~4 少し物騒で穏やかなデート~
アリスはルーベンス侯爵家で与えられている侍女としての一人部屋に籠っていた。
イージスの誕生日パーティの日、死の禁呪事件があり、それ以来ずっとだ。大した日数は経っていないが、心配そうに扉の奥から声をかけてくれる人達もいる。主人のミリエル筆頭に、ロイスやイージスまでだ。
だがアリスは、決断できずにいた。
「よいしょぉおおっと」
あるモノを前に悩んでいると、外から勢いの良い掛け声が聞こえてきたかと思えば、パリーンと二階にあるアリスの部屋の窓が割られて、入ってきたのはイージスであった。せめて扉を蹴破るか、いっそのこと合鍵を借りて入ってきてもらった方がまだ被害がなかったように思えた。
イージスはアリスとアリスが見ていたモノを見て、首を傾げる。
「よぉ、引きこもり。なんかずっと出てこねぇから、つい破っちまったが、なんだぁそれ。靴……だよなぁ?」
「どうも派手なご登場を。靴、よ。『神の靴』、アンタが付けている『神の宝飾』と同じ神の装備品」
「何でお前が持ってるって、今聞いても答えないな。最近暗い事ばっかじゃねぇか。だ、か、ら、強制的にデートに行くぜ」
イージスはアリスを軽々しくお姫様抱っこすると、割った窓から勢いよく飛び降りた。そして近くにいたイージスの馬に乗せられ、あれよと言う前に馬は駆けだしていた。あまりの手際の良さに怖い上に、驚異的な身体能力過ぎる。もちろん恐らく本人が自覚ない古代神の末裔の紋様が関係しているのだろうが、人間離れしていると言ってもいいだろう。
馬は草原を駆け、ある場所で止まった。
周囲には家も人もいない。ただただ自然広がる世界。神殿で聖女をし、侯爵家で侍女をして、基本外に出ないアリスにとってこんなに自然に囲まれたことはなかった。
「綺麗だろ」
「えぇ」
「ここは俺が俺に戻れる場所ってーのかなぁ。ま、王族なんて向いてない俺の逃げ場所だ」
イージスは馬から降りて、アリスも降ろしてくれる。
そして草原に寝転んで空を仰ぎ見て気持ちよさそうにしているイージスに習って、アリスも隣に寝転んでみた。
空は青く、風はそよいで、鳥は楽しそうに飛んでいる。
「自然、ね」
「あぁ。お前も薄々気づいてるんだろ。俺はお前みたいに聖女様とか言われてないが、ちょっと人間離れしてる」
「知ってるわ。理由も、ちょっとは分かるけど、何故かは分からないけど」
「何でも屋だな、お前。俺、お前一目ぼれって言ったけど、また今日で惚れたぜ」
「何でよ」
「怖がらないだろ」
その一言にアリスは言葉を失った。
異質な力は有効に使おうとしてくる輩がいる一方、恐れ戦く者もいるのだ。普通の人にはあり得ない声が聞こえて、普通の人には出来ない結界が張れて、神殿でも化け物と呼ばれた事は何度もあった。きっと聖女として崇められていたアリスと同様、隣のイージスも王子といえど影ではいくらでも言う者がいる。
「多分、俺とお前、触れられたくないところに触れないといけないよな。今回のこの事件ってーのか、なんだかを食い止めるためにも……」
「そう、ね。少なくとも私の場合は、そうだわ」
「別にここで話そうってワケじゃねーよ。お互い理由あるし、覚悟もいるだろ。今日は本当にデートだ。俺が王子なんてやってるからさ、城下町で食事とか買い物とか出来ないけどよ」
「食事や買い物より、良いもの見てるからいいわ」
「数少ない女だぜ。お前」
「良いものを良いと言っているだけ」
「そういう奴が少ねぇ世の中なんだよ」
飛んでいた鳥は獲物を見つけたのか、草原へ急降下して、すぐさま急上昇していく。口に小さな何かをくわえていたので、恐らく虫か食べられる何かだろう。世界はこうして弱肉強食の中、こう平和に見えても、もし今、鳥がくわえていたものが虫だったなら、一つの命が失われ、一つの命が生き永らえる。
アリスは眺めながら、こんな日もいいか、と思った。
何もしないけど、静かに過ぎる日々。あまりにも過去を思い出す出来事が最近起こり過ぎた。
「確かに貴族のお嬢様には合わないわね」
「だろ?」
「でも第二王子妃って良い響きを目当てにするお嬢様は多いと思うわ」
「嬉しいか? それ」
「アナタが相手に求めるものに寄るんじゃない?」
「俺は今みたいに普通に話せて、言いたいこと言えて、怖がらないお前がいい」
「私はエルさまの侍女でずっといたい。……決裂ね」
「早くね? 別に結婚後も侍女したらいいし、何も一つだけを取る必要あるか?」
「傲慢。二兎追うもの一兎も得ず、よ」
「馬鹿だなぁ。そりゃそういう時もあるけどよ。追えるまで追うだろ。取れるまで取ればいい。何処かで取捨選択はあったとしても、ロイスの嫁と俺は同時に追う必要があるか? お前はロイスの嫁を、俺はお前を追えばいい」
イージスは天に手を伸ばす。
「いいじゃん。俺はお前に惚れた。今日で余計に惚れた。人の気は移ろうぜ」
「アンタの気もね」
「そりゃ否定できねぇ。未来は知らないからな! でも、未来は誰も知らないだろ。その神託ってのだって、本当にその通りになるかは、そうなってから分かるもんだからな。だから、今の気持ちで十分だろ」
