~8 誓い~


「アリス、何を隠しているの?」


 ルーベンス侯爵家で主であるミリエルに呼び出されたアリスは、呼び出しに応じて早々そう問われた。

 主であるミリエルは面倒な言い回しはしない。だからまっすぐ聞かれて、アリスはそういう所が好きなのだが、苦笑いするしかなかった。巻き込みたくないのだ。


「えー、エルさまに隠し事なんてしませんよ!」

「嘘おっしゃい」

「本当ですぅ。私にとってエルさまが一番なんです。ロイスさまよりエルさまが一番なんです」


 事実を訴えると、次はミリエルが苦笑いする。


「言う気はないのね。別に無理に聞き出したい訳じゃないわ」

「……エルさま」

「覚えときなさい、アリス。私にとってアリスは大事な使用人であって……友人よ」


 ミリエルがアリスにそっと手渡してくれたのは、ハンカチ。草花の綺麗な刺繍が施されたものだ。


「エルさまが縫って下さったのですか?」

「私以外にいないでしょ。陛下からの呼び出しや第二王子からの求婚や元聖女やらと、貴女は本当に色々あるわね。でもね、私は、今はロイス様に大事にしてもらっているわ。でも嘗てこの広い屋敷でルーベンス侯爵家の仕事を熟すだけの私に笑顔をくれたのは、アリス、なんの肩書もない。ただのアリスよ」


 アリスを取り巻く何かには気づいているのだろうミリエルの言葉に、アリスは貰ったハンカチを握りしめる。

 過去に縛られて、どうしようか、と悩んでいるアリスに、今のアリスを認めてくれている。やはり過去に何の因果もないミリエルがアリスを必要としてくれて、認めてくれるのは、アリスが、アリスである事を実感させられて嬉しい。


「エルさまぁああー」


 ミリエルに抱き着いてアリスが泣き始めると、頭をポンポンと優しく撫でてくれて、暖かい気持ちになる。ミリエルはただの人間なのに、なにか力が使えるんじゃないだろうか、と思えるほど、アリスに安らぎを与えてくれる。

 だがいつも時は動いていた。扉がノックされ、ミリエルの部屋にロイスが入ってきたのだ。


「悪いな」


 ロイスはミリエルに断るとアリスの方を向き、国王陛下が呼んでいる、と告げられた。


「いってらっしゃい」


 断ることも出来ずにミリエルに見送られて、アリスは最近嫌という程くる白亜の城の王座がある間にロイス先導のもと、着いた。


 そこには今日は国王陛下と第一王子と第二王子であるイージスの三人が揃っていた。


「もう王城に部屋を用意した方が早いとさえ儂は思うが、断るのであろうな」

「はい」


 誰に、とは言われなかったがアリスに対する言葉だと思ったので即答した。


「まぁよい。聖女よ、力を貸してほしい。知っておろう。聖国が爆撃されたことは」

「はい」

「イージスに調べさせたところ禁呪の痕跡があった」


 イージスは国王陛下の隣に立っていたところから、アリスの傍まで歩いてきて、透明の袋に入っている拳銃を目の前に出した。

 その拳銃は第一王子暗殺失敗時の事を思い出させる。もちろんあの時の禁呪とは種類が違うが、あの時の禁呪より扱いが簡単なのだ。


「爆発の中心部みたいなところにコイツだけ形を残して、そこにあったんだよ。以外はもう跡形もねぇ」

「……皆様の読み通り、これが禁呪のトリガーであってます。恐らく第一王子暗殺未遂時の禁呪とは違い、これは術者による自爆。恐らく術者は相応の使い手であり、その分、被害がデカいのだと思いますわ」

「ま、そこまでは正直全員意見一致だ。問題は、分かるよな?」

「第一王子及び第二王子暗殺未遂犯と同一人物か、ですね。まだ証拠はないですが、恐らく同一犯。禁呪の使い方を覚えてきている、と考えていいですわ。まだ禁呪の跡形が残るところが弱いですが、ま、時期に痕跡さえ残さなくても扱えるようになるでしょう」

「ふむ。それに対して我が国で同様の事が起きては困る。どうすべきか?」

「信じないかもしれないですが、昔話をしてもよいですか?」


 国王陛下はうむ、と了承してくれたのでアリスは昔話を始めた。



 —————



 これは、神が地上に存在していた頃の話。神の傍には聖女と聖剣士が仕えており、地上の行く末を見守っていた。

 基本的に神は地上のあらゆることに干渉はしなかった。それを掟としていたからだ。神には何でも出来る力があった。文字通り何でも、だ。戦争を止める事も、人を消すことも、世界の生き物・植物全てを無に帰すことも、全て神の思い通りになる。だから干渉をせず、眺めて、世界の行く末を想像しては楽しんで、ただ見ていた。


