじゃないよ。でも私の想定よりずっと事の進みは早い。フルールの今後を見るより、腕輪の回収に向かった方がいいよ。じゃあ、私は用事があるから失礼するね」


 聖剣士はそう言うと去ってしまったのだ。

 そして野宿をアリスとイージスがした後、フルールは第一王子が収集を付けると街で情報だけ得たのだ。だが傀儡である事を知っている以上、きっと聖剣士が言う通り、フルールの混乱はまだ終わらない。嵐の前の静けさとでも言ったほうがよいのだろうが、一夜で戦火に包まれ、一夜で抑えた第一王子を祭り上げるフルールの民の喜びに水を差すことは出来なかった。

 イージスは以前聖剣士が渡してきた装備品がある場所の地図を広げる。腕輪は砂漠の地、レンブの砂漠地帯にあると記されていた。


「ま、どこかの国の首都にあるより、ずっと封印されているみたいな場所ね」


 アリスはそう言いつつ、王冠を袋に入ったままイージスに渡す。


「え、付けなきゃダメな訳?」

「当たり前でしょう。それに付けるとちょっとは何か掴めそうなんでしょ」

「はいはい、つければいいわけね」


 イージスは袋を受け取り、王冠を付けて、またボロ布を被る。後は腕輪でイージスの装備は完成する。

 王冠を付けたイージスはちょっと顔を顰めた。


「どうしたの?」

「いや、なんつーか、うん。俺は、やっぱり、お前が好きだから、だから、ちょっと真面目に聞けよ」

「何か……思い出したの?」

「ちょっとだけ、な」


 きっと良くなさそうな話のような雰囲気を醸し出すイージスにアリスも少し覚悟する。


「大事な事よ。アナタが思い出すことが、物語に大きく変わるんだから」

「その言い方は嫌いだけどな。俺が神だってのは間違いないんだろうぜ」


 イージスが手をかざすと、手が光り、その下はただの草原なのだが、花がポン、ポン、と音を立てて咲き誇る。それはイージスが初めて見せる異能だ。神の力でもある。意のままに事を叶える。


「綺麗ね」

「お前の花だよ」


 イージスは咲いた青いバラをすっとアリスの髪にさした。髪飾りのように。


「私の……花?」

「あぁ、嘗ての俺がお前をイメージした花」

「何を思い出したの?」

「お前は人間だった。俺がお前を聖女にしたんだと思う」


 そしてイージスは語り始めた。


「お前は青い瞳をした人間だった。俺がずっとお前の愛が欲しくて、間違ったことをして、お前は消えたんだ。だから俺は嘗ての聖女に消される前に、最期にお前が気がかりだったんだ。アリス」

「え……」

「お前は嘗ての神が初めに愛した人間。聖女のような力を持っているのは、俺が聖女を最期に見たからかもしれねぇ」

「私は、聖女じゃ……ない?」

「それは分からない。もしかしたら聖女は消えて、お前が継承したのか、俺の想いで聖女の力が宿って、別の聖女の生まれ変わりがいるのか。分かるのは、嘗ての俺が愛した女。今もって事だけだ」


 イージスの手がアリスの頬を触る。そこの部分が暖かく感じる。触られると疼く胸に、嘗ての聖女が嘗ての神に恋した想いだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。昔話では神の愛に答えなかったとされる人間の女は、何時からなのだろうか、きっと嘗ての神を愛していた。アリスのこの胸の疼きがそれを教えてくれる。

 だが胡散臭い声の言葉が、この想いに蓋をさせる。

 もし、アリスが人間で、聖女ではないのならばユメで見る神と聖剣士と聖女が当事者ではなく、一歩離れたところから見ている事は理解できる。まだ分からないのは神託だと思っていた、胡散臭い声の主の正体だ。人間なのならば余計に、誰の言葉をアリスは聞いているのか。


「きっと昔の想いで、勘違いしているのね。今は、アナタはイージスで、私はアリスで、昔とは別の人間でしょ」

「あぁ。だがお前が欲しくてたまらない」

「余計に勘違いよ。アナタが教えてくれたのよ。聖女じゃなくても、アリスはアリスだと」

「だから俺はイージスをお前に求めて欲しいんだ」


 真っすぐな瞳にアリスは何処かでこの想いに答えたいと思う一方、答えてはならないと、そっと一歩後ろに引き、アリスの頬を触るイージスの手から逃れる。


「違うの。勘違いなのよ。昔の想いがそうさせてる」

「何でそう言い切れる?」

「だってアナタが私を好きになる理由がない」

「好きになるのに理由なんかいるのか?」


 その言葉に流されてはいけない、そうアリスが思った時に、頭にツキンと痛みが走った。



 ———同じ道を辿るのか、違う道を辿るのか、選択の時



 聞こえた胡散臭い声に、アリスは絞り出すようにイージスに答えた。


「私はアナタを好きではないわ。ただ恋愛感情としては、という事よ。人としては好いているけどね」


 同じ道を辿らない。それはアリスが決めていた事。アリスはイージスに恋をしない。聖女ではなくても、人間の女側だったとしても、同じ道を辿ってはいけない。未来を変えるためには違う道を辿らないといけないのだ。

 イージスは再度手を伸ばしかけて、引っこめた。


「……そうか」

「そうよ」


 なんとも言えない空気が漂う中、最期の装備品。腕輪を探すべく、向かう先は砂漠の地、レンブ。

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