その言葉にアリスはちょっと呆気に取られたが、そうか、とどこかで腑に落ちたら笑えて来た。
「あはは。そうね、その通りだわ。だから、やっぱり私はエルさまと一緒にいる! アンタはやっぱり邪魔だわ」
「結論そっちかよ!」
「当然。アンタが王子様じゃなくても、エルさまを取ってる。それが私だわ」
アリスは立ち上がって草原を思いっきり駆けた。
誰にも気にせずに自分の思いを貫く。そう思えば悩んでいた答えは出た。もちろん話すのには勇気がいる。でもミリエルの傍で侍女をし続けるには必要な事だと思えば、ちょっとは勇気が出たかもしれない。ミリエルの傍で侍女をした時のあの幸福感。アリスには大事にしたいものがある。
イージスは駆けまわっているアリスをちょっと起き上がって、座って見ていた。
「楽しそうだなぁ」
「まぁね~。気持ちいいわ。アンタとデートはごめんだけど、偶には連れてきて欲しいわ」
「そりゃデートだっつーの」
「デート以外にも男女の友情は成り立つでしょう」
「何でそんなに嫌がるかねぇ。俺ってそんなに悪いワケ?」
「まぁ、エルさまと一緒にいる時間を削ぐ行為は出来るだけ省きたい。今は特別。エルさまとの未来を守る為」
「本当、ロイスの嫁が好きだねぇ。ま、今はいっか。お前が笑ったからな」
そう言われてアリス駆けていた足を止めて、自分が禁呪事件以来引きこもりをしていた事を思い出した。それを忘れるくらい、外の居心地が良かったのだ。
イージスはふと立ち上がると、アリスの傍に寄って来て抱きしめる。
「これくらい、させろよ」
「なっ、何がこれくらいよ!」
アリスは慌ててイージスの胸板を押すがピクとも動かない。
「いいじゃん。人の心臓の音って落ち着かねぇ?」
「そんなの他のお嬢様としなさいよ」
「お前だからだよ。分かんねぇ奴だな。大人しくしてろよ」
どう足掻いても動かないイージスに、諦めてアリスは大人しく抱きしめられることにした。
草原を吹く風の音、鳥の鳴き声、街のような大きな音がしない中抱きしめられると、嫌でもイージスの心臓の鼓動が聞こえた。規則正しく打つその音は、確かにイージスの言う通り、悪くなく、どちらかと言えば心地よい音だ。
足掻くのを止めて暫くそうしていたら、イージスがパッと手を放してくれた。
「ふん。こんなので気は移ろわないわよ」
「残念。まぁ、根気よくいくかぁ」
「普通にどこぞのお嬢様と結婚してくれたらいいのに」
「そう言うなって。って、おいおい、今日くらい普通にデートして、大人しく帰らせてくれたらいいんじゃねぇのぉ」
イージスはアリスを後ろに庇い、帯剣していた剣を抜く。
その様子にアリスは面倒だが、イージスと自分にも結界を纏わせ、周囲に気を配れば、三人異様な雰囲気を放つ者がいる事に気が付いた。
「かくれんぼが下手なんだよ。出て来いよ」
イージスがそう言えば一人が顔を出したので、アリスは思わず声を上げた。
「もう二人も出てきなさい!」
「おーおー、流石だな」
人数を言われたからか、もう二人も顔を出し、三人全員顔を隠すように黒装束を身に纏っている。
そして三人出てきたらすぐさま三人とも銃を構えて銃口をイージスに向けている。
「大丈夫。今回は呪われてない。でも安心しないで」
「了解。全力で終わらせてやるよ。お前になら、見られてもいい」
何を、とアリスが聞く前にイージスを纏う空気感が変わった。瞬間、黒装束の三人が同時に倒れた。何が起こったのかも分からなかった。分かったのはイージスが何かをした、それだけだ。
アリスは黒装束の一人に近づく。念のため触りはしないが、事切れている事が分かる。
「何をしたの?」
「お前でも分かんねぇなら、これもたいしたもんだなぁ」
「……いいや。今日は聞かないんだもの。デートでしょ。この三人、何か調べたいことあるの?」
「ねぇけど。ここでそれ言えるのもすげぇよ」
「ま、元聖女も綺麗ごとだけじゃないって事よ」
アリスはアリスとイージスに纏わせていた結界を解いて、事切れた黒装束三人に結界を纏わせて、消した。
次はイージスが驚く番だったようで、えーっとか言っている。
「お前もたいしたもんだなぁ」
「全部、今日は無しでしょう?」
アリスが笑って言えば、イージスは頷いた。
「あぁ。今日は全部無しだ」
「笑ってそう言えるアンタ、悪くないわよ」
「やっぱり俺ら、お似合いだと思うんだけどなぁ」
「思わない。エルさまとお似合いだと言ってちょうだい」
「ロイスの嫁だろ?」
「男の方はロイスさまでいいです。女の方が空いてるじゃない」
「おいおい、滅茶苦茶」
「無茶苦茶でもいいのです。エルさまが最高! って変わらないんですから」
夕刻ごろまで草原にいた二人は、来たとき同様、イージスの馬に乗ってルーベンス侯爵家に戻ると、割れた窓ガラスにいないアリスを心配したミリエルにみっちり怒られたのだった。
だがその後、引きこもっていた理由も聞かないで、無事でよかったと抱きしめてくれたミリエルは、やはりアリスの中で唯一無二の存在に変わりなかった。
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