~10 恋してはいけない~
国王陛下が問いただしたいのは、アリスが何故、神の装備品の一つ。神の靴を持っているか、だろう。全て封印したと言ったのもアリスであるのに、アリスが持っているのを不思議に思うのは当然だ。
「神の靴の封印は、もう、十年前に解けていました」
目を瞑れば封印が解けたときの光景が浮かんだアリスは、目を開け、国王陛下を見る。
「聖国で、私の前任者が聖女で、私は見習いの頃です。前任者の聖女は悪魔にかどわかされ、封印を解きました。それと同時に異変に気付いた、私と神殿の今は亡き指導者は前任の聖女を殺し、悪魔に靴が渡らぬよう再度封印を試みました。ですが、封印は出来ず、私が結界で覆って、悪魔に存在を知られないよう隠すので精一杯でした」
「話が簡潔で良いことだが、まずは聞こう。悪魔とはなんぞ?」
「文字通り、悪魔、です。これも信頼に値しないでしょう。聖国は神の靴と、悪魔……いえ、もっと正確に言います。暗黒時代に死んだ魂の塊です。これも封印されていましたが、聖女は正反対の力を有している故か、干渉されやすかったのです」
「死んだ魂の塊か。暗黒時代とやらに少し興味が湧くな」
「そうですね。……昔話の詳細ですが、ちょっと暗黒時代の話をしても良いですか?」
「そうしてもらえると理解しやすそうだ」
—————
神が願いを意のままに世界を動かし始めた時、聖女は神を殺すことを決意した。
聖剣士はいち早く聖女の怪しい動きを察知してから、二人の戦いが幕を開けた。
聖女、聖剣士。この二人は神の傍に置かれた神の次に不思議な力を有するもの。何故、この二人が神の傍にいたかは分からない。もしかしたら神は知っているのかもしれないが、物語では最初からずっと三人でいた。
聖剣士は聖女を殺そうと剣を振るい、聖女は邪魔をする聖剣士を止めるべく結界を張る。
力が強すぎる者達の戦いは、世界に暮らすあらゆるものに影響を与えた。
聖剣士が怒りに任せて剣を振るえば、木々は枯れて人や動物など感情あるモノは何故か気が高ぶって暴走した。
聖女が結界を張り、聖剣士を止めるべく結界を張れば、天候は荒れ、人や動物など生があるモノは生気を吸い取られたように倒れた。
自然にも生き物にも影響を与え続ける二人の戦いは熾烈を極めた。言わば最強の鉾に最強の盾。お互いに疲弊し、自然は無くなり、天候は荒れ果てて、生き物は死んでいく。
何もなくなった土地に二人だけ立ち、神は空で楽しそうにそれを眺めていた。
「何故……楽しそうなの? アナタなら止められるのに。何故……止めないの?」
聖女は小さく呟き、襲い掛かってくる聖剣士を結界で覆った。もちろん聖剣士は結界を切るべく、剣を振りかざしたが、それより早く聖女は結界を消した。聖剣士ごと。
今までの戦いで聖女は幾度も聖剣士を結界で覆っては、聖剣士が結界を切っていた。
聖女は初めてこの時、その力を使った。
神は驚いたのか、地上へ降りてくる。
「何をした?」
神すらも分からない。聖女はそんな事をしたかと思えば、一瞬で神の心臓の位置に短剣を突き刺していた。
だが神は別に避けはしなかった。そんな事で死ぬはずがないと思っていたからだ。だが聖女の短剣はそうではなかった。
「っかは」
神は自分の口から血が溢れ、力が抜けていくのを感じた。
「ごめんなさい。もっと、早く、決めていれば良かった。でも、私は、決められなかった」
神が倒れるのを無視して、何もない世界に謝るよう聖女は土下座した。
後ろで神は苦しみ続けたが、聖女は意に介さず言葉を紡ぐ。
「大好きだったの。神も聖剣士も、大事な人達。でもこうなる結末なら、早くに決断していれば良かった」
聖女は立ち上がり、息も絶え絶えな神を見下ろす。
「待っていたの。でも待ち過ぎた。これ以上はダメだわ。ね?」
結界で神を覆い、聖剣士を消したように、神を消した聖女はそこに残った神が付けていた五つの物を見る。
そして聖女はそれらを封印し、最後、何もない大地に倒れた。
大地は聖女から力を吸い取るように木々を生やし、生き物を復活させ始めた。代わりに聖女はどんどんやせ細り、ミイラのようになり、最後は砂のようになり、消えてしまった。
—————
「これが暗黒時代と言われています。何故、聖女が神や聖剣士を倒せる術を持っていたのかも、何故、神の装備品は消さずに封印したのかも、分かりません。そして先ほど悪魔と呼んだモノは何故、靴と共に封印されていたのかも分かりません」
アリスは一息つく。
「一度世界は滅びた、という事か。分からぬことも多いが、其方を責めてもどうしようもあるまい。だが故に同じことを繰り返すわけにはいかん。イージスと聖女は我が国にいる。そして二人とも、今、話に出たような状況下ではない。だが、封印は解けて、各地で異変は起き始めている」
「あー、もう訳分かんねぇ。封印解いている奴をやっつける、でいいじゃねぇか」
「単純なやつよ。聖女が言っていたよう、残りの神の装備品を探すのが先だ」
国王陛下の言葉にアリスは頷く。
神の装備品は危険度が高い。だが残り二つを探す案がアリスにはあった。
「国王陛下。残り二つの装備品ですが、恐らく、イージスに反応するはずです。なので」
「俺が各地を飛び回ればいいってんなら、話は早いぜ」
「……まぁそういう事なんだけど。イージスに駆けまわってもらうのが一番かと」
「本人のやる気は確かなのだがなぁ。まぁよかろう。しかし現在、イージスに触れた生き物は全て死んでしまう。馬で駆け回らせる訳にはいかぬぞ」
「馬車で結界を張って、が安牌ですね。封印を解いている者達と聖剣士が繋がっているかは分かりませんが、聖剣士はイージスが神だと知っていますから」
その言葉にイージスは不満そうではあったが、思いついたように口にする。
「俺がこれ脱げば普通に馬で駆けれるじゃん」
「バカ! その時に盗まれでもしたらどうするの。アンタが身につけているのが安全なのよ。アンタ以外誰も触れないんだから」
イージスは少しむくれ、国王陛下は軽く笑った。
「今のお主たちを見ておると、物語はもう改変されたのではないかと思うぞ」
そうであればどれだけいいか、とアリスは思う。だが聖女は神を嫌っていなかった。神も聖女を嫌っていなかった。物語と関係性は違えど、大きな差が出来てはいない。恐らく、国王陛下がアリスを殺す案を口にした時にイージスが賛同でもしてくれれば、少なくとも関係性は変わっていたのかもしれない。
アリスは胸に手を当てる。規則正しく打つ鼓動は何時途切れるのか分からない。
ゆっくりと手を放し、イージスを見た。
「行きましょう。物語を改変する為に」
「普通に旅出来りゃいいのにな。そりゃお預けだな」
「まぁね。だって聖国が消えたんだもの。急がないとでしょ」
「ま、お前と共に出来るのは悪くねぇ。一緒にいる間に落としてやるよ。いいだろ?」
イージスは楽しそうに笑う。
状況下は全く楽観視出来るものではないが、釣られてアリスも軽く笑った。
ふとその時、頭の中に胡散臭い声が響いた。
———お前は目の前の男に恋に落ち、裏切られ、そして昔のように消すのだ。変わらぬ定め
目の前の男とは恐らくイージスの事。きっと嘗ての聖女は嘗ての神に恋していた。アリスも同じ道を歩むと言ってきたのだ。だが、神がいつ裏切ったのか、それは分からぬままだったが、一つ分かった事がある。
アリスはイージスに恋してはいけない。
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