~12 幕開け~
隣国フルール。その首都は花の都と呼ばれるほど美しく景観が保たれた場所である。
ゼブラン王国とは敵対している為、アリスとイージスはこっそり密入国した。そしてアリスは変装し、イージスはボロ布を被り、アリスの近くを裏路地を使用して付いてきている。イージスに触れたら人は死んでしまうので、影で動いてもらう方がいいと思っていたが、アリスは結界を張っていたら周囲に何があるか把握できるが、人外のような動きで近くを付いてきている。
戦争時には戦闘をきって指揮を高める戦鬼のように戦う第二王子と聞いた事はあったが、これだけ動きが早ければそれはそう言われるだろう。
首都を練り歩いていると、ふと騒がしい集団がある事に気が付き、アリスは近寄った。
「ほらほら、特別展示だ!」
商人らしい太った男の声に、その横には檻があり、中に入っているのは小さな男の子。だが人間のようで、よく見れば耳は犬のように頭の上から生えて、爪も鋭い。目も灰色がかっており、人間と狼の混合体と言えば分かりやすいのだろうか。きっとあの小さな男の子は禁呪によって作り出されたのだろう。禁呪の痕跡がアリスには感じとれた。
周囲の人々はある人は偽善者ぶり、ある人は楽しそうに見ていた。
「その生き物は何なんだ?」
ある人が声を上げて商人に問うと、商人はニヤリと笑う。
「いい所つくねぇ、お客さん。これはとある筋から手に入れた動物だよ。人間のように見えるが人間じゃねぇ」
商人が檻をガンっと蹴ると、中にいる小さな男の子がキャンと声を上げて泣く。
恐らくあの小さな男の子を商人は動物だと言ったが、元人間だった子を禁呪にかけたに違いないと思う。そしてある意味、この商人の跡を付けようとアリスは決めた。この商人自体か、そうではないかもしれないが、禁呪と繋がりがあるのは間違いがない。
「へぇ、んじゃあ何なんだい?」
「それが分からないから面白いんですよ、お客さん。分からない生物を見つけた時、人は興奮するでしょう? そして見たいと思う。だから宣伝を今日してるんです! もっと見たい方は是非ここへ」
商人は近くにいた人に合図を送ると、その人たちが一気にビラを配り始めた。アリスも受け取り、そこには明日から公開するサーカスだという事と、公演時間、公演期間が書かれていた。
「明日から興行開始します! 是非皆様のお越しをお待ちしております」
つまりはまだ禁呪に侵されてしまった子どもたちがいるのかもしれない。子ども以外にも動物も。
アリスは群衆がはけていく中、近くの物陰に隠れて興行団体を見ていた。すると後ろにイージスがやってきて、パッとアリスが受け取ったビラを見る。
「面白くなさそうな劇だな」
「恐らくあの子、禁呪かけられてる」
「まぁあの見た目からして禁呪知ってる奴だったら、何かの禁呪って気づくだろ。多分こりゃあ釣りだぜ」
「釣り?」
「禁呪を知るのは俺たちだけじゃねぇって事」
「釣って何しようとしてるのかしらね」
「さぁ? だが、乗るんだろ?」
「もちろん。意に沿う気は一切ないけどね」
「言うと思ったぜ。アイツらつけるのは俺に任せろ。俺のが適任だ」
「でも狙いはアンタかもしれない」
「お前じゃ気づかれるぜ」
イージスの言葉にアリスは降参した。確かに尾行は素人だ。いざという時には逃げ切れる自信はあるが、目的である彼らの行動を知ることは出来ない。
「任せるわ」
「お前は他の情報拾っててくれ。合流は出来るから安心しろよ、親父殿が付けてる連中がいるからな」
そう言えばアリスの結界にも引っかからない部隊がゼブラン王国にいる事をすっかり忘れていた事を、今、思い出した。もう大分昔に感じてしまうがイージスが暗殺されかかった時、何故、国王陛下に知っているのか問うた時に禁呪を使用している部隊がイージスをつけていた、と聞かされてたではないか。
「気を付けてね」
興行団体が動き始めたのでそう言うと、イージスは片手上げて、行ってくるぜ、と言ってサッと消えるように塀を飛び超えて行ってしまった。
