~13 第五王子~

 隣国フルールの首都は景観保たれた美しい場所だったのだが、今はあちらこちらで悲鳴や怒号や人々が混乱する声が大きく上がり、挙句に銃声も鳴り響き、断末魔も聞こえた。

 走り逃げ惑う人々。それを片っ端から銃や剣で無表情で片付けていく黒装束の謎の集団。自警団や兵士を片付けているのではない。普通の民間人に手を出している。美しい景観は一夜明けると、恐ろしい景観へ変貌していた。

 アリスは急くことなく、先ずは止まっていた宿に入り直し、屋根の上に昇って、自分に結界を張る。そして様子を眺めていたのだが、いつかの聖国を思わせる光景だ。もちろんゼブランは侵攻時、民間人で手を上げたものは殺めてはいないが、この光景はまずいと思う。

 さらには黒装束の謎の集団は、イージスを暗殺しようとしていた者達と同じ装束に見える。


「あー、苦手なのにぃ」


 アリスは何時までも宿の屋根にいる訳にはいかない。あちこちで火の手が上がり、いつ宿に燃え移って来てもおかしくないからだ。かといって下の道は混乱に溢れかえる人々に、死屍累々。無事な屋根を一生懸命伝うしかないのだが、運動神経はあまり良くないので、色々必死である。

 もちろん助けてあげられればいい。でも一人助けたら、もう一人とどんどん増えて助けられなくなる。いつかゼブランの国王陛下が、人間らしい心を持ていたら助けたいと思うだろうが、切り捨てると言っていた言葉を思い出す。アリスも同じだと言われたが、確かに今、一人でも助けられればいいとは思っていない。事態を把握し、出来るなら混乱を抑える、大勢を助ける道を簡単に選んだ。

 だがそこに感情をいれてはいけないのだ。今、一人でも助けたら、その分時間が失われる。アリスは人間らしくないのだろうな、と思いつつ、行動は止めない。

 実はアリスが向かっている先は混乱している人たちが向かう方向と逆。フルールの王城である。あそこが一番怪しいのだ。どんどん道と言うか、屋根伝いは火の手やらで難しくなるが、何とか伝えるところまで伝い、燃え落ちた個所ばかりになった所で、大人しく普通の地面を走った。

 結界に身を隠す術はない。なのでアリスは地面に降り立った時から、黒装束との戦いも覚悟していたが、彼らは見事にアリスをスルーする。まるでアリスは存在していないかのような行動だ。だが理由は考えずに王城に最短で辿り着ける事を良きとして、走った。

 王城の門まで来たらそこは戦場であった。

 兵士と黒装束が至る所で戦い、銃声も剣戟もすごい。

 流石に堂々と門から入る訳にもいかずだったが、そこで思いもよらぬ人物にまた会った。


「やぁ。君の方か」


 剣一振りでフルールの兵士も黒装束の集団もなぎ倒し、門の近くを綺麗にしたのは聖剣士であった。


「何故、アナタが?」

「面白いことが行われそうだったから。後、罪悪感かな? ここに王冠があるのは事実だけど、この暴動はもうちょっと先だと思っていたんだけどね。割と頭が悪いのかな。我が主神に降りかかるものは取り払うのは当然だしね。まさか君の方だとは思わなくて来たけど、君と一緒も悪くなさそうだ。どうだい? 私と一緒に王城に入るかい?」


 聖剣士の言葉にアリスはすぐ頷いた。

 聖剣士を信用しすぎてはいけない事自体は分かっている。だが前へ進むには攻撃力があった方が便利なうえ、王冠を見つけるにも役に立ちそうだ。アリス自身、いつか聖剣士と対峙する場面がありそうだが、少なくとも王冠と腕輪の封印を解く日までは無事だろうと思う。もちろんアリス自身に結界は張ったままで楽観視する訳ではない。


「いいね。じゃ、行こうか」


 聖剣士は自分の歩む道に現れる者は容赦なく切り捨てた。

 フルールの兵士も、メイドも、黒装束の連中も関係ない。文字通り、歩む道に現れる者を切っていく。その後ろをアリスは付けながら、聖剣士は王城のどこに向かっているんだろう、と思う。

 聖剣士の歩みに惑いは一切なく、とある扉の前で止まった。


「さぁ、出番だよ。聖女らしき人」

「何があるの?」

「王冠とこの国の腐敗した一部かな」

「いいわ。開けるわよ」


 どうせきちんとした答えは返ってこなさそうだったのでアリスはまず、この扉の奥の部屋まで結界を巡らせる。分かるのは、王冠がある事と、誰か一人人間がいて、黒装束も一人いて、後は禁呪で作成された子どもたちが数名感じとれた。