 だがそれが変わる時がきた。


 神が恋をしたのだ。人間の女だった。神は彼女が老いていくことも、死んでいくことも、嫌だった。だから初めて地上に干渉して、その女を不老不死にした。そして女は神を愛してはくれなかったので、感情にも干渉して、神と相思相愛にした。

 神は女と共に長い時を生きたが、ある時ふと呟く。

 むなしい、と。

 女は神に操られているに過ぎず、囁く言葉も全部、神が望むモノをした。その事がむなしい、と言った時に、女に干渉するのを神がやめると、女はすぐさま消えた。

 神はまた地上に干渉する事を止めた。

 だが、すぐ干渉し始めた。またある女に恋したのだ。

 傍で見ていた聖剣士はやれやれと言った風にしていたが、神を諫めはしなかった。逆に聖女は神を諫めた。

 ここから暗黒時代、もう今や歴史に残っていない時代が数年始まる。

 短く結論から言うと、女に溺れた神を聖女が封印した。聖剣士と争い、神を地上に干渉出来ないようにしたのだ。



 —————



 黙って昔話を聞いていた国王陛下はふむ、と聞き終わった後言い、アリスに尋ねてきた。


「我が国に同様の事が起こらないように、と問うたのだが、この昔話は何を意味する?」

「これが作り話ではなく、本当の事で、禁呪も暗黒時代に生まれたもの。そして神の封印を解こうとしている者がいる、と言えばいいでしょうか……。確たる証拠はなくとも、暗黒時代に干渉している者が複数人。以前国王陛下は国単位で関わっていると言われました。封印は解けかかっています。それが今の現状を引き起こしている、と考えます。なので再度封印をするのが必要だと考えます」

「神やら暗黒時代やら、信じがたいものよ。だが禁呪と聖女は目の前におる故、いても不思議ではないのだろうな。禁呪の威力は人の業ではないと思える故、余計だな」


 国王陛下の言葉にアリスは、国王陛下は口にはしないが神のローブについても思い浮かべているだろうと推測する。あれを知っていれば余計にそう思うだろう。もちろん第一王子やイージスの傍では口にはすまい。

 イージスは袋に入った拳銃を持ちながら、アリスに問う。


「俺にはコイツに文字が浮かんで見えんだよ。古代文字で、『第一の陣』ってな。意味は分かんねぇ。お前には見えてるか?」

「見えてる……っていうの?」

「あぁ」

「私には、見えていないわ。でも『第一の陣』、それは大事なことよ」

「お前には見えてない、ね」


 イージスはアリスに見えていないという事にそう呟くと、国王陛下が声をかけた。


「お前には知る権利がある。聖女が知っている事もあるようだが、まずは儂がお前に話すべきことがな」

「やっと話す気になったってか、親父殿」

「何かを感じ取っておることも知っておった。だが、儂が、認めたくなかっただけだ。だが時は動いたのだ。儂も覚悟を決めねばならん。だろう? 聖女よ」

「そうですわね。おっしゃる通りです。私も覚悟を決める時。先に第二王子へ説明してあげてくださいませ。あの件は私が伝えるべきではないと思います。そしてその後、私も第二王子……イージス、あなたに伝えたいことがある」


 国王陛下は頷く。恐らくこの場で話についていけていないのは第一王子のみで、だが彼は黙ったまま事の成り行きを見ている。今はそれが正解だろう。まだ立太子していない彼は関わらないで済むなら、関わらない方がいい。


「聖女よ、イージスに何を語るか儂も同席させてもらうぞ」

「もちろんです」

「では明日また来るがよい」

「かしこまりました」


 アリスは礼をして、警備兵として壁の花になっていたロイスと共にルーベンス家へと帰路を辿る。

 ロイスは第一王子以上に何も言わないし、聞かない。ある意味、ミリエルと似たもの夫婦だと思う。恐らく二人とも感じとることは何か感じとっているのに、踏み込んでは来ない。だから二人の夫婦の進展も遅いのだろうが、そんなルーベンス家がアリスに心地よいことに変わりはなかった。


「聞かないんですか?」

「必要なら言うだろう。俺はお前を馬鹿だと思っていない。だから必要なら言え」


 思わずアリスがロイスに問うてみたら、非常に簡潔な答えが返って来て、思わず笑った。


「あはは。やっぱり、捨てられない!」

「壊れたか?」

「壊れてませんよー! ただただ、私は幸せなのですー」


 アリスはこの幸せを壊さない事を誓った。

 過去は壊してしまったけれど———

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