~3 動き始める何か~
アリスは、今日は主人であるミリエルに同行して、あるパーティに出席していた。その名も第二王子の誕生日を祝うパーティだ。本当は来るのも嫌だったが、始めルーベンス侯爵家に届いた招待状は二通。一通はルーベンス侯爵及び夫人宛て、つまりロイスとミリエル宛て。これは普通だ。二通目がアリスに直接来たのだ。しかも内容がエスコートさせてもらえませんか、と来た。これには眩暈がした。
即座にアリスは手紙を認め、ふざけるな、と要約したらそれくらいの短文を第二王子のイージスに送り付けたのだが、其処から色々押し問答して、結果ミリエルの侍女として出席する、で落ち着いてしまったんだ。
またやってきてしまった陰謀渦巻く白亜の城に、アリスはため息をつく。どうもこの城の外装は嘗て自分を縛り付けていた、昔あった聖国の神殿を思い浮かばせる。だから余計に虫唾が走るのだ。
「祝いの言葉はねぇのか?」
別にダンスをする柄でもないので、大人しく会場の隅で食事を堪能していると、騒めくなと思えば、目の前に主役のイージスが立っていた。
他の招待客の手前、ルーベンス侯爵家の品位を落とさない為にも一応挨拶のマナーだけ学んできたアリスは、即座に食べていた食事を近くのテーブルに置き、綺麗にお辞儀をして見せた。
「大変失礼いたしました。おめでとうございます」
もう必要最低限でアリスは述べたので、どこかへ行ってくれ、という気持ちで一杯だった。
もちろんそれで何処かへ行かないのがイージスで、寄りによってアリスの前に跪き手を差し伸ばしてきた。
「美しいレディ。ダンスを一曲、お願いします」
断れない、というかよい断り文句が浮かばなかったアリスは踊れないが、手を取る以外どうすればいいか分からなく、仕方なく手を取った。そうすればイージスに手を引かれ、ダンスホールのよりによって中央に導かれて、腰に手を回される。
踊れないアリスはもうなるようになれ、とイージスに身を全体任せることにした。
「手を俺の腰に回せ。そう、後は任せな」
言われるがまま、されるがままにアリスは従い、そうすれば踊れないアリスが踊れている摩訶不思議だ。きっと流石に王子様なだけありダンスが上手なのは、出来なくても理解できた。体が身を任せていれば、勝手に動くのだ。
「踊れないなんてな」
「神殿育ちの神殿幽閉からの侍女にダンススキルなんていらないものですもの」
「っふ。まぁ、俺も王子なんて厄介なモノに生まれなきゃ付けなかったスキルだな」
「でしょうね。ちょっと意外だもの」
「だろ? これでも兄上殿よりダンスだけは上手いんだ。嫌でも体を動かすのは得意だからな」
「美しいレディをそれで引っかければよいのではなくて?」
「言ったろ。俺はお前に惚れた。嘘でも何でもねぇよ。逆にそう言った嘘は苦手なんでね。安心しな。王位継承権は放棄をきちんとするし、兄上殿は二大公爵家の一つの御令嬢と婚約済み。問題なく兄上殿が跡を継ぐ」
「あら、意外。結構性格違うから、あの第一王子とは気が合わないかと思っていたわ」
「平和主義の性善説で、傀儡になりそうな所は嫌いだぜ。でも、ま、全く覚悟を決められない訳じゃないってのが分かる出来事もあってな、俺は剣を握って一番前に立つぜ」
「そう。ま、いいんじゃない。アンタは王様って役目じゃないわ」
ダンスが終わり、イージスの手が離れる。
瞬間、そそくさとアリスは一礼してイージスの傍から離れた。追いかけてこられそうだったが、次のダンスの申し込みをする令嬢に囲われてくれたおかげで、アリスは難なくまた会場の隅へと移動できた。
派手なパーティを傍観者のように眺め、胡散臭い声を思い出す。歯車は揃った、というあの言葉。戦乱の世といい、最近よく聞こえる上に悪い意味で捉えられる言葉が多い。結界の柱を各地に打ち込んではいるが、また神の装備品は出てくるだろう。事前に止められればいいが、神の装備品はそう簡単な封印をかけられていない。それを解く程の者達だ。簡単にはいくまい。まるでこのパーティが最後の晩餐のように思えてしまう。
パンっと発砲音が鳴ったのはパーティ終盤であった。銃撃にあったのは第一王子を警護していた近衛兵。王子を庇ったのだ。そして次のパンっという発砲音が鳴り、銃撃した犯人は自害した。
美しく煌びやかなパーティが瞬間悲鳴と騒めきと混乱に襲われる。
会場の隅で観察をしていたアリスはすぐさま状況を把握出来た。あの犯人から気持ち悪い気配が漂っていたのだ。
「アリス! ミリエルと共に屋敷へ」
「ロイスさま。あの犯人、操られていますわ。エルさまには結界を張っております。あの犯人を見せてくださいませ」
犯人に近寄ろうとすると騎士団長を務めているロイスが止めに入ったのでそう言うと、すぐに頷いて別の騎士にミリエルの警護を頼み、ロイスと共に犯人の元に歩み寄った。
既に事切れていて、赤く絨毯の色を変えている。髪の色がよくいる金の髪色ではなく、よく見れば染めている。髪の根本を見れば黒い。そして肌の色も肌色だったのは禁呪で変えていたのか、死亡した今、肌の色も黒い。全身が黒に染まている様子を見れば分かる。禁呪を使用したのだという事が。問題はどんな禁呪を使用したか、だが、今回見事に第一王子を身を挺して守り切って殉職した近衛兵も黒く染まっている事から、何を使用したかは分かった。
