~2 元最強聖女は逃げられない~
「よぉ、お馬鹿さんが釣れて、事前に排除出来たぜ。少なくとも二国はな」
本日も勝手にルーベンス侯爵家に入ってきて、アリスが聞いてもいない報告を一々するイージスに辟易とする。だがこの第二の馬鹿王子と思っていたが、能力は優秀な様でちゃんと忠告を聞き入れ、排除したことはアリスには分かった。何故なら信託というか、胡散臭い声がまた聞こえてきて、無事に排除したようだな、とか言ってきたからだ。
「そうみたいですねぇ。良かったですねぇ。以上」
「まぁそう急くなよ。折角楽しくデート誘いに来てるのに毎日毎日、仕事って飽きねぇ?」
「飽きません。エルさまの傍にいることが至上の幸せなんで、逆に邪魔です」
アリスはご主人様であるミリエル用のお菓子を手作りしていて、その手を止めずに第二王子をあしらう。摘まみ食いしようと手を伸ばしているのも見えたが、アリスは事前に結界を張っていたので、弾かれてそれでお終いだ。
イージスは弾かれた手を痛そうに振りながら、アリスを睨む。
「菓子にまで結界貼んなよ」
「摘まみ食いしようとしなければいいだけの事ですぅ」
「なぁなぁ、何でお前ってそんなにロイスの嫁に傾倒してんだ? 聖国から追い出された時も助けたのはロイスだろ? 嫁は関係ねぇよな。この国に入れるようにしたのもロイスだ。じゃあ、ロイスに傾倒するんが普通じゃね?」
「エルさまの魅力が分からないなら、分からないでいいですわぁ。それより、本題に入ってもらえますぅ。その懐に入れているモノ、嫌な気が漂って気持ち悪いんで、早くして欲しいんですけどぉ」
イージスは懐から一つのネックレスを出した。アリスは一目見て呪われている事を理解した。そしてこれは只の呪いのネックレスではない。それが分かってしまった瞬間、天を仰ぐ。この間の神託といい、このネックレスといい、最近碌な事がない。
アリスはイージスが持っているネックレスを手に取り、机の上に置いて、軽く精神力を流してみる。
瞬間、アリスは厨房の中央にある机から壁まで吹き飛ばされて、ドン、と背が壁に叩きつけられた。一瞬の出来事で脳筋のイージスも反応できなかったようだ。せめてもの救いは飛ばされる道沿いに物がなかった事くらいだ。
アリスは背を叩きつけられてしゃがんでしまったが、起き上がって再度ネックレスに歩み寄って、見る。
「おいおい! お前、大丈夫かよ」
「心配は不要ですが、これ、持ってきた経緯。教えてくれますよね?」
「あーまぁ、元聖女様なら、なんか分かるかなぁって思って持ってきたから話すけどよぉ。お前をデートに誘っているのが第一優先事項なんだがな」
「あんたが考えてるより、これは重要なの! さっさと喋りなさい!」
アリスの考えが当たっていた場合、まだ信託は続いている。ただ一つ排除したに過ぎない。終わってはいないのだ。こういう所があの胡散臭い声を胡散臭いと思う所以なのだが、もうそれもどうだっていい。過ぎたことで、今は目の前の事だ。
イージスは端的に話し始め、要約すると今回事前に怪しい国の一つ、敵国フルールの動きを止める際、暗殺した人物がこれを持っており、暗殺部隊の一人がそれを手に取ると即死したそうだ。瞬間、他の暗殺部隊の面々は危険物と認定し、直接触れないよう暗器に引っかけて回収した後、袋に入れてイージスに報告に上がったとの事だ。
「ざって言うとこんな感じだな。で、俺様もさすがに触るのはなぁって思ったんだが、不思議なんだよな。なんつーの、触れってなんかそんな感覚がして気が付いたら触ってて、でも他の奴らに触らせるのも危険だし、俺は何ともないから、そのままお前の所に来た」
「他の人に触らせないのは良い判断ですわ。触ったら死んでいるわ。あんたは何でかしらね。でも王族の血統に興味ないし、あんまり深入りもしたくないから、気にしないでおくわ。ただ、他の王族でも触ったら死ぬ可能性はあるわ」
「おーおー、気になる事一気に喋りやがって。俺の出生に興味持ってくれてもいいが、確かにちょいと特異だぜ。また今度聞かせてやる。で、これは何だ? そしてどうすりゃいい? 意見を聞かせてくれ」
「ま、出生が特異なら余計に他の王族にも触れさせない事ね。まずこれの正体だけ言えば、『神の宝飾』。分かりやすく言えば、触ったら死の呪いがかけられているネックレス」
「『神の宝飾』って神々しい名前なのに呪いかかってんのかよ!」
「神に近づきすぎれば地に落とされる。で、これをどうすればいいかだけど、アンタが付けてなさい。事情は分からないけど、アンタは少なくとも『神の宝飾』の呪いを受けない」
「物騒なもん付けろとか良く言うねぇ」
「簡単な防御方法なのよ。所有者がいれば、所有者以外には、その『神の宝飾』が持っている力を使えない」
それを聞くとイージスの反応が変わった。
「それってコイツは死をもたらしめるだけじゃねぇってか」
