~7 消滅~
アリスはルーベンス侯爵家で掃除をしていた。侍女なので当たり前の仕事なのだが、最近、色々起こり過ぎて、正直、聖国にいた時より聖女の仕事をしていると思う。
本当は聖女として動くべきなんだろうが、アリスは侍女の仕事を捨てられなかった。
だが神のローブの意志を引き継いだ以上、動かない選択肢はない。だが、どちらも捨てられない。
アリスの主人であるミリエルは事情を知らないが、少し休む? と声をかけてくれたが、首を横に振った。
「よぉ、元気か?」
もうルーベンス家には顔パスで入ってくる第二王子のはずのイージスがいた。
「元気ですわ」
「親父殿と会ったらしいな。って、ま、こんなシミったらしい会話はいいか」
「その会話を投げられるアナタが素晴らしいですよ」
「馬鹿にしてるだろ……。つーか、メインだよ、メイン!」
イージスはそう言うとアリスに青いバラを手渡してきた。見事に青く、珍しい色だが、とても綺麗だ。
「どこかに行ってきたの?」
「まぁな。お前の瞳と同じ色じゃん。ちょっとした株上げだな」
「最後の一言、言わなけりゃいいのに……」
「しょうがねぇ! 俺はこういう性格なんだよ。言わないでも分かるとか、ねぇわ」
「そこは同感するわ」
アリスは青いバラを手に取り、バラに結界を張る。そうすると花が枯れないなのだ。
「やっぱり俺の女にしたいな」
「お断りしますわ」
「そこがたまらねぇよ。媚びを売る奴らより信用できる」
「まぁ、それは何となく理解はするけど、そういう道を選んだのでしょう?」
「おいおい、親父殿にどこまで何を聞いたんだか……」
国王陛下は、イージスは母親について知っているようだ、と言っていた。何処まで、とは言わなかったが、それでも後ろ盾のない第二王子。規格外の力を持っている以上、王位継承権を放棄することも出来たはず。それでもしなかった理由がイージスにはあるはずなのだ。
踏み込んだ話になりそうでアリスは首を横に振った。アリス自身、アリスの過去を話す覚悟が出来ていない今、イージスにだけ話させるのは違うだろう。
「この花、自室に飾ってきてもいい?」
「あぁ。俺はその間に馬用意しとくからよ、今日もちょっと外出ようぜ。ちなみに大好きなロイスの嫁の許可は得てるぜ。どうぞ連れ出してあげてください、だってよ」
アリスの弱点がミリエルと知ってからは、先回りされるのでもう何も言い返せない。ミリエルがいってらっしゃい。と言えばアリスは行くしかないのだ。だってアリスの大好きな、唯一無二の存在がそう言っているのだから当然だ。
「はいはい」
「はい、は一回だろ?」
「外で待っていてください」
アリスは自室に青いバラを飾り、そしてイージスの馬に相乗りして、今日も馬で外を駆けてもらう。
神殿から出て、ルーベンス侯爵家で、世界はこんなに広いのだと思い知る。馬が駆けて見せてくれる世界はアリスにとって夢にまで見た世界だ。
「今日は、ここだ」
馬が止まり、イージスの手を借りて降り立ったのは、丘の上。この間とは違うところで、そして嘗てアリスがいた場所が遠くに見えた。
「そう言えばアナタが今は統括しているんですってね」
「前にも言ったが兄上殿が立太子されて落ち着いたら統合させる」
「あんな国でも私の生まれ故郷に変わりはなかったわ。ありがとう」
「っふ。切り刻んだ国によく言うな」
「確かに多くの血が流れたわ。でもそれは時の問題。たまたまゼブラン王国だっただけの事よ」
あの国は腐敗していた。富裕層と貧困層の格差が広がり、閉鎖された国。内部でいつ反乱がおきてもおかしくはなかった。だったらせめて他人に壊されてよかっただろう。知っている者同士が斬り合う等、戦争より内部反乱の方が辛い。
「妹も死んだそうだな」
「ええ。私が弓で射たわ。下手くそだったから、苦しまないよう、すぐにゼブラン王国の兵士さんがトドメを刺してくれたけどね」
