~5 プロポーズの手紙届く~

 アリスは白亜の城を闊歩していた。

 警備兵たちは只ならぬ雰囲気を纏い歩くアリスに、元聖女で最近城にもよく来ている為、声もかけずに道を空けていく。ただある部屋の前に立つと、流石にその扉を警護する兵はアリスに声をかけてきた。


「お約束は?」


「していませんわ」


「元聖女様で現在は我が国に下りお力を発揮されているのは存じております。ですが、お約束なくこの先へお進みいただくことは出来ません」


 この警備兵は見事な仕事っぷりだ、とアリスは思った。声もかけない警備兵の何百倍も警備兵として正しい行動をしている。だからアリスは警備兵に礼をした。身分は、昔は聖女をやってようが、現在はルーベンス侯爵家の一侍女でしかない。警備兵の下だ。

 礼をされて警備兵は少し驚いた表情をしたが、それだけだった。きっとこの警備兵はきちんと出世すればいい功績を残す者となれる、と上から目線で考えてしまったが、アリスは要件を告げることにした。


「申し訳ございません。事は急を要します。というか、私が要する内容なのですが、こちらを」


 アリスは本日自分宛に届いた手紙を警備兵に差し出した。

 警備兵は受け取り、宛先がアリスである事。そして差出人が第二王子である事を確認して、王族が手紙を送る際押す印があるのでそれを確認していた。そして一つ頷く。


「私は一介の警備兵に過ぎません。手紙の内容を読む訳には参りません。その為、この手紙がここを通すべき内容なのかも判断しかねます。確認して参りますので、どうぞ別室でお待ちいただけますでしょうか?」


「かしこまりました。ですが私に別室は不要です。この場で、もう一人の警備兵の方と立って待ちます。安心してくださいませ。決して強行突破しようとはしませんので。きちんと仕事する方には、きちんと返します。それが流儀ですから」


「分かりました。きっと貴女様なら警備兵二名でも強行突破出来るのに、されておりません。急いで確認致します」


 本当に出来る人は違うわ、とアリスは感嘆した。そしてもう一人の警備兵と、先ほど対応してくれた警備兵について話が咲いた。どうやらもう一人の警備兵にとっては憧れの上司らしく、剣術大会でも結構いい所までのぼるくらい成績もいいらしい。対応抜群、剣の腕抜群であれば、本当に後は上り詰めていくだけだろう。楽しみだ、という話を主にしていたところ、ゴホン、と咳払いが聞こえて、話に花を咲かせていた警備兵とアリスはその方向を見ると、話題の人物が帰ってきていた。さすが仕事が早い。

 アリスはここに来た目的を思い出し、帰ってきた警備兵に向きなおる。


「どうでした?」


「お会いになるそうです。国王陛下が」


 イージスからの手紙なのに国王陛下が出てくるか、と思いながら、何故か急な強行突破な手紙だったので突っぱねる相手として不足はないかもしれない。アリスは思いなおし、参ります、と告げた。

 案内された謁見の間に上座に座る国王陛下に、反対に立つ第一王子。差出人の第二王子であるイージスがそこにはいなかった。そしてアリスはイージスらしくない強行突破でも目の前の二人なら、と思いなおす。


「元聖女よ、久しく……はないが、息災であったか?」


「国王陛下ならご存じではないのでしょうか」


 王子に護衛が付いていてもおかしくはない。きっと草原での出来事は国王陛下に筒抜けだと思って大丈夫だろうと思った。同時にアリスが気づけなかった事に疑問点も残る。こう見えても結界を広げれば、どんな風貌なのかも含めて人間の数も、物も全て把握出来る。あの草原の時、黒装束を見つけるために結界を広げたのに気づけなかったのだ。

 だがきっとこの古狸は簡単には喋らないだろう、とアリスは直接聞く道を絶つ。

 王族とはそうしたくてしているものばかりではないが、国を第一に想う、その為の手段は問わない。それがあるべき姿で、この国王陛下は間違ってはいない。


「ふむ。ただ力に溺れ、崇め奉られていたわけではないな。あれだけ腐敗した聖国を守り抜いておったのだ。当然かもしれんな。お主が消えてからの崩壊具合も含め、其処からの其方の活躍も鑑みて、評価を変えざる終えなかった。近く、隣におる第一王子ウィルフレッドを立太子させようと考えておる」


「それはおめでとうございます」


「まだ非公表故、口外せぬようにな。ここで告げたのは、次期王として、現在国を治める儂と崩壊しかかった国をそう見えぬように守っていた元聖女を見せるためだ。ウィルフレッド」