 ドアノブを捻り開けると、中にいた服装が豪華な人物と黒装束の一名は驚いたようで、禁呪で作成された子どもたちは、迷いなくアリスに襲い掛かる瞬間、聖剣士に薙ぎ払われた。


「だ、誰だ!」


 服装が豪華なまだ若い小太りな男が声を上げる。


「人に名前を聞くときは自分から名乗るものだよ。第五王子様」


 聖剣士は小太りな男の正体を知っていたらしく楽しそうに笑っている。そして黒装束の男と小太りの男の後ろに王冠があった。

 黒装束は聖剣士に襲い掛かったが、聖剣士は黒装束の男の肩を剣で貫く。そのまま、黒装束の男はおびただしい量の血を流しながら倒れたが、息はあるようだ。


「甘いなぁ。そう思うでしょ」

「お、まえ、ごとき、に」

「私が何者かも分かんないようじゃあ、ステージにすら立ててないよ。君」

「われらが、ひが……ん……」


 黒装束の男は事切れたのか喋らなくなり、第五王子はついに部屋に一人になり震えあがっている。


「何をしようとしてたんですか? 第五王子様」

「お前みたいな女に答えてやる義務はない!」

「ふぅん。じゃ、もう要はないね?」


 聖剣士がそう言うと第五王子は言えばいいんだろ! と逆の事を言い始めた。

 先ほどからの容赦ない聖剣士の動きを見ていれば、恐らく少しでも生き永らえる道ではあるだろう。どうせ、アリスは王冠を手に出来ればそれでいい。


「第二王子の命令だ。下々には分からんだろうが、色々あってな。第一王子と第二王子が争っていて、第二王子から渡されたのが、お前たちが斬り殺した連中と、後ろの王冠だ。後は、お前はここにいろ、とだけだ。遅いが分かったぞ。私はお前たちの足止め役か」

「うーん、違うんじゃない? 多分別のもの釣り上げちゃった感じかな」

「恐らく違うでしょうね。呼び出したいのは、私たちじゃなかった……」


 アリスは禁呪によって作り替えられてしまった子どもたちを見る。彼らは昨日の興行商人が見せた子どもと違い、禁呪の上に禁呪がかけられている。


「じゃあ誰だというんだ!」

「誰だろうねぇ。でも私たちで良かったと心の底から思うよ」


 恐らく呼び出したかったのはイージスだと、聖剣士もアリスと同じように考えたのだろう。だから分かりやく捨て駒を置いて、口が軽い男を選んだ。これを聞けば、恐らくイージス側からアクションが貰える、と思ったのではないかと思う。またあちこちで剣戟や銃声が飛び交う中だが、恐らくここを監視している人物がいるはずだ。


「さ、用もなくなった、と言いたいんだけど、まだ働く気はあるのかい? 第五王子様」

「どうせ断れば斬るのだろう。私は少しでも長生きしたいし、どうせお前たちに狙われなくとも、常日頃から骨肉の争いは絶えん。どう働けばいいのか言うがいい」

「素直で良いね。まず王冠は私たちが持つ。君は第二王子のもとへ、僕たちを連れて行けばいい」

「え、直接乗り込むの?」

「私なら別に退けられるし、君も問題ないだろう? 興味が湧くことには飛び込む方が面白いだろ」

「分かった。では別に縄はかけんが私の後ろをついてこい。そして第二王子の場所は分かるが、途中の敵は私では倒せんぞ」

「そりゃ見れば分かるよ。私に任せてくれていいよ。おかしな行動したら、一緒に切り捨てるから、それだけ覚悟してね?」


 聖剣士の言葉に第五王子は頷いて、アリスたちは第五王子先導のもと、第二王子の場所へと向かった。

 アリスが結界を周囲に広げていると、やはり監視役か、五名ほどつけてきている。聖剣士に言うべきか、と思って見たが、逆に口元に指先を当てられた。喋るな、という事だろう。

 第五王子が歩く中は、敵は現れなかった。周囲は剣戟も銃撃音もするのに、アリスたちが歩く周りだけ守られているようだ。

 そしてある扉の前で止まる。


「ここにいらっしゃるはずだ」


 第五王子がノックをすると、ドアが内側から開かれる。

 その先の部屋には待っていたかのように、黒い長髪の綺麗な男性が立っていた。


「いらっしゃい」


 恐らく歓迎の意ではない言葉がかけられた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る