「これは死の禁呪の一つですわ。きっと王子様にしたかったけど、近衛兵でも良かったんでしょうね」
「どういうことだ、アリス」
「相手を殺し、死の楔をその場に打ち込む。そして自分の死を以て禁呪を発動させる。そして死の楔より放たれるガスにより、一定の周囲の人も一瞬で死に至らしめる。古い、古代魔法の一つですわ。ま、一定の周囲ってのは術者の力量ですし、多分、まだ古代魔法をきちんと理解していない者が、この者を操って使ったから良かった」
逆に言えば理解して使っていればゼブラン王国が滅びていた。第二王子の誕生日という事で、国内の有力貴族も集まり、当然主な王族が揃っているのだから、大した術者じゃなくてもこの会場くらい、一瞬で死に至らしめただろう。
イージスも近くにやって来て、国王陛下や第一王子もおり、アリスの言葉に言葉を失くしている。
「理解、していたら、どうなっていた?」
ロイスは騎士団長。事の重大性に声を震わせながら聞いてきた。
「術者の威力次第ですが、少なくとも会場にいた人は即死ですわ。私は防げますが、殺してすぐ死んだでしょう? あのスピード感だとどこまで反応出来て守れていたか、自信はありませんわ」
「理解していない今回は、どういう状況だ?」
「簡単に言えば失敗しているので、只の犯人の死体と近衛兵の死体ですが、お二人とも呪われているので、火葬がよろしいかと。そして殉職されたご家族には申し訳ありませんけど、今は失敗しているけれど、誤爆されても困るのです。すぐ火葬を。そして直接ご遺体に触れぬようにお願いしますわ、ロイスさま」
「分かった。国王陛下、よろしいでしょうか」
「あぁ。直ぐに元聖女に従うよう」
ロイスが頭を下げてすぐ準備に近くの騎士と取り掛かりに入ると、国王陛下は近衛の第一王子を守った者の方に向き、近寄りはせず礼をした。第一王子も第二王子のイージスも習うように礼をした。
この者がいなければ少なくとも第一王子が死亡していた。そう思えば当然だろう。
「おい、戦乱の世、もう訪れてんじゃねぇのか」
イージスの問いにアリスは首を横に振った。
「早く、防がないといけないわ。神の装飾品に挙句に禁呪。まだ理解はしていないみたいだけど、理解したらすぐに訪れるわよ、一瞬で。問題は敵の目的よ」
「どっかの国が、うちの国滅ぼしたいんじゃね?」
「だけだったら神の宝飾品とか禁呪とか、色々出てこない。もう少しリスクなく発動出来る禁呪があるのも知っているはずなのに、あえてリスキーなハイリスクハイリターンな戦法を取っている。国同士の戦争であれば征服した後の事も考えるでしょう。それが……無いのよ」
「要は潰すことだけに要点を置いてるって事か」
「しかも派手に、ね。これ、発動していたら、最悪ゼブラン王国の国土も超える術者だったかもしれない、と思えば分かる?」
「あんま悠長に構えてられねぇな」
アリスは頷き、各地に散りばめていた結界の柱の様子を伺うが、特に異常はない。
イージスの首にかかってる『神の宝飾』、死の禁呪、アリスという聖女の血筋に、イージスには何故か古代神の末裔の紋様がある。あまりにも古代のモノが揃い過ぎている上に、聖女と神がいるという事は恐らく、この事を起こしているのは嘗て神より力を授かった聖女と聖剣の騎士がいた。恐らく消えたはずの聖剣の騎士の末裔も現れているのではないだろうかと考えられた。
「アンタ、私に惚れたって本気?」
「急にシリアスなところからいくねぇ。ま、本気だぜ」
「これが怪しいんだけどなぁ。ちょっと適当なお嬢さんと結婚してみてくれない?」
「おーい、俺、お前に、惚れてるんだけど」
「恋愛と結婚は別って言うじゃない? ほら、お兄様も婚約者いるんでしょう。アンタもさっさと見繕ってもらってさぁ」
「待て待て。シリアスな展開から何で俺の結婚!」
「いやぁ、簡単に変えられそうな未来じゃない」
「ふざけるな!」
「ふざけてないわよ。聖女と『神の宝飾』に触れる奴を一緒にしようって変な力が働いてると思うの。だっておかしいでしょ。一目ぼれタイプなワケ?」
「いや、今まであんま考えたことなかったけどよ。でもお前見て、お前だって思ったんだからしょうがねぇだろ」
「だから変えましょう。国王陛下、出来ればすぐにアイツを結婚させたいです。私以外と」
「何というか、イージス同様急に話が変わるな。どちらかと言えば儂は聖女として力を持つお主がイージスの相手だと良いと思うがなぁ」
「それがダメなんです!」
「そうかのぉ」
「そうです!」
恐らく古代のモノ同士を離したほうがよいように感じたアリスだったが、受け入れてもらえず落胆する。
そうこうしている内に火葬の準備も整い、会場にいた貴族たちは丁重にお帰りいただいたので、一部の騎士と王族とアリスで、弔った。
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