アリスはフルールの情勢等を調べようと街のレストランへ向かい、食事することにした。食事を装うと案外、皆喋っているものだからだ。
適当なちょっとおしゃれだが高級なレストランではない所を見繕い、アリスは料理を注文し、周囲に耳を傾ける。
「聖国ぶっ飛んだらしいぜ」
「ありゃ俺もちょっと仕事で遠くから見たがやばい」
「あんなの食らえばここもやべぇだろ」
「だがあそこはゼブランに侵攻されて領土化されてただろ。だからゼブランじゃない。他の国。もしかしたらうちだったらいいんだがなぁ」
「何でだよ」
「うちだったら、ここが二の舞踏まないだろ」
「確かにな」
聖国の事件は他国にも当然広まっていて脅威に感じるのも無理はないだろう。アリスは注文した料理がきたのでそれを口にゆっくり運びながら、耳を澄ませる。
「戦争とかまたおきるのかなぁ」
「そうなったら大変よ。ただでさえ、うちも何か揉めてるらしいじゃない?」
「何が?」
「知らないの? うちって王子様十人もいるじゃない。後継者をそろそろ決める時期でしょ。王様もお歳だし」
「順当に正妻の第一王子様でいいんじゃないの?」
「それがどうやらそうじゃないみたいで、よく分かんないけど、夫が末端の兵士やってるんだけど、ちょっと荒れるから食料備蓄しとけって言ったのよ」
「えぇ……。じゃあうちもしとこうかしら。最近聖国みたいな事もあるし、備えはあったほうがいいわよね」
食べ終わりアリスは口を拭いた後、勘定をしてレストランを出た。
本当かどうか知らないが内輪揉めもあるらしいが、少なくとも王子様十人は、アリスは驚いた。それだけ後継者候補に塗れていたら、必ず厄介事は起こる。その上、王子様がそれだけいたら王妃様や側妃様も何人いるのやらだ。
だがそれだけ王族がいると調べにくいのも事実だ。誰しもが禁呪に手を出す理由がある。
アリスはすっかり赤みがかった空を見て、宿を探し、宿のベッドに寝転がる。
イージスは恐らく心配はないだろう。結界も範囲を広げればイージスの場所は特定できるが、今はせずに自分の周囲だけに留めておいた。相手が何を持っているかは分からない。そして聖女じゃないと言われてから、この力は何なのかが気になってどうしようもないのも事実だ。
聖剣士はアリスの聖女の紋様が歪んでいると言った。イージスも聖剣士の紋様もはっきりと見えるアリスにとって、自分の紋様は自分で見れないが、二人とも歪んでなんていなかった。そして歪みは覚醒している、していない、の話でもない。何故なら、イージスがまだ思い出してはいないからだ。
そして気になることがある。ユメで見る昔の話と時折聞こえる胡散臭い声。ユメで見る昔の話は、当事者ではなく一歩離れた視点でいつも見る。胡散臭い声は神かと思っていたが、もし違うならアリスは誰の声を聞いて神託なんかと言っていたのか。
いくら気にしても現時点で答えなんか出はしないだろう。だがきっとこの胡散臭い声曰くの戦乱の世が明ける頃には、はっきりとしているはずだ。イージスが思い出してもそうなのかもしれない。何時かはアリスが何なのかが分かる。襲ってきた眠気に負けてまぶたを閉じる。
霞みがかったまたあのユメの空間に入ったようだ。
アリスは眠たいのに、と思いながら、そもそも今が寝ているはずだと思いなおす。
「ねぇ、……様。お慕いしています」
聞こえるのは嘗ての聖女の声。肝心な部分が聞き取れない。
「お任せください」
誰かと喋っているようだが、相手の声も聞こえない。
「確かに承りました」
きっと大事な箇所のはずなのに、何も判断材料をくれない。
アリスは短いユメだったはずなのに、目をあけたら朝だった事実に驚いた。
「早すぎる……」
寝た気は一切しないが大人しく起き、宿の朝食を食べた後、外へ出た。
イージスから連絡がなければ興行を見に行こう、そう思っていたのだが、宿から出ると人々は一点の箇所を見つめていた。視線の先を見るとアリスも目を奪われた。
フルールの王城から煙が上がっていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます