~11 疑念~

 晴れ晴れとした天気の中、アリスはイージスと聖国だった土地を歩いていた。

 本当に爆発してから、人の亡骸や建物の破片すら残っていない。あの時、見せてもらった禁呪のトリガーである拳銃以外本当に、跡形もなく、文字通り消えた。だが地面を見ると色々黒ずみがあり、恐らく何かだったものが焼き付いたのだろうと想像できる。


「ここには人もいた。俺の部下もな」

「聖国の人で生き延びた人たちもいたでしょう」

「許せねぇ……」


 イージスは握り拳を作って、絞り出すように呟いた。怒りの感情がひしひしと伝わってくる。

 だがアリスも同様の怒りを覚えていた。あの腐敗した聖国が、血は流れてしまったけれど、再度復興しようとしていた矢先の出来事だったからだ。これで本当にアリスを縛り付けていた聖国もその人たちもどこにもいない。

 アリスはその場でしゃがみ、祈りを捧げる。


「ただの慰め程度ね」


 すっとアリスは立ち上がり、空を見上げた。空は変わらないのに、土地は変わってしまった。それにこの更地のような何もない土地は、暗黒時代を思わせる。嘗ての聖女はこのような土地で倒れ、土地に力を吸い取られて消えていった。アリスもここで寝転べば、もしかしたら同じような感じになるのかもしれない。


「慰めでも、何でも、いいじゃねぇか。ありがとよ」

「アナタがお礼を言うなんてね」

「礼ぐらい言うぜ。俺もなんの信者でもねぇけど祈るわ」


 イージスは立ったまま目を瞑った。

 アリスはそのイージスの姿を見ながら、これから彼に降りかかる運命を考えてしまう。

 神として覚醒すれば恐らくアリスが結界を張れるように、何かしら、きっとイージスにも不思議な力は根付く。さらにはアリスには見えなかった文字まで、禁呪のトリガーである拳銃から読み取っている。


「ここから何か分かることはある?」


 アリスとイージスがこの場に来たのは、イージスが読み取れる何かは残っていないか探すためであった。もともとイージスが治めていた為、イージス自信はトリガーも発見し、見回っているのだが、落ち着いてもう一度見てみようとなったのだ。

 イージスは目を開け、辺りを見回す。


「ねぇよ」

「そっか。なら一から作戦練るしかないわね」

「でもお前はやっぱ、聖女、なんだよな」

「そのつもりだけど?」

「いや、うん。ならいいけどよ。俺はお前が普通に心配なのかもしれねぇ」

「どうしたの?」


 イージスは意を決したように言葉を口にした。


「お前は聖女じゃない、そんな気がするんだよ」


 アリスは思ってもみなかった事を口にされ、言葉に詰まる。

 聖女ではない、と考えたことはなかった。むしろ聖女として物心ついた時から暮らしてきたつもりである。だがイージスが何も感じずにそう言ったとは思えなかった。


「バカみたいな事言って悪いな。だが、何か神の装備品ってのを付けていく度に不思議な感覚に陥るんだ。で、思わず言っちまった。根拠も何もねぇよ。悪いな」


 アリスは首を横に振る。

 聖女ではなかったらアリスは何なのであろうか。考えがまとまらない。


「私から他には何か感じる?」

「あ、俺の女にしたいのは変わんねぇ」

「そういうのじゃない!」

「怒るなよ。悪かったって。それ以外は何もないぜ」

「まったく……」


 アリスは瞬間、変な気を感じた。

 それはすぐ傍に近づいて、顔には笑みを浮かべている、桃色の長髪の聖剣士の紋様が浮かぶ男であった。


「我が主神、お久しぶり。聖女も、ね。でも、まぁ派手にやられたよねぇ」

「また、てめぇか」

「何度でも来るよ。我が主神が目覚めるために、ちょっと協力しようかと思ってさ」

「は?」

「腕輪と王冠、探してるんでしょ? これ、地図。それぞれの場所を書いてる。まだ二つとも封印解けてないから、持ってくることは出来なかったけど、そこの聖女なら出来るでしょ」