「正解。全部で五つある神の装備品は、基本的に持てば死ぬわ。だけどそれぞれ神のものだからね。特殊な力が全部に備わっている。そして全部が集まるとさらに特殊な力が解放されるって言うわ。まぁ、基本的に持てば死ぬから全部装備できる奴っていないって言ってもいいけど、極稀に禁呪とか使って余計な事しようとする輩がいるのよ。ほんと数百年に一度くらいね」
「数百年生きてきたような口ぶりだな」
「ま、色々あるの。気にしないで付けてて。もうその『神の宝飾』はアンタを所有者と決めているから」
「俺が付けてても他の奴が触ったらどうなる?」
「死ぬわ。だから万が一捕まったりした時、敵にその『神の宝飾』を触らせるのも手よ。但し、味方は触らせないようにね」
「リスキーな防御アイテムだな、おい」
「でも、ま、神の装備品がたまたま出てきただけならいいんですけどねぇ」
意地悪な言い方をしたアリスにイージスは、はっとした表情をした。
「戦乱の世って……もしかして……」
「いやぁな予想だけど、ねぇ」
「面白れぇな。神の装備品とか、そんな馬鹿げたもんが出てくるったぁね。しかも俺の部下が一人死んでいる。嘘っぱちな品じゃねぇ」
「信託はないですけどぉ、余計な事をしようとしている馬鹿がいるのは確かですねぇ」
「楽しい毎日になりそうじゃねぇか」
イージスがニヤリっと笑う瞬間、アリスにはある紋様がイージスに浮かんでいるのが見えた。それは古代神の末裔の紋様。もうとっくの昔に途切れたはずの神の血筋にしか浮かばないはずの紋様であった。
アリス自体も聖女の末裔だが、アリスは聖国という今は亡き国で大事に守られてきた血筋を持っているだけだ。あの聖国には血筋を守る役目があった。時と共に薄れ、聖女も雑に扱い、聖女の意味すらも忘れた国だったが、それでもアリスの生家、ホーランドの一族はまだ色濃く残っていた。辛うじて、だが。
しかし目の前のイージスは違う。神の末裔はとっくの昔に消えたはずなのに、今、特異な出生だと言えど、どんな特異な出生の持ち主でも持ちえないモノをもっている。
「……あり得ないですわ」
「何が?」
「何でも……ないですわよ」
アリスはイージスに伝えるのを止めた。人間は欲望の塊。人知を超えた力を扱えると知った時、果たしてそれをせずにいられるだろうか。少なくとも目の前の男は力に飢えている様な気がしてならないのだ。同時に少なくとも目の前にいるイージスは、神の装備品を全て装着できるだろう。もちろんそれぞれの装備品は封印されていたりするのだが、それを掘り起こしている馬鹿がいる限り、また出てくる。
アリスはネックレスを一回、イージスから受け取った際に触った右の手のひらを見ると、赤く焼けていた。聖女の末裔で、結界を張って触っても超えてくる呪い。死ぬのに比べれば焼けるくらいどうってことはないが、神の装備品は危険だ。アリスでさえ守り切れない力をそれぞれが持っている。
「おいおい、手ぇ焼けてるぞ」
「知ってる。あーあ、聖女止めて、エルさまの元で静かに人生謳歌する予定だったのに……」
「そんだけやべぇのか、これ含めて後、4つの神の装備品ってのは」
「まぁね。嫌だけど、ちょっと真面目に戦乱の世を止めるよう動きますわ。ちょっと離れてて貰えます? 久しぶり過ぎて、力の加減が効けばいいんですけどねぇ」
アリスは目を閉じて、力を自分の中心に集めるように瞑想し、次に集めた力を各地に散らすように爆発させた。この精神力自体は普通の人間の目に見えるものではない。結界もそうだし、基本アリスの力は、普通の人の目には映らない。爆発させた後、アリスは目を開いて、床にへたり込んだ。
きっとイージスはアリスが何をしたか分かっていないが、駆け寄ってくる。
「大丈夫かよ!」
「……大丈夫じゃない、っつーの。も、限界、だけど……ま、あたしに出来る、事は、これ、くら……い」
アリスは滝のように流れる汗をなんとか拭いつつ、何とか無事に結界の柱を打つことに成功はした。結界を世界全体には張れないが、柱というのか杭というのか結界を打ち込み、そうすれば禍々しい気配が漂えば、打ち込んだ柱を通じてアリスに伝わる。維持するのは大変だが、聖国を覆っていた時並みの力で維持できる量しか各地に打ち込めなかった。
「何やったか分かんねぇが、取り合えず休めや」
イージスはへたり込んでいるアリスを軽々しく抱き上げ、厨房から出て、近くの侍女に寝かせられるベッドがあるか尋ねて、案内された場所にアリスを運んで寝かせる。
さすがの尋ねられた侍女も第二王子様なイージスにアリスの侍女部屋を教える訳もなく、お客様用の綺麗な部屋のベッドに寝かせられたが、アリスも文句を言う力も残っていなくて、そのまま眠りについた。
その眠りの中、胡散臭い声がまたアリスに言う
—————歯車は揃った。止められぬ運命を変える力を持つ者よ
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