「悲しく……ないのか?」
「婚約者をとられて、聖女の力を持っていたのに、使わずに堕落した妹に対して? 悲しめないわ。だって私はずっとずっとあそこに囚われて、ずっとずっと守り通してきて、あの子でも維持できるようにさえしたのに、簡単に壊された」
頬に涙が伝うのが分かったがアリスは拭わなかった。
妹に対しては、本当に悲しみはない。強いて言えば憎んでさえいるだろう。でも守り通してきた国が崩れ去る様は、今までの人生を否定されたようで、見ていられなかった。ミリエルさまがあの時、アリスを必要だ、と言ってくれなかったら、アリスはどうしていたか分からない。
「ちゃんと復興させてるぜ」
「ええ」
「遠いから分かりにくいけどよ。ま、多くの血は流れた。だが綺麗事ばっかり言えねぇ。出来るのは流した血に報いるために、出来る事をするだけだ」
「ふっ。だからその地位にいるのね」
「身分が高い方が色々やりやすいんだよ。俺は剣握って戦場駆けていくしか出来ねぇ」
「それでいいのよ、きっと。アナタも随分背負いこんだものね」
アリスは涙を拭ってイージスに浮かぶ紋様を見る。これは告げない方が良いだろう。だが前に紋様を見た時よりも色濃くはっきりと浮かぶその紋様に、時は迫っているのだろ分かる。
昔話でもしようか、とアリスが口を開きかけた時、ふと周囲に張っていた結界に触れるモノに気が付いた。それは別に隠れもせずにアリスとイージスの近くにやって来る。
派手な桃色の長髪に、帯剣している、細身の男。
見た瞬間、聖剣士の紋様が見えてアリスは揃ってしまったことを悟った。
「見つけたねぇ。我が主神に、聖女様。ん? 我が主神は目覚めてない感じ? 聖女は分かってるよな」
聖剣士に問われてアリスは頷く。
「久しぶりですね。出来れば、会いたくなかったですわ」
「無理無理。運命は変えられないって」
「アナタは何処まで何を知っているのですか?」
「ん? 簡単。ぜーんぶ」
聖剣士はそう言うと、刹那剣を抜いてアリス目掛けて襲い掛かってきたところを、隣にいたイージスも帯剣していたので剣を抜いて、止めてくれた。
あまりの早業に、目の前で剣が交差するまで、アリスは事態の把握が出来なかった。
「おいおい。よく分かんねぇ話してるから黙ってりゃあ、いきなりやるじゃねぇか」
「それでこそ我が主神だよ」
「お前の主になった覚えはないな」
「すぐ思い出すって。時の流れは早くてね。そこの女は許されない事をしたんだよ。私は我が主神の僕だ。だから今は引きなさい、というなら引くけど。いつでも言って。そこの女がやった事を思い出したら」
聖剣士は剣をしまい、クツクツと軽く笑い終えた後に、アリスを見る。
「ねぇ、楽しい? それとも、もう一回やるの? 前回は負けたけど、今回は負けないよ。今日は我が主神の状態を確認できたからもういいや。でもさ、運命を覆すには簡単な方法だと思うんだけどなぁ」
聖剣士は何を、は言わずにそのまま振り返り去っていく。嵐のような感じだった。
だがアリスは確信した。聖剣士は過去の事を知っている。全部と言っていたが、それが全部ではないにしても、過去の聖女が何をしたかは知っている。
本当に時は待ってはくれないのだとアリスが思った時、丘の上から見えた嘗ての聖国がドォンっという物凄い爆音と共に消え去った。丘まで爆風は来て、アリスは結界を張ってイージスと共にそこに立っていられるが、こんな離れている場所でも近くの木々は爆風に煽られて、吹き飛ぶ。
「……戦乱の世、来たりってか」
「そうみたいね」
丘から見えた聖国は、もう無かった。
丘の周囲の木々もぐちゃぐちゃで、爆風の凄さを物語っている。
聖剣士と聖国の消滅。
時は止まってはくれなかった。
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