「何故、場所を知っているの?」

「私は君と違って有能だからって言いたいけど、君もさぁ、自分で封印したんでしょ。まだ思い出せていないワケ?」


 聖剣士の言葉にアリスは言い返せなかった。どうやら彼は本当に何もかも思い出しているのかもしれない。

 ふと聖剣士がアリスをまじまじと見ているのを感じとる。


「何よ」

「いや。我が主神が言ったでしょ。聖女じゃないかも、って。だけど紋様は浮かんで見える気はするんだけど、確かに聖女の紋様が歪んでるんだよ。思い出していないんじゃなくて、思い出せないのかもね。聖女じゃないのかな、君は」


 聖剣士は嘘を付いている感じもなくそう言い放ち、楽しそうに笑う。


「ねぇ、本当に君が聖女じゃなかったら面白いよ。歪んだ聖女の紋様を持つ、君の正体が楽しみだよ」

「私の正体?」

「そうさ。聖女の歪んだ紋様を持ち、聖女の力を操る君は、何者なんだろうね?」


 イージスや聖剣士の聖女じゃない、という言葉はアリスに重く圧し掛かった。もし聖女ではないなら、アリスは何なのだろうか。逆に聞きたいくらいではあった。


「いい加減にしろよ、てめぇ」

「まぁまぁ、落ち着いてよ。我が主神。少なくともその地図にある残り二つの封印を解くのには使えそうだし、使っちゃえばいいんですって」

「人を物みたいに言いやがって」

「人は物と同等だよ。基本使い捨てさ」


 聖剣士の言葉にイージスが剣を抜いて襲い掛かったが、聖剣士が剣でそれを弾く。イージスの剣は勢いよく飛び、少し遠い所で落ちた。


「我が主神。私は味方ですよ。我が主神の意に介さない事はしたくない。でも、今は思い出せていないようだからご容赦を」

「……そうかよ。この地図は本当だな?」

「私ほど、我が主神である事を思い出してほしい者はいないよ」

「もう一個聞く。お前はこの場所をやった犯人か?」

「違うよ。お望みなら犯人教えようか?」

「見てたのか?」

「まぁね」

「やっぱお前とは相容れねぇわ。けど地図はもらっとくぜ。使えるのは、使え、だろ?」

「その通り。いいね、今の我が主神も嫌いじゃない」


 聖剣士はイージスの剣を拾いに歩いていき、拾って戻って来てはイージスに差し出した。


「どうぞ。今回の世も楽しいことが確定した。また来るよ」


 イージスが剣を受け取ると、そう言って去っていく。

 いつも唐突に来ては、言いたいことだけ言って去っていく聖剣士。だが少なくともイージスが質問してくれたおかげで、禁呪の犯人とは繋がりはなさそうだと判断できたのと、不本意だが神の装備品を揃えられそうなのは収穫でしかなかった。

 後は、アリスの聖女問題だが一旦忘れるように決めた。


「気にするなよ」

「分かってる」

「あー、こんな変なモノ付けてなかったら抱きしめてやるんだけどな!」

「はぁ?」

「だってさ、気にしてます、って顔じゃん! ここに付け込まない男はいない」

「意味が分からないわよ」

「だって好みの女が落ち込んでるんだぜ。慰めてポイントゲットが当然だろ」

「それ言っちゃう時点でマイナスね」

「でも俺の女でいてほしいじゃん」

「聖女じゃなくても?」

「お前はアリスだろ? アリスがアリスだったら別に聖女じゃなくていいだろ。ふつーにロイスの嫁の侍女じゃん。俺はお前に惚れたの。聖女って肩書に惚れてねぇよ」


 その言葉に胸が高鳴るのを確かに感じた。ミリエル以外にもアリスをアリスだと言ってくれる人間が、もう一人いた。そしてまっすぐに聖女じゃなくていい、と言葉にしてくれて、アリスは鼓動を必死に抑えた。


「そんなんで落ちないわよ」


 胡散臭い声が、『お前は目の前の男に恋に落ち、裏切られ、そして昔のように消すのだ。変わらぬ定め』と言った事を思い出す。アリスはイージスに恋してはいけない。


「落ちれば楽なのによ。ま、地図は手に入ったし、禁呪阻止の為にもやる事いっぱいだ」

「そうね。地図は手に入ったのだから、まずは近い所から責めましょう」


 地図が指し示す装備品の一つ、王冠がある場所。隣国フルールの首都であった。


 アリスに黒い影を落としつつ、地図を見ながらの旅が幕を開けた。

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