「はい」


「今は一介の侍女に過ぎません。但し今回のこのお手紙は、差出人は第二王子イージス様となっておりますが、国王陛下、貴方様が本当の差出人ですね」


「その通りだ。元聖女よ、そこにも記載しておるが、イージスと婚約せよ」


「それは最初の約束を反故されると理解してよいですか?」


「ふむ。さぁウィルフレッド、どう答えようか。元聖女に答えてみよ」


 第一王子の立太子に向けての試験か、と突っ込みたくなるがアリスはグッと抑える。この手紙の内容は要はイージスからと一応体裁を保って、君と婚約したいと書いてある。まぁイージスの雰囲気にも合わせてきているのでもうちょっと大雑把に書いてはあるが、そこは誰かが真似て書いたと判明したので、最早どうでもいい所だろう。

 立太子に向けての試験扱いで婚約などさせられるなんて堪らないので全力で相手するが、第一王子とは顔合わせは何度かあるが、やはり少し甘い。ここは相手にこれだけ考えさせる時間を作ってはいけない。


「何も反故しようという訳ではない。弟のイージスがあれだけ入れ込む姿を見て、兄として叶えてやりたいんだ。貴女はイージスが嫌いかい?」


 情に訴えてきた第一王子に、恐らくこの言葉は真実だ。だがアリスとしては甘い、とやはり思ってしまった。恐らく隣にいる国王陛下もそう思っているのだろう。顔色は変えないが、だから顔色を変えないと読み取れる。


「約束の反故と第二王子の好き嫌いは別のお話では?」


「別ではないさ。弟の想いを貴女が受け入れてくれるなら、約束は反故になってしまうからね」


「別ですね。ここで単純に言葉を交わしても無駄でしょう。まず、約束は何のために元聖女である一介の侍女と王家が結んだのですか?」


「それは貴女がもし他国へ行った場合、我が国に不利に働き、逆に貴女が何もしなくても我が国にいるのならば不利には働かず、何かしらの事態が起こった際には貴女の力を借りられるかもしれないと考えたからだ」


「そうです。付け加えるならば、私はこの国で何もせずとも、私が子どもでも作ればこの国に聖女の力を持った人間が根付く、そういった魂胆もあったかもしれませんね。だから私に付けた制限はこの国から出ない事を条件に、あの聖国から追放されて捕まった時、聖国を滅ぼすお手伝いと共に付けられた約束です。私が子供を作らなくても聖女という力がこの国で潰えても、ある意味それはそれで脅威にはなりませんから」


「……だから弟を好きとか嫌いとかではないという事か?」


「別のお話、だと申し上げております。子どもがいなくとも愛は成立するでしょう。私がいう約束の反故の部分は、私はこの国から出ない、という制限しか付けない事が、私が王家に求めた条件です」


「つまり王家が結婚しろと迫ることが問題という事か」


「その通りです。ですから約束の反故と第二王子の好き嫌いは関係ないのですよ。私が望めば、それは約束の反故ではありませんから」


 アリスは国王陛下を見るとやれやれといった風に首を横に振った。


「これでは国を任せられんぞ、ウィルフレッド」


「はい……」


「素直な王族に会うのは悪くありませんでしたわ。ですがもう少し素直さを捨てたほうがいい。きっと国王陛下ならルーベンス侯爵ご夫妻の命すらチラつかせていますわ」


「儂もそこまで薄情にはなっておらんがの」


「冗談です。ご子息の為にわざわざこういった場を設けた。親心でしょう」


「ついでに親心に感心してイージスと一緒になっても構わんぞ」


「それこそご冗談を」


 笑いながら、この狸爺と悪態をついてしまうアリスだったが、顔には出さずにやり過ごす。


「まぁ余興はここまでとしようか。ウィルフレッドもきちんと聞いておくがよい。聖女アリスよ、そなたは違和感に気が付いておるな」


「……気になる点はありますわ」


「どこから答えてゆくか。其方が『もうすぐ戦乱の世が訪れる』と神託を下した時より、時は満ちてしまったのだと思ったが、この間の銃撃事件でウィルフレッドを暗殺しようとし、イージスを暗殺しようとした黒装束とくると、神託を信じざる終えない所まで来たのだと悟ったのだ」


 第一王子はイージスの件は知らなかったのか驚いた表情をしていた。

 そして国王陛下は王座より立ち上がった。


「世にも信託は来たのだ」


 国王陛下は窓を見ながら話し始めたのだ。アリスが抱いていた違和感と、受けたという